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第67話

沈楽清が宋岐村へ近づくにつれて、パチパチと何かが爆ぜる音や何かが焼ける匂いがして、沈楽清の心臓はドクンドクンと大きく打ち始めた。

ただならない二人の様子。

いつも自分を守るため常にそばにいる二人が、自分から離れて、ここへは絶対に近づくなと強い口調で止めた。

一体何が起こっているんだろうと不安になり、沈楽清は胸の辺りをぎゅっと握りしめる。

「猿神!」

洛寒軒の怒鳴り声が遠くから聞こえ、沈楽清はその声を頼りにさらに足を速めた。

村の入口へとたどり着き、肩でゼイゼイと大きく息をした沈楽清は、目の前に広がった光景に愕然として言葉を失う。

自分が二時間ほど前に来た時は、本当にのどかな村だった。

木の家が数棟建っていて、その家々を取り囲むように畑や豊かな水田が広がる。

昔話に出てくるような、本当に綺麗な村だった。

しかし、今はそれが何一つ残っていない。

村のあちこちから火の手があがり、家々を、畑を赤く染め上げている。

「っ!!」

あまりの光景に沈楽清は言葉を失い、その場に立ち尽くした。

たった一時間にも満たない邂逅で、全員が初めて出会った人たちだった。

それでも、村の人々の笑顔や温かさが思い出されて、沈楽清はどうして?と呆然と呟く。

沈楽清はへたりこみそうになりながらも、ガクガクと震える足を叱咤し、村の中へと一歩一歩進んでいった。

村の中央。

さきほど自分が案内された長老の家の前に、洛寒軒の姿を認めた沈楽清は、彼に駆け寄ろうとして、その左腕を誰かに強く掴まれた。

「宗主・・・どうして・・・」

「栄兄。」

怖い顔をした沈栄仁の気迫に一瞬呑まれた沈楽清だったが、彼が右手にしている物を見て、がっとその手を掴む。

「栄兄・・・どうして、剣が血で濡れてるの?妖族であれば、全て塵と化すはず。一体、何を切って・・・?」

「宗主。だからここへは来ないでくださいと、あれほど・・・」

「二人とも避けろ!」

洛寒軒の大声に反応した沈楽清と玄肖は大きくその場から飛びのく。

ドンっと大きな音がして、沈楽清達が先ほどいた場所が大きくえぐれるのを見ながら、沈楽清は洛寒軒の方へと目をやった。

それまで洛寒軒の身体で死角になっていた場所に張が笑いながら立っている。

「張さん・・・?」

「すみません。張ではなく、私は猿神と申します。それにしても妖王、やはり貴方の関係者でしたか。その子から貴方の気配をわずかに感じたので、まさかとは思ったのですが。なぜ仙人なんかと一緒にいるんです?まさか妖界を裏切るおつもりですか?」

先ほどまで沈楽清に対してニコニコと明るく笑っていた時とは想像もつかないほど冷たい瞳と冷笑に、沈楽清の身体が大きく身震いする。

「俺が誰といようと、お前に何か関係があるのか?」

冷淡な声で答えた洛寒軒に対し、猿神が心から見下したように失笑する。

「なるほど。やはり半端者という訳ですか。」

洛寒軒に侮蔑の言葉を投げる猿神に音もなく近づいた沈楽清は、思いきりその頬を張った。

パァンとその場に大きな音が響く。

「・・・寒軒を、悪く言うな。」

「バカ!」

慌てて洛寒軒が、猿神の目の前で彼をきつく睨みつける沈楽清の手を引っ張り、その身体を抱き寄せる。

そんな二人の様子に、へぇと感心したように声を上げた猿神は、それはそれは面白そうにその口の端を歪めた。

「妖王、先に一つ申し上げておきますが、この村がこうなったのは私のせいではありませんよ。貴方の後ろにいるその可愛い人が、私に猩猩に噛まれた人を連れて村へ行けと言ったのでそうしたまで。それでも、私が悪いと仰いますか?」

猿神の言葉に、沈楽清の身体がビクッと震えた。

猿神の言葉の意味が全く飲み込めず、沈楽清は自分の中でその言葉をもう一度繰り返す。

顔色を失った沈楽清に、あいつのいう事は聞くなと耳打ちした洛寒軒は、彼を守るように後ろにやると猿神と向き直った。

「次はない。二度とこの地へ来るな。」

「わかりました。良いものが見れましたし、今日の所はお暇しましょう。」

軽い足取りで楽しそうにその場から立ち去る猿神を、苦々しい顔で見送った洛寒軒と沈栄仁は顔色を失った沈楽清に近づいた。

「・・・俺のせいって、どういう、こと・・・?」

「宗主。あなたは妖族の本を何度も読んでいましたよね?」

少し厳しい表情になった沈栄仁に、沈楽清はこくりと頷く。

「そこに先ほど猩猩が使役していた淤泥も猩猩も、絵姿と共に載っています。その特徴や気を付けるべきところも全て。さすがに猿神ほどの妖族ともなれば、名前のみで、その姿もたいした特徴も載っていませんが・・・」

「え・・・?」

「この世界の住人ではない貴方は、あれを絵巻物程度に思っていたのかもしれませんが、あれは多くの仙人の犠牲の上で書かれたものなのですよ、楽清。私はそのように一番最初に説明したはずです。」

「藍鬼!初めてでは仕方ないだろう?もう、そのあたりで・・・」

容赦なく厳しい言葉をぶつける沈栄仁を止めようと洛寒軒が二人の間に割って入る。

「妖王、私はこの子が憎くて言っている訳ではありません!次にこんなことを繰り返さないためにも!」

「・・・ごめんなさい。」

徐々に沈栄仁や猿神の言葉の意味をようやく理解した沈楽清は、その場に膝をつくと、沈栄仁に向かって頭を下げた

「ごめんなさい。俺が間違っていました。この村を救うにはどうすればいいか、教えてください。」

真っ青な顔で土下座する沈楽清の肩に、思わず優しく手を置こうとした沈栄仁はぐっときつくその手を握りしめた。

「・・・残念ながら、この村はもう助かりません。猩猩に噛まれた女性は先ほど殺しましたが、まだ彼女に噛まれ、凶屍と化した人間が生きています・・・彼らを貴方が殺しなさい、楽清。」

玄肖の言葉に沈楽清がハッと顔を上げる。

「それで血がついてたの?助ける方法・・・だって首を噛まれただけで・・・」

「それが猩猩の恐ろしさなのですよ、楽清。噛んだ部分から毒を送り込む。しかもその人間が次の人間を噛めば、その人まで。彼らはもう人間ではありません。どんな仙薬を使っても術を使っても、もう元には戻りません。生きている限り仲間を増やし、人を食い殺す化け物です。それでも生かしておきますか?」

沈栄仁の冷たい声に、頭から冷水を浴びせられた沈楽清は、その場にガクリとうなだれると小さく呻いた。


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