ドラマの撮影は順調そのもので、放送開始までいよいよ2週間と迫っていた。そんなある日、SNSを一つの話題が占めていた。
──人気モデル・Renと人気絶頂アイドル・星空蒼の熱愛発覚──
この見出しに、どれほどのファンが驚愕した事か。双方の事務所が認め、2人がそれぞれの公式アカウントで発表したことにより、世間の反応はさらに過熱していった。
散々囁かれていた噂が事実だった事やドラマの関係性が現実で起きている事、2人に関する話題は尽きなかった。
学校での反応も様々。2人の関係を万人が受け入れられるわけではない。中には、ネット同様心無い声もあった。気丈に振る舞う湊だが、覚悟していた事とはいえ心へのダメージは予想以上に大きかった。
それは湊だけでなく、湊の家族にも影響があった。
湊の正体がバレ、多少なりとも周囲の反応があった惟吹と利幸。学校側の協力もあり、碧と光にはそれほど影響はなかったが、兄がアイドルだという事は周知の事実となっていた。
そこへ2人の関係が発表され、少なからず嫌な思いをさせていると知った煉と湊。煉は、何よりも蔑ろにしてはいけないと、急ぎ西条家へ訪れていた。今回は、2人のマネージャーも同行している。
「煉くん、そろそろ頭を上げてくれないかな?」
事情を説明し、迷惑をかけてしまった事を謝罪する煉と宇陀。下げた頭をなかなか上げようとしない。そんな煉に、惟吹が言う。
「ンな謝られたって、別に悪いことしてるわけじゃないのに許すも何もなくない? いつかこうなるとは思ってたし。ま、煉にしては誠意ある対応なんじゃないの?」
「こら惟吹! ごめんね、煉くん」
「いえ、返す言葉もないです」
礼儀正しい煉に、宇陀は驚きつつも重ねて詫びる。大人たちがペコペコし合っている隣で、惟吹は湊に言葉を掛ける。
「湊にぃが嫌な思いしてんのは許せないけどさ、煉も頑張ってるみたいだし俺は応援してるよ」
寂しさや悔しさをひた隠し、惟吹は笑顔を見せる。湊は、惟吹の優しさに唇をキュッと引き締めた。
Renの評判を知る惟吹は、近頃の努力を密かに認めていた。けれど、素直になるのが気恥ずかしく、煉と視線が合ったらツンと顔を背けてしまう。
湊にも内緒で、惟吹にだけは公表することを報せていた煉。湊に何かあったら連絡を寄越すよう頼んでいた。自分が傍に居られない間の守役として、惟吹に湊を任せていたのだ。
2人に少しずつ信頼関係が生まれているとは露知らず、湊は上からモノを言う惟吹に注意する。実は知っていたとも言えない惟吹は、ぷんぷん怒る湊を可愛いなぁと思いながら甘んじて叱られていた。
相変わらずな2人をしばらく眺め、煉は深く息を吸い込んでから口を開く。
「今日、これだけは言っておきたいんだけど」
そう言って、全員の意識を集める煉。一同、煉の言葉を待つ。
「俺は湊を一生大切にするつもりだし、湊が大切にしてる物も守っていく覚悟でいる。けど、今までの独り善がりなままじゃできる事が限られるのも学んできたつもりだから、だから····俺一人じゃどうにもなんねぇ事とか、助けてもらえたらって····思います。よろしくお願いします」
煉は深々と頭を下げた。それを見た湊の目に涙が浮かぶ。
(僕だって、守ってもらってばかりじゃいられないんだ····)
「煉、僕も一緒に頑張らせてよ」
煉の肩袖をきゅっと摘まんで言う湊。
「あぁ、当たり前だろ」
煉は顔を上げ、湊の頭を優しく撫でた。
「父さん、惟吹」
改まって呼ばれた2人は、かしこまって『はい』と返事をした。
「僕は煉が本当に好きで、これからもずっとずっと一緒に居たいと思ってます。初めてなんだ、こんなに諦められないと思ったのは」
滅多に見せない切羽詰まった顔を見せる湊。2人は息を呑んで続く言葉に耳を傾ける。
「父さんや惟吹たちにはこれからも迷惑掛けるかもしれないけど、僕たちのこと見守っててほしいです。それから、頑張ってもどうしようもない時は助けてほしいです。お願いします!」
頭を下げた湊に合わせて、煉ももう一度頭を下げる。利幸と惟吹は顔を見合わせて、気が抜けたようにふっと笑みを零した。
「2人とも、わかったから顔を上げなさい」
利幸が優しく声を掛ける。煉と湊は、様子を窺うようにゆっくりと頭を上げた。
「マネージャーさんたちから話は聞けたし、2人の気持ちもよくわかった。そもそも、俺は君たちの味方なんだから協力できる事があるなら何だってする。けど、世間はそんなに甘くないよ。それも覚悟のうえなんだね?」
2人の意思を確認する利幸に、揃って『はい』と答えた。利幸は惟吹の背中に手を添えると、2人に『頑張りなさい』とエールを送った。
深くお辞儀をして、西条家を後にする煉とマネージャーたち。イレギュラーで埋め尽くされる日々に気疲れしたのか、湊は自室に戻るなりぐっすり眠ってしまった。
一瞬で眠ってしまった湊に、利幸が毛布を掛ける。
「湊の思い切りの良さは母さんに似たんだろうね。この感覚、なんだか懐かしいなぁ」
「母さんみたいに無鉄砲じゃないだけマシじゃない?」
ベッドに腰掛けた惟吹が言葉を返す。最愛の妻に何度も困らされた事を思い出し、利幸は困り眉で幸せそうに笑った。
「俺さ、湊にぃには幸せになってもらいたいんだ」
湊の前髪を、指でサラッと流しながらつぶやく惟吹。息子たちの成長に微笑みを向け、利幸が答える。
「そうだね。湊は我慢ばかり覚えてしまったから····本当に大切にしたいものを手放さなくていいように、俺たちにできる事をしてあげたいね」
「うん」
2人は湊を起こさないように、そっと部屋を出ていった。