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第77話

「えー、本日はお日柄もよく・・・」

舞台上で長々と挨拶をする陸壮の隣で、眼下に並ぶ選手たちを笑顔で見つめながら、沈楽清は来賓の挨拶が長いのはどの世界でも同じなのか、一言でまとめればいいのにと内心毒づいた。

舞台上では陸壮が『天帝のお言葉』として、何やらありがたい話を延々としている。

それを聞きながら、沈楽清は今日の参加者たちをちらりと見つめた。

毎年五月になると、各派の手練れが集まって腕自慢をする。

昨年の優勝者は夏炎輝だったなと思い出しつつ、沈楽清は自分も出たかったなぁと少し残念に思っていた。

しかし、出たところで本来の力の半分程度までしか出せないかと、沈楽清はふぅとため息をつく。

「仙界の風紀を守るためにも、決して本気を見せてはいけません。力を常に隠すように。」と常に口酸っぱく言う玄肖の方を見る。

昨年、夏炎輝と激しい優勝争いをした彼は、今年こそ夏炎輝に勝とうと闘志を燃やしており、その後ろに並ぶ天清沈派の陸承達も、勝てば望む物が天帝から与えられるため、やる気満々だった。

そんな中、ひときわ小さい少年を沈楽清は見つめる。

「江陽明がここにいるのは何かの間違いですか?」

大会が始まる直前、会場に現れた江陽明を見て、沈楽清はわずかに気色ばんだ。

腕自慢が集まる大会で、こんな入ったばかりの子どもが出るなんて聞いたことが無い。

自分を睨む沈楽清に対し、いやいや実力ですよ、と答えた陸承は、ここ一か月の彼の活躍を沈楽清に伝えた。

「鬼みたいに強い」と陸承が言い、普段は厳しい評価をする玄肖ですら江陽明を褒めたため、彼が実力者であることは間違いがないのだろう。

それでも子供が危ないじゃないか、という思いが消えない沈楽清は、こっそりと江陽明を呼び出して棄権するよう声をかけたが、彼から「やってみたいです」と懇願され、渋々その参加を認めた。

それでも・・・と沈楽清の顔が曇る。

「天清神仙。何か気がかりなことでも?」

いつの間にか隣に来た春陽風派の風金蘭が、扇で口元を隠しながら沈楽清に問いかける。

「ええ。なぜか、入ってすぐの門弟が出ることになりまして。ほら、あの小さい子なのですが・・・」

「あら、確かに人一倍小さいですね。」

「ええ。なので、怪我をしないか心配で・・・大人の中に子供が混じっている訳ですから、さすがにまずいのではないかと。」

「でも、玄肖殿が認めて出場なさるのでしょう?ならば大丈夫ではないですか?」

大会の様子をそのまま舞台上の主賓席から見ながら、沈楽清と風金蘭は会話を続ける。

すでに第一試合は始まっており、あっという間に夏炎輝が白秋陸派の仙師をのしたところだった。

見やすいようにと低い位置に作られた会場の周囲を、ぐるりとたくさんのギャラリーが取り囲んでいる。

夏炎輝が勝ったことで大きな歓声がわき、女性陣がキャーキャーと黄色い悲鳴をあげた。

「相変わらず、夏宗主は大人気だこと。」

「ええ。炎輝兄様はかっこいいですから。」

にこやかに夏炎輝を褒めつつ、沈楽清はこの声援が何気に嫉妬深い玄肖の耳に届かないことを祈るばかりだった。

沈栄仁がいなくなって、もう約二年が経とうとしているためか、最近は露骨に夏炎輝に近づこうとする人間が後を絶たない。

仕方がないと口では言いつつも、玄肖がその時手に持っていた茶器を素手で割っていたのを見た沈楽清は、本当に何とかしてこの二人が上手くいく方法はないかといつも考えている。

「それでも、夏宗主の道侶の最有力候補は玄肖様でございましょう?」

「ええ?!そうなんですか?!」

「ええ・・・華南夏派のお屋敷から帰る玄肖様をよく見かけると評判ですので。」

確かに朝帰ってくるけれど色っぽい雰囲気はないんだよなぁと沈楽清は思いつつ、今度一度はぐらかすのが上手い玄肖ではなく、素直な夏炎輝に話を聞いてみようと考える。

一方で、これ以上話しているうちにぼろが出ては困るので他の話題に変えようと。沈楽清は風金蘭に最近の春陽風派について質問した。

そんな中、眼下では次々と試合が進み、天清沈派では陸承と玄肖が当たり前のように勝ち上がったのに対し、風金蘭の方を向いて話に興じる沈楽清は周囲に合わせて片手間に拍手を送る。

