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第114話 見せつけるように


 煉の急なキャラ転換に戸惑う湊。だが、煉はこのまま暫く様子を見ると言い張る。

 そんな2人のやり取りを、興味なさそうに黙って見ている仁と樹。ぢゅーっとジュースを吸い上げ、パックをへこませて遊んでいた。けれど、見かねた仁が口を挟む。


「いいんじゃない? 煉が愛想良くなんの」

「だよな。人としてどうかと思うような態度多かったし、成長って意味では素晴らしいんじゃない?」


 他人事のように意見を述べ賛同する樹。


「で、でもぉ····」

「湊が心配っつぅか嫌なのはさ、煉が今以上にモテちゃうことなんじゃないの?」

「あ~····雰囲気柔らかくなった途端、女子のボディタッチえぐかったもんね。俺、怖くて近寄れなかったわ」


 樹の指摘が図星だった湊は、ぐうの音も出ず口を噤んでしまった。


「ふはっ、自分が絡まれてた時とまんま逆じゃねぇかよ」


 思わず笑ってしまう煉。必死に抗議していた理由が、自分と同じヤキモチだったのだ。途端にばかばかしくなった煉は、腹を抱えて笑い出した。


「なーにがそんなに面白いんだか」


 呆れて雑草だらけの花壇に倒れ込む仁。


「これも惚気の一種なんじゃない? 惚気ハラスメントノロハラだよね」

「ノロハラ~、ウケる~」


 新たなハラスメントの誕生をケラケラと笑う仁。賑やかしい雰囲気に流され、キャラ転換の話も有耶無耶になってしまった。



 愛想が良くなった煉の評判は鰻上り。学校でも撮影現場でも、煉の周りには人が集うようになっていた。

 だが、それを良しとしないのは湊よりも煉自身だった。


「だーっ! 毎日毎日、よくあんな絡んでこれるよな鬱陶しい!!」

「煉、外に聞こえちゃうよ」


 衣装のジャケットを畳みながら、湊が呆れたように言う。


 雑誌の撮影で遠方へ来ている2人。撮影の合間、若い女性スタッフに絡まれていた煉が、控室へ戻るなり叫びだしたのだ。

 湊を守るために決めたキャラ転換だったが、ここまで鬱陶しい事になるとは予想していなかった煉。今更引くに引けず、少し後悔しているのであった。


「前の不愛想に戻る? 評判もガタ落ちだろうけど。僕はどっちの煉も大好きだよ」


 煉の背中に抱きついて言う湊。どんな煉でも受け入れる。そういう意図を含んていると汲んだ煉は『戻らねぇよ』と言って、湊の手に指を絡めた。


「んっ····」

「手、撫でてるだけだろ。こんだけで感じんの?」

「だって、煉の触り方えっちなんだもん」


 煉は半回転して湊の方へ向き直ると、食ってしまうような深いキスをした。後に控えている撮影の事も忘れ、夢中で舌を絡める2人。

 撮影が始まると報せに来たスタッフのノックを一度無視して、キスをやめられない2人は互いに貪り合う。煉が湊の服に手を差し込んだ時、二度目のノックが鳴り響く。我に返った煉が、湊を止めてスタッフに『行きます』と返事した。


「撮影行かねぇとな」

「····うん」


 不満そうな湊を軽いキスで宥める煉。ふと視線を上げた湊を見て、煉は心配そうに訊ねる。


「お前、そんなふわふわしてて大丈夫か?」

「煉と一緒なら大丈夫」


 湊は、煉の服をキュッと握って言った。煉は理性をグンと立たせ、責任をもって撮影に連れて行く。

 都合よく、カメラマンは相楽。湊の様子を見た相楽は、色々と察したのだろう。それを上手い具合に利用して撮影を進めた。



 後日始まったドラマの撮影。事情を知らないスタッフたちは、2人の甘い雰囲気に噂が頭をよぎっていた。

 休憩時間には、例の如く煉が共演者やスタッフに囲まれている。噂について言及する者はいない。けれど、誰もが真相を気にしている事は明らかだった。


 そして、煉と湊のキスシーンを撮影する日。監督からは軽いキスで構わないと言われていた。にも拘らず、それに従うつもりなどハナからなかった煉。鬱憤が溜まっていた煉は、絡んでくる女どもへ目に物を見せてやると言わんばかりに、普段通りの濃厚なキスをして見せた。


「んっ····ぁ、はぁ····」


 湊の甘い声が、静まり返ったスタジオに響く。


「カットォッ!!」


 監督の甲高い怒号が響き渡る。怒り心頭でツカツカと煉へ歩み寄る、監督の花宮はなみや

 190㎝の高身長で煉を威圧的に見下ろし、オネェ口調で迫る。


「ね~ぇRen、ナメてんの? あんなえっちぃキッス放送できるわけねぇでしょ」


 オネェ監督として有名な花宮。相楽とも懇意にしており、2人の関係をそれとなく耳にしていた。


「すんません。演技がノッちゃって本気でキスしちゃいました」


 負けじと高圧的な態度で、それでいて満面の笑顔を浮かべ棒読みで答える煉。


「あらそう、もうちょっと軽いキスで充分よ。こちとら初々しいのが欲しいの。だーかーらぁ、舌は絡めないこと」


 煉の唇に人差し指を当て指導する。煉がその手をそっと退けると、花宮は笑顔で煉の耳元に口を寄せた。


 「普段とは違うやつでお願いね」


 花宮は、湊にも聞こえないほどの小声で囁いた。先程とは違う。煉は反射的に花宮を睨みつける。


「あら怖い。そんなにガルガルしてたらパーフェクトイケメンが台無しよ~」


 厚底のヒールを履き、モデル顔負けの美しい歩行で監督席へ戻ってゆく花宮。ドシッと席に座るなり『Take2いくわよ』と場を引き締めた。


「煉、さっき何か言われた?」


 心配そうに煉を見上げる湊。煉は、優しく微笑んで答える。


「何でもねぇよ。調子乗んなって怒られただけ。やり過ぎて悪かったな」


 湊の頭を撫でて落ち着かせた煉は、気を取り直していくぞと言って所定の位置に戻った。



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