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第110話 合理的な優先順位


 湊の大切なものを守りたいと言う煉。綾斗は、煉が気づいていない大切なことを伝える。


「それなら、湊から煉を奪うのもダメだね」

「····は?」

「知らないの? 湊の大切なものの中に“煉”も含まれてるんだよ」

「なんなら、湊の今一番大切なものつったら煉でしょうが」


 自分が選択肢にないわけではなかった。けれど、それは自身の我儘であって湊の為にはならない。湊の事を思えば、身を退くべきは自分だと合理的な判断をしたまでの事。

 煉は、自分を押し殺してでも、湊にとって最善の選択をしなければいけないのだと語った。


「それはきっと、湊の為にならないよ」

「なんでだよ。恋愛の喪失感なんて一過性のもんだろ。それこそ、慌ただしく過ごしてるうちに忘れんだよ」

「お前は? 湊のコト忘れれんの?」

「······忘れる」


 ガタッと席を立つ秋紘。向かい合って座る煉の胸倉を掴み、殴りかかろうとする。

 綾斗は、慌てて秋紘を押さえ座らせた。死角になっている席とはいえ、暴力沙汰はご法度だ。


 投げ捨てるように煉の服を離し、大きく鼻息を吹いて座った秋紘。煉は感情を表に出さないまま、伸びた服の皺を黙って直す。

 そんな煉を見ていた綾斗が、穏やかに言葉を置いていく。


「煉、もっと素直になりなよ。自分に、ね? 煉がそんなじゃ、湊が不安になるだけじゃないかな」

「わりぃ。でも、全部ちゃんと分かってんだよ。湊を俺で埋め尽くしたんは俺自身なんだからな」


 静かに反論する煉。そして、煉は『けど──』と言葉を続ける。


「アイツがぽやぽやして気づいてねぇのを良いことに、我儘突き通してココまできちまっただろ。この先も感情に任せてたら将来さきが潰れちまうって事も分かってっから····」


 煉は、焦燥感に駆られた表情で、心とは裏腹な正論を並べ立てる。


「だから、公表して上手くいかない事が出てきたら、合理的に動くつもりでいる。最後に湊を守れんのは俺だけだからな」


 ずいっと手を伸ばす秋紘。煉の額に照準を合わせ、全力のデコピンを放った。


「いってぇ······何すんだよ!」


 額を押さえて怒鳴る煉に、秋紘はべーっと舌を突き出した。


「な~にが『湊を守れんのは俺だけだからな』だよ。キザすぎて吐きそうなんですけどぉ」


 剽軽な表情を見せて言う秋紘。ムッとしている煉へ、畳み掛けるように言葉を投げつける。


「恋愛に合理性とか要らないっつの。カッコつけんのも大概にしなよ、恋愛ド素人が」

「それには同意だね。相手の為に身を退くとかカッコいいコト言ってるけど、そんなの双方傷ついて失敗に終わるのがオチだよ」


 経験者の様に語る2人だが、恋愛は未経験。そうとは知らない煉は、ぐうの音も出ず押し黙る。

 呼び出した理由がこれだけなら帰ると、秋紘は席を立った。


「だったらどうしろってんだよ」


 水の入ったグラスを握って言う煉。煉の言葉に、秋紘は立ち止まる。けれど、先に言葉を返したのは綾斗だった。


「湊を手放したくないなら、いつもの生意気な煉でいればいいんじゃないかな。弱気の煉なんて気持ち悪くって」


 笑顔で嫌味を刺す綾斗。それに乗じて、ドカッと座った秋紘が言う。


「ねーっ。是が非でもナオをどうにかしろーって言われるんだと思ってたんだけど、ヘタレな煉に俺たちの大事な湊は預けらんないな~」

「····っ! アンタら、味方か敵かどっちなんだよ。分かりづれぇ!」

「そんな当たり前のコト聞かないでほしいな。俺たちは、湊と尚弥の味方に決まってるでしょ」


 綾斗は秋紘の肩に手を置き、首を傾げて言った。傾いた綾斗の頭に、コツンと頭をくっつける秋紘。ふふんと笑って煉に問う。


「だから、湊が守りたいものは俺らも守ってあげたいの。意味わかる?」


 秋紘が煉の頭をぐしゃっと撫でた。煉は、鬱陶しそうに秋紘の手を払う。


「わかったからやめろって。はぁ······よし。俺は湊のコトに集中すっから。雪のフォロー、任せたぞ」


 煉は、威勢よく2人にキメ顔をかまして言い放った。


「おっそ」

「今更キメられてもだよね」


 覚悟を決めて言った煉に、2人は冷ややかな返しをお見舞いした。


「テメェら····」

「あっはは、うそうそ。ま、1人でどうにもなんないコトはお兄さんたちに任せなさいな」

「一旦、湊のことは頼んだよ。傷つけたり泣かせたら····分かってるよね」


 先ほどよりも重い圧を掛けて笑顔を向ける綾斗。先日、配信で見たそれよりも凄みが増している。秋紘ですら『こっわ····』と漏らした。



 同時刻、林檎のお裾分けをしに樹が西条家へ来ていた。元気のない湊を心配して、樹が林檎をウサギにすると言って上がり込む。

 2人で林檎を切りながら、湊は関係が知れてしまった事を打ち明けた。詳しくは言えないが、悪い方向にはいかないだろうと説明を添える。


 すると、樹も観念したように隠し事を暴露し始めた。


「えぇっ!? 仁くんと!!?」

「声おっきいよ、湊。仁の事が好きとかは全然ないんだけど、ないはずなんだけど····最近強引にデートとか言ってあちこち連れまわされてんだよね。でさ、アイツと遊ぶのとか普通に楽しいし、俺が嫌がる事とかはシてこないし、そもそも悪い奴じゃないからさ····」


(あの樹が絆されてるんだ。仁くん凄いや····)


 言い訳がましい惚気を聞かされているようで、湊はニマニマと樹の話に集中する。


「俺は一生湊が好きだよ。なのに、仁が俺のナカに土足で踏み込んでくるって言うか····」

「それって、もう仁くんのコト好きになってない?」

「なってない!!」


 即答する樹。必死に否定する樹へ、湊は静かに語り始めた。



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