「おお、次は子ども同士の対決だ。」

会場内にどよっとざわめきが起こり、風金蘭と話していた沈楽清は、再び舞台に目をやった。

「陽明。」

「まぁ・・・相手も同じくらいの子ですわね。初めて見る顔ですけれど。」

「ええ、確かに。どこの子でしょうか。」

「彼は藍月。うちの門弟だ。入って十日目だが、すでに私と手合わせできるくらいなので試しに出してみた。」

だしぬけに後ろから声が聞こえ、沈楽清は「炎輝兄様!」と彼の方を振り返った。

先ほど戦ったばかりのはずなのに、汗一つかいておらず、いつもと変わらぬ男ぶりの夏炎輝は、可愛い弟分の沈楽清の頭を撫でた後、隣にいる風金蘭に恭しく一礼し、彼女もそれに返す。

「あれほど強い者が揃う華南夏派の中で・・・それはすごいですね。」

「ああ。大したものだろう?私には弟たちも三人いるが、今後のことも考えて、今は誰が優秀か知っておきたいんだ。」

夏炎輝の含みのある言葉に、「どういう意味ですか?」と彼の方を見た沈楽清が小首を傾げた瞬間、バチッと凄まじい音と激しい剣檄が舞台から聞こえ、沈楽清は慌ててそちらを見つめた。

舞台の上では幼い二人が、昨年の決勝戦であった夏炎輝と玄肖にも匹敵するほどの攻防戦を繰り広げている。

「二人ともすごい・・・」と素直に感想を述べた沈楽清の横で、夏炎輝が興奮した様子でもっとよく見ようと舞台の方へ身を乗り出す。

一見すると優雅で艶やかな美女だが、実際にはかなりの手練れである風金蘭もまた、幼い二人に熱い視線を送っていた。

最初は子ども同士の戦いかと中座しようとした者も、その場に立ち尽くしたまま、二人の戦いに目が釘付けになっている。

10分以上息もつかせぬ攻防が続き、誰一人声すら出せないほど張り詰めた空気の中、先にがくんと膝が折れたのは藍月だった。

そんな彼に手を差し伸べた江陽明は彼を立たせると、お互いの健闘をたたえ合う様に彼を抱きしめた。

そんな幼い二人の戦いに感動した聴衆からは割れんばかりの拍手が送られる。

「お前の門弟は強いな・・・って阿清!どこへいくんだ?!」

「すみません、炎輝兄様。少しだけ席を外します!」

江陽明が勝ったことに安堵しつつも、藍月と呼ばれた彼に強い違和感を覚えた沈楽清は藍月のもとへと走った。

「待って!」

舞台の裏手にある控室へ消えようとした藍月を見つけた沈楽清は彼の肩に手をおいた。

沈楽清より僅かに背の低い少年は、急に現れて自分を呼び止めた他家の宗主に僅かに口を開く。

「天清神仙?」

「君、どうして・・・」

先ほどわざと負けたことに対して問いかけようとした沈楽清に、にやりと笑った藍月はそのまま彼の手を掴むと、強引にその身体を引っ張った。

他家の宗主の腕を掴むというあり得ない振る舞いに、一瞬唖然とした沈楽清だったが、さすがに叱責するべきだと仙術を使い、彼から逃れようとする。

しかし、抗おうとしてもいう事を聞かない己の身体に、以前にもこんなことがあったと思い出した沈楽清は、まさかと思いつつ目の前の人物に手を引かれ、そのまま大人しくついていった。

その間、何度も本気で逃れようと密かに術を使うも、やはり逃れられなかった事で、沈楽清の中でその正体が確信に変わる。

きょろきょろと周囲を見回し、誰もいないことを確認した藍月は、沈楽清を一室へと連れ込み、扉を閉めると中から鍵をかけた。

そんな彼に合わせて、誰も入ってこられないように沈楽清はその部屋に強固な結界を張る。

「桜雲、もう元の姿に戻ってもいいよ。」

「ああ・・・やはり気がついていたのか。」

「うん。だって俺をこんな風に拘束できるのは天帝と桜雲しかいないもの。」

密かな笑い声と共にぶわっと妖気が広がり、その圧力で目を閉じた沈楽清の唇がそのまま目の前の人物によって塞がれる。

沈楽清は目を瞑ったまま、自分の身体が覚えている高さに腕をあげて洛寒軒の首に手を回すと彼にぎゅっと抱きついた。

そのままお互いの気が済むまで唇を重ねる。

唇がゆっくりと離れ、目を開いた沈楽清の目の前には、彼が愛してやまない美貌の青年が変わらぬ姿で立っていた。


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