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第118話 自作自演


 ゴールを報せるピストルが2回鳴った。煉のすぐ後にゴールした仁は、樹を地面へ落として息を整える。

 煉は湊を抱えたまま、数メートル離れた放送席へ向かってズンズン歩く。


「ね、ねぇ煉、何するの? もう降ろしてよ」

「ダメ、ムリ、嫌」

「はぁぁ!?」


 横暴な煉に腹を立てる湊。衆目に晒される中、煉は放送席でマイクを手にした。戸惑う放送委員を人差し指一本で黙らせると、煉は牽制マイクパフォーマンスを始める。


「お前ら、俺らが付き合ってんのは知ってんな? 話題作り云々だとか男同士がどうとか言う奴もいるみたいだけど、それがどうした。俺は“西条湊”が好きなんだよ。悪いか?」


 煉の問いかけに対し、ファンの女子たちが『悪くないよー』や『応援してるー』と優しい言葉を返す。今まで陰口をたたいていたアンチが大きな声を発する事ない。


「ん、さんきゅな。これから、湊に用があんなら俺を通せ。コイツ、バカ正直だから色々困ってんだわ。あと、俺の湊泣かせるやつが居たら容赦しねぇからな」


 言葉遣いは粗暴なままだが、明らかに以前よりも言葉尻が柔らかい。そして、最後の脅しに添えられたのはウインク。女子だけでなく一部男子まで魅了してしまうのは、煉の持って生まれた才能とも呼べる美点なのだろう。

 言い終えた煉は、湊を降ろしてそのまま頬にキスをした。女子が絶叫する。


「なっ、煉のバカぁ!!」


 頬を押さえて叫んだ湊。スイッチが入ったままのマイクはそれを拾い、可愛い怒声が辺り一帯に響いた。



 体育祭が終わり、空き教室で事の説明を受ける湊。


 昼休みに仁が工作していたのは、だった。

 仁は樹を使って本物を借り、体育祭実行委員が用意していた物に似せるなど手の込んだことをしていた。けれど、あくまでこれはゴール後に紙をチェックされた時の対策として、付け入るスキを与えないために拵えた物。仁の中では保険のつもりだった。

 そうして、そのあらかじめ用意した『湊を連れて行くための内容』が書かれた紙を手に隠し持ち、煉はあたかも箱の中から引いたように見せかけた。煉のマイクパフォーマンスで引いた紙の内容は有耶無耶になる予定だったとはいえ、まさかあそこまで上手く算段通りに事が運ぶとは思っていなかった3人。成功して良かったと言いたげに、満足そうな顔をしている。


 どうして計画を話してくれなかったのかと問う湊に、緊張してボロが出そうだったからと答える煉。湊は、ムスッと不貞腐れて頬を膨らませた。


「ちなみにさ、紙にはなんて書いてあったの?」


 煉はポケットにしまっていた紙を取り出し、ニヤけながら開いて湊へ見せる。そこに書かれていたのは『宝物』だった。


「これ、書かせたの樹だろ」

「せいか~い」

「はぁ····。仁、お前って辞書で引いてみろよ、マジで」


 湊が煉の宝物だと認める。つまり、自分の宝物だった湊を煉に譲るという、樹なりのけじめが込められていた。それを察した煉と湊は、顔を見合わせて微苦笑した。


「つぅかさ、仁のアレは何だったの? なんで俺まで連れてかれたんだよ。計画になかったじゃん」


 仁は、ドヤ顔で堂々と紙を見せる。そこには『恋人』と書かれていた。


「おっっっまえ、これ見られたらどうするつもりだったんだよ!?」


 仁の胸倉を掴んでキレかかる樹。


「あ~··っと····、俺の樹泣かせるなよって言うつもりだった」


 煉のモノマネを交えて言う仁。湊はあの言葉を思い出し、縮こまって顔を赤くする。


「嘘つけ! どうせフザケてただけだろ!」


 ギャーギャーと喚く樹を宥め、仁は頬にキスをした。驚き黙った樹は、手で頬を覆い目をぱちくりさせている。


「俺さ、樹のコトけっこう真面目に考えてんだけど。樹とヤッてから他の子とヤッてないし。今、樹だけだよ?」


 樹の両手首を捕まえ、グンと顔を近づけて言う仁。


「へ? は? そ、そんなの頼んでないし····」

「樹、好きだよ。お試しみたいなお付き合い、そろそろやめにしない?」

「はぁ!? な、なんで今ココで言うんだよ。返事、できないって····」


 樹はチラリと湊を見て言った。視線を落としたままの樹に顎クイをして、仁は逸らされた視線を奪い返す。


「今日は退かないかんね。樹、好きだよ。ね、ちゃんと付き合お?」


 さっきよりも真剣に、もう逃がさないと圧を込めて言った仁。観念した樹は、極々小さな声で『わ、わかったよ』と返事をした。



 樹と仁の関係も決着し万事解決····と思いきや、立場は一転して湊からの説教を食らう三王子。湊は、自分に内緒でコソコソと企むのをいい加減やめろと叱責する。


「ホンットにいつもビックリするんだからね! 僕だけ守られてばっかりなんて嫌だし、それに、なんだか蚊帳の外みたいで寂しいんだよ····」


 湊がしょんぼりと表情を暗くした時、教室のドアがガラガラっと勢いよく開いた。


「あらあら、三王子様が揃いも揃って頭上がんないの? 湊くん、すっかり調教師ね」


 皮肉を垂れながら入ってきたのは穂月だ。ツカツカと煉に近づき、目の前で足を止めた。


「アンタたち、あんな面白い事するならアタシも混ぜなさいよね」


 穂月は煉の顎を指で持ち上げて言った。煉はその手をバシッと払い退ける。


「触んじゃねぇよ。お前も聞いてたんなら俺の言ったコト守れよ。もし守らなかったら──」

「わかってるわよ。アタシは一生、煉の親衛隊長でアナタの言いなりなんだから」


 片膝をついた穂月は、忠誠を誓うように手の甲へキスした。


「煉が望むなら湊くんの警護だって完璧にこなして見せるわ。だからね、今日はこれからも傍に居る許可を貰いに来たの。煉と、湊くんに····」


 宙ぶらりんだった穂月との関係。穂月は、ようやくそれに決着させる覚悟ができたらしい。

 心の整理を終え、2人の関係を受け入れたうえで傍においてほしいと懇願する穂月。煉は湊に視線を配り、穂月への答えを出す。



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