仁を好きになっているのではないかという、湊の言葉を必死に否定する樹。そんな樹へ、湊は静かに語り始める。
「僕は、樹が僕以外の誰かを好きになれてるんなら嬉しいよ」
「····煉との邪魔されなくなるから?」
「違うよ!」
ムッとした湊は、持っていたペティナイフをギュッと握る。
「樹は僕に縛られ過ぎなんだよ。もっと外を見なくちゃ」
「外ってなんだよ。俺、湊以外に要らないってずっと思ってきたのに····」
林檎を剝く手が止まってしまう樹。そっと樹を見上げ、湊はうさ耳がついた林檎を樹の口に押し込む。
「んぅ····」
「僕もね、家族が笑ってくれてたらそれでいいやって思ってたんだ。でも、煉を好きになって周りが見え始めて、樹や仁くん、サルバテラのメンバーが笑ってくれるのも嬉しいって思うようになったの」
湊の穏やかな表情を見ていると、不思議と樹も穏やかな気持ちになれた。樹は、林檎をシャクシャクと噛みながら聴く。
「そしたらね、世界がすっごく輝いて見えて、あったかくて素敵だなって感じたんだ。樹にもね、それを感じてほしいなって思うんだけど、でもそれは僕の我儘で、樹の気持ちに寄り添えてない気もして、ずっと言えなかったんだ····」
湊はペティナイフを置き、樹の腕を引いて向き合った。
「僕は煉が好き。だから、他の誰かを好きになったりしない。だから、だからね····樹は僕のコト諦めて、それで、他の誰かを好きになって····僕から離れなくちゃダメだよ」
ずっと、胸に留めていた思い。そして、樹のこれまでを否定することになると思って、言いあぐねていた言葉だった。
樹にこれを伝えたのは、仁の存在が大きい。けれど、それだけではなかった。湊なりの、煉と生きる事への誓いでありケジメなのだ。
湊の言葉を聞いた樹は、受け入れがたい現実に心が追いつかないでいた。まっすぐ自分を見つめる湊の視線に耐え兼ねて、樹は一歩二歩と後退る。
「俺は····湊と離れるなんて無理だよ。仁のコトだって好きになれるわけない。だって、俺は一生湊が好きで、俺が湊を守っていくんだって、ずっと思ってたんだから····」
「樹、それはもう叶うことのない未来だよ」
残酷な事を承知で言葉にする湊。狼狽える樹に、容赦なく言葉を返していく。
「でも俺、湊のこと諦めないって言ったじゃん。好きでいるだけなのもダメ? 幼馴染として傍に居るのも許されない?」
「幼馴染として傍に居たいなら、好きでいるのはダメだよ。煉がずっと心配しちゃう」
あくまで、優先すべきは煉なのだと知らしめる。湊は、込み上げてくる涙を呑み込んで、樹を否定し続けた。
「········なんで俺じゃダメだったんだろ。ぶっちゃけさ、結構脈アリだと思ってたんだよね····」
「樹がダメなわけじゃないんだよ。好きになったのが煉だっただけ。それだけなんだ····ごめんね····」
耐えきれずに謝ってしまった湊。謝る事が“逃げ”だと感じていた湊は、謝らないように努めてきた。
けれど、目に涙を溜めて気丈に振る舞う樹へ、謝らずにはいられなかったのだ。
「なんで湊が謝るんだよ。迷惑なのは俺のほうなのにさ」
(ほら、こうなっちゃうんだ。だから、ごめんって言いたくなかったのに····)
優しい樹。いつだって湊の為に全力を尽くし、笑顔で支えてくれた。今だって、湊の為に身を退こうとしている。そんな樹になにひとつ返せない事が、湊の心を絞めつけていた。
惟吹と煉が居て、賑やかしくしていたあの時に諦めてくれていたら。湊はそんな事まで考えてしまう自分に辟易する。それでも、今にも泣きだしそうな樹を目の前に、そう思わずにはいられなかった。
樹は、ゆっくりと諦めていくことを約束して帰っていった。帰り道、樹は仁へ連絡して慰めさせようとしたけれど、やはり誰にも会いたくないとスマホをポケットへしまった。
樹との事を煉に報告する湊。少しだけ会えないかと煉が言うので、湊は承諾した。
ものの十数分で迎えに来た煉。湊をバイクに乗せると、少し遠出をしようと言ってバイクを走らせた。
着いたのは、いつかの撮影で訪れたことがある海だ。お気に入りの場所らしい。
「こっから見える夕陽が綺麗だったから、お前に見せたいなって思ってたんだよ」
そう言って、煉は湊の腰を抱き寄せた。周囲には、疎らだが人もいる。湊はキョロキョロと辺りを見まわし、そっと煉の手を下ろした。
公表するまでは我慢しようという湊。煉は、舌打ちをして『そうだな』と同意した。
「樹、大丈夫そうか?」
「わかんない。仁くんに連絡できてたらいいんだけど····」
樹の性格を知る湊は、樹が本当に苦しい時、誰にも頼らない癖を知っていた。だからこそ、今まで完全に切り離すようなことは避けていたのだ。
「今は仁に期待するしかねぇだろ」
煉の言葉に頷く湊。それから2人は、顔を夕焼けに染めながら、夕陽が沈むまで沢山話した。
煉は尚弥の事にも少しだけ触れた。尚弥の、湊へ抱いているであろう想いは伏せて。ただ、驚くかもしれないからと言って、綾斗と秋紘にフォローを頼んだのだと明かした。
これからは、問題を1人で抱えず支え合おうと約束した2人。薄暗さに紛れキスをする。そっと唇を離すと、見つめ合ってふっと笑い、2人は帰路についた。