湊の大切なものを守りたいと言う煉。綾斗は、煉が気づいていない大切なことを伝える。
「それなら、湊から煉を奪うのもダメだね」
「····は?」
「知らないの? 湊の大切なものの中に“煉”も含まれてるんだよ」
「なんなら、湊の今一番大切なものつったら煉でしょうが」
自分が選択肢にないわけではなかった。けれど、それは自身の我儘であって湊の為にはならない。湊の事を思えば、身を退くべきは自分だと合理的な判断をしたまでの事。
煉は、自分を押し殺してでも、湊にとって最善の選択をしなければいけないのだと語った。
「それはきっと、湊の為にならないよ」
「なんでだよ。恋愛の喪失感なんて一過性のもんだろ。それこそ、慌ただしく過ごしてるうちに忘れんだよ」
「お前は? 湊のコト忘れれんの?」
「······忘れる」
ガタッと席を立つ秋紘。向かい合って座る煉の胸倉を掴み、殴りかかろうとする。
綾斗は、慌てて秋紘を押さえ座らせた。死角になっている席とはいえ、暴力沙汰はご法度だ。
投げ捨てるように煉の服を離し、大きく鼻息を吹いて座った秋紘。煉は感情を表に出さないまま、伸びた服の皺を黙って直す。
そんな煉を見ていた綾斗が、穏やかに言葉を置いていく。
「煉、もっと素直になりなよ。自分に、ね? 煉がそんなじゃ、湊が不安になるだけじゃないかな」
「わりぃ。でも、全部ちゃんと分かってんだよ。湊を俺で埋め尽くしたんは俺自身なんだからな」
静かに反論する煉。そして、煉は『けど──』と言葉を続ける。
「アイツがぽやぽやして気づいてねぇのを良いことに、我儘突き通してココまできちまっただろ。この先も感情に任せてたら
煉は、焦燥感に駆られた表情で、心とは裏腹な正論を並べ立てる。
「だから、公表して上手くいかない事が出てきたら、合理的に動くつもりでいる。最後に湊を守れんのは俺だけだからな」
ずいっと手を伸ばす秋紘。煉の額に照準を合わせ、全力のデコピンを放った。
「いってぇ······何すんだよ!」
額を押さえて怒鳴る煉に、秋紘はべーっと舌を突き出した。
「な~にが『湊を守れんのは俺だけだからな』だよ。キザすぎて吐きそうなんですけどぉ」
剽軽な表情を見せて言う秋紘。ムッとしている煉へ、畳み掛けるように言葉を投げつける。
「恋愛に合理性とか要らないっつの。カッコつけんのも大概にしなよ、恋愛ド素人が」
「それには同意だね。相手の為に身を退くとかカッコいいコト言ってるけど、そんなの双方傷ついて失敗に終わるのがオチだよ」
経験者の様に語る2人だが、恋愛は未経験。そうとは知らない煉は、ぐうの音も出ず押し黙る。
呼び出した理由がこれだけなら帰ると、秋紘は席を立った。
「だったらどうしろってんだよ」
水の入ったグラスを握って言う煉。煉の言葉に、秋紘は立ち止まる。けれど、先に言葉を返したのは綾斗だった。
「湊を手放したくないなら、いつもの生意気な煉でいればいいんじゃないかな。弱気の煉なんて気持ち悪くって」
笑顔で嫌味を刺す綾斗。それに乗じて、ドカッと座った秋紘が言う。
「ねーっ。是が非でもナオをどうにかしろーって言われるんだと思ってたんだけど、ヘタレな煉に俺たちの大事な湊は預けらんないな~」
「····っ! アンタら、味方か敵かどっちなんだよ。分かりづれぇ!」
「そんな当たり前のコト聞かないでほしいな。俺たちは、湊と尚弥の味方に決まってるでしょ」
綾斗は秋紘の肩に手を置き、首を傾げて言った。傾いた綾斗の頭に、コツンと頭をくっつける秋紘。ふふんと笑って煉に問う。
「だから、湊が守りたいものは俺らも守ってあげたいの。意味わかる?」
秋紘が煉の頭をぐしゃっと撫でた。煉は、鬱陶しそうに秋紘の手を払う。
「わかったからやめろって。はぁ······よし。俺は湊のコトに集中すっから。雪のフォロー、任せたぞ」
煉は、威勢よく2人にキメ顔をかまして言い放った。
「おっそ」
「今更キメられてもだよね」
覚悟を決めて言った煉に、2人は冷ややかな返しをお見舞いした。
「テメェら····」
「あっはは、うそうそ。ま、1人でどうにもなんないコトはお兄さんたちに任せなさいな」
「一旦、湊のことは頼んだよ。傷つけたり泣かせたら····分かってるよね」
先ほどよりも重い圧を掛けて笑顔を向ける綾斗。先日、配信で見たそれよりも凄みが増している。秋紘ですら『こっわ····』と漏らした。
同時刻、林檎のお裾分けをしに樹が西条家へ来ていた。元気のない湊を心配して、樹が林檎をウサギにすると言って上がり込む。
2人で林檎を切りながら、湊は関係が知れてしまった事を打ち明けた。詳しくは言えないが、悪い方向にはいかないだろうと説明を添える。
すると、樹も観念したように隠し事を暴露し始めた。
「えぇっ!? 仁くんと!!?」
「声おっきいよ、湊。仁の事が好きとかは全然ないんだけど、ないはずなんだけど····最近強引にデートとか言ってあちこち連れまわされてんだよね。でさ、アイツと遊ぶのとか普通に楽しいし、俺が嫌がる事とかはシてこないし、そもそも悪い奴じゃないからさ····」
(あの樹が絆されてるんだ。仁くん凄いや····)
言い訳がましい惚気を聞かされているようで、湊はニマニマと樹の話に集中する。
「俺は一生湊が好きだよ。なのに、仁が俺のナカに土足で踏み込んでくるって言うか····」
「それって、もう仁くんのコト好きになってない?」
「なってない!!」
即答する樹。必死に否定する樹へ、湊は静かに語り始めた。