「・・・分かりました。」
「楽清、無理するな!俺が!」
立ち上がり、ふらふらと民家へ歩き出した沈楽清を止めようとした洛寒軒を玄肖が制止する。
「これが我々の、仙界の仕事です。邪魔をしないでください、妖王。」
「藍鬼!」
「楽清。一人一人確認して、噛まれた痕があれば全員殺してください。どんな幼い子でも生かせば災いになります。もしも万が一無事な者がいれば保護を。私も手伝います。」
「分かりました。」
ふらりと最初に入ったまだ火に包まれていない家の中で、沈楽清はここへ来て一番に自分へと声をかけてくれた人が床に倒れているのを見つけた。
首から上がないその死体は、幼子を守るように抱えていたが、その抱えられた子もまた全身がズタズタに引き裂かれて喰われており、二人の血で家の床一面は血の海と化している。
その側で、彼らを殺して喰ったのであろう女性の姿を見た沈楽清は、彼女に向かって剣を突き立てた。
鮮血が飛び、沈楽清の白い服に赤いシミがつき、それは決して消えることは無かった。
自分は人を殺してしまったと、沈楽清はぺたんとその場にへたりこむ。
「よく仕留めましたね、楽清。その調子です。それでは確認しましょう。」
沈栄仁は厳しい顔をしたまま、沈楽清の腕を引っ張り立ち上がらせると、その家の中へ連れていく。
「よく見なさい。彼らに噛み跡はありますか?」
「・・・こんなふうになっても、生き返って人を害するの・・・?」
「いいえ。これは喰われて死んでいます。眷属を増やしたい場合は噛むだけで喰いません。そうきちんと本には書いてありましたよ、楽清。さぁ、次の家に行きましょう。」
「・・・はい。」
生気のない目でふらふらと歩く沈楽清の腕を掴んだ沈栄仁は、無言のまま彼を引っ張って次の家に連れて行く。
そこの家では若い男女が血まみれで横たわっており、その横で3歳くらいの小さな子どもが大声で泣いていた。
「阿凱!」
男の子が生きていたことで、沈楽清の瞳に少しだけ生気が戻る。
「阿凱、大丈夫?怖かった・・・」
しかし、子どもに駆け寄ろうとした沈楽清の横で、剣を抜いた調子は、さっと走って沈楽清の横を通り抜けると、その子に向かって自分の剣を突き立てた。
「栄兄?!」
「・・・その顔をよく見なさい。自分の両親を食い殺したのは、その子どもです。」
沈栄仁に促されるまま子どもの顔を見た沈楽清は「あっ」と小さく声を上げた。
よく見れば、子どもの顔も手も血まみれになっており、その口からは鋭い牙が見え隠れしている。
絶命した子どもから剣を引き抜いた沈栄仁は、表情を変えないのまま「次に行きますよ」と沈楽清の腕を引っ張った。
強引に連れられた沈楽清は、その家の玄関にある敷居に躓き、そのまま顔からその場に転倒する。
(痛い・・・)
こけて擦りむいた頬や手のひらの痛みや地面の土や草の匂いで、少しだけ正気に戻った沈楽清の瞳から大粒の涙がボロボロとこぼれ始めた。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・俺のせいで・・・」
「何をしているんです。泣いている暇があるならさっさと起きなさい。そんなことをしている間に無事な人間が死にますよ?」
泣いてその場から動けなくなってしまった沈楽清に向かって、一瞬憐れむような表情を見せた沈栄仁だったが、ぐっと奥歯を噛みしめるとその手を強く掴んだ。
「藍鬼!いい加減にしろ!」
それまで黙って二人を見ていた洛寒軒は、もうこれ以上は見ていられないと沈楽清の手を強く掴む沈栄仁の腕をぐっと掴むと、もう片方の手でその肩を掴み、自分の方へと向かせる。
「もういいだろう、藍鬼!ここには正者の香りはしない。お前だって、もう生きている人間がいないことくらい気がついているはずだ!だから俺が炎術を使うのを止めなかったんだろう?!」
「離してください、妖王。もちろん分かっています。でも、この子はそれに気づいていない。だからこうして分からせるしかないんです。」
「こんな精神状態で気がつく訳ないだろう!お前はこいつを壊すつもりなのか?!」
いがみ合う二人を前に、沈楽清はなんとか立ち上がると、涙が強引に拭き、ふらふらと歩き出した。
「弱音を吐いてごめんなさい。栄兄、次の家に・・・」
「楽清!」
洛寒軒は今にも倒れそうな沈楽清を抱き寄せると自分の胸に閉じ込めた。
「もういい、楽清。帰ろう。」
「ダメ・・・今このまま逃げたら、俺はもう一生立ち上がれない・・・」
その温もりに縋りつきたいのをぐっと我慢した沈楽清は、洛寒軒の腕から逃れようと身体をよじらせた。
「離して・・・次の家に・・・」
「もういい!」
「・・・宗主が離してと言っているんです。さぁ、行きますよ。楽清。」
「はい・・・」
再び沈栄仁に大人しく手をひかれた沈楽清に、業を煮やした洛寒軒は、二人の前に出るとその手をその一帯に向かって一閃させた。
次の瞬間、激しい炎がその一帯を包み、あっという間にすべてを焼き尽くしていく。
あまりに一瞬の出来事に言葉を失った沈楽清に、洛寒軒は近寄ると、再び彼の身体を沈栄仁から奪い、自身の胸の中に閉じ込めた。
「もう生者はいない・・・探索など時間の無駄だ。今度からこうしろ。いいな、楽清。」
「・・・うん・・・」
「藍鬼。手本は見せた。これでいいな。」
「・・・ありがとうございました、妖王。お手数をおかけしました。私は消火をしていきますので、先にその子を連れて戻っていてください。」
自分達に背を向けて村の方へ向かう沈栄仁に向かって、沈楽清は手を伸ばす。
「栄兄!俺も・・・」
「・・・足手まといです。」
「栄兄・・・」
「妖王。私が楽清をこれ以上傷つけてしまう前に、その子を早く連れて行ってください。今日はそちらには行きません・・・あとは、よろしくお願いします。」