ゆっくりと眠っていた洛寒軒が目を覚ますのを見た沈楽清は、寝台の端に座ると彼に対してふんわりと微笑んだ。
「おはよう、寒軒。」
「・・・おは、よう・・・?」
「いや、時間はもう昼過ぎなんだけどね。ねぇ、そろそろお腹すいたでしょ?起きて。お餅を一緒に食べよう。」
「餅?」
そう言って、身体を優しくゆする沈楽清に、一瞬何を言われているのか分からなくなった洛寒軒はきょとんと目を丸くする。
とりあえず落ち着こうと、ゆっくりと半身をその場に起こした洛寒軒は、沈楽清が見事な婚礼衣装を身に纏っていることに気がつき、まぶしいものを見るようにその目を細めた。
「お前、その恰好・・・それに、餅って・・・」
「寒軒、結婚しよう。」
状況が飲み込めず、目を白黒する洛寒軒の手を沈楽清は取ると、自ら彼に結婚を申し込んだ。
「・・・本気か?」
「うん。」
ほら着替えてと沈楽清に促され、赤い衣装を受け取った洛寒軒は、寝台から下りると、寝間着からその衣装へと着替えていく。
その着付けを手伝いながら、沈楽清は徐々に完成されていく目の前の男の色男ぶりにその頬をぽっと赤く染めた。
「もうお互いに知らないことなんてないだろう?いまさら何を照れてるんだ。」
「・・・かっこよすぎて、直視できないんだよ。本当に、なんでそんなにかっこいいんだか。」
絶対に洛寒軒が世界で一番かっこいいと手放しで誉める沈楽清に、ハハっと笑った洛寒軒は、長椅子に座ると、沈楽清に髪を結ってくれないか?と頼んだ。
「いや、俺より栄兄に頼もうよ!だって、俺、簡単な一つ結びとかしか出来ないし!」
慌てて断る沈楽清に、それでいい、と洛寒軒は微笑んだ。
「俺は、妻のお前にやって欲しいんだ。」
その言葉に、分かったと一つ頷いた沈楽清は、衣裳部屋に行き、彼に似合いそうな髪飾りを探す。
しかし、冠やかんざしなど、衣裳部屋にたくさん置いてある宝飾品を手に取った沈楽清だったが、どれもいまいちピンとこず、悩んだ末に手にしたのは、彼の瞳と同じ色の髪紐だった。
偶然にも、その桜色の髪紐の両端には、沈楽清の瞳の色である琥珀がつけられている。
「これでいい?」
「ああ。」
部屋へ戻った沈楽清は、洛寒軒に断ると、その髪に櫛をいれ、高い位置で一つに結んだ。
「ありがとう。」
「いや、ねぇ、やっぱり栄兄にやり直してもらおうよ。なんか髪型だけ普通って言うか、本来どうしていいのか分からないし。」
洛寒軒の結った髪をほどこうとした沈楽清を制し、洛寒軒はその場に立ち上がると、「どうだ?」と沈楽清に確認をする。
「似合うよ。すごくかっこいい。」
「お前も、すごく綺麗だ。」
照れる沈楽清に、吸い寄せられるように近づき、抱きしめた洛寒軒はそのまま沈楽清へと顔を近づける。
「紅がとれちゃう・・・」
「塗り直せばいいだろう?」
「ダメ・・・栄兄がせっかく・・・」
「いいですよ。塗り直してあげますから。」
唇が触れる直前に沈栄仁の声が聞こえ、沈楽清は思いきり洛寒軒を突き飛ばした。
「栄兄!そこにいたなら言ってよ!」
「盛り上がってる新婚さんの邪魔をするほど野暮ではないですよ。」
餅とお酒をお盆に乗せて運んできた沈栄仁は、文机にそれを置き、突き飛ばされて床にしりもちをついた洛寒軒に手を差し伸べて立ち上がらせる。
立ち上がった洛寒軒の周りをくるりと一周回った沈栄仁は、彼に向かって優しく微笑んだ。
「よくお似合いです、妖王。」
「ありがとう、藍鬼。」
洛寒軒は沈楽清の隣に立つと、その場に膝をつき、沈栄仁に向かって叩頭した。
「楽清を私にください。一生大切にします。」
「寒軒・・・」
深々と頭を下げた洛寒軒の横で、沈楽清も沈栄仁に対して「お願いします」と叩頭した。
そんな二人に沈栄仁は微笑むと、杯に酒を注ぎ、頭を上げた二人に渡す。
最後に自分も杯に酒を注ぐと、二人に向かって掲げた。
「おめでとうございます、二人とも。」
乾杯をした三人は、それぞれ杯の中身を一気に飲み干す。
「妖王。誰が何と言おうと、私は貴方がこの子の夫になってくれて嬉しいんです。それに、かつての私との約束をかなえてくださり、本当にありがとうございました。」
「藍鬼・・・」
「では、お邪魔するのはここまでにして、私は本亭に帰ります。衣装は・・・破かないかぎりは許しますのでご自由に。」
さっさとその場を後にした沈栄仁に向かって、洛寒軒はもう一度頭を下げた。
「それにしても、お酒はなんとなくわかるけど、お餅って何か意味があるの?」
洛寒軒と並んで、お餅を食べていた沈楽清は、素朴な疑問を洛寒軒に投げかける。
「東嬴の文化らしいぞ。通い婚を三回した翌朝に餅を食べる、とかなんとか。」
三日目というキーワードに思わず沈楽清は思いきり咽せてしまい、その背中を洛寒軒がさする。
「まぁ、三日というか、もう何日目か分からないくらい堪能させてもらったが・・・」
「寒軒!」
無表情で無欲そうな外見とは裏腹に、欲が強い洛寒軒とのこの三日間をありありと思い出した沈楽清は、恥ずかしさから顔を下に向けながらも、洛寒軒の身体にトンっと身体を預けた。
「ねぇ、寒軒。これで結婚は成立したの?」
「いや・・・本当は三拝とか儀式がある。でも、お前の兄には許可をもらった。問題はないだろう。」
そっかと呟いた沈楽清は、洛寒軒の膝の上に座ると両手でその頬を包み込んだ。
自分を真剣に見つめる彼に対して、ふわりと花のような笑顔を見せる。
「誓うよ、寒軒。俺は、何があってもこれから一生お前のものだって。」
「ああ、楽清。俺もだ。」
「この先、何があっても俺はお前だけを愛してる。どこにいても俺はお前の妻だよ。だから・・・」
沈楽清の瞳に涙が浮かび、つーっと一筋流れ落ちていく。
それ以上は言葉に詰まって声を発せなくなった沈楽清の背と頭に洛寒軒は腕を回した。
静かに泣く沈楽清に、優しく微笑んだ洛寒軒は、その顔を近づけて沈楽清に口づけをする。
長い長い口づけの後、そっと唇を離した後も、洛寒軒は静かに、全てを受け止めるように笑った。
「分かっている。それ以上は言わなくていい。」
「うん・・・」
「最後に一緒に行ってほしいところがある。着いて来てくれるか、楽清。」