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第80話

沈楽清の嫌な予感が的中し、件の妖王信仰が人界で大きな影響力を持ち始めてしまったため、人界の神官からの依頼を受けた仙界は天清沈派にその調査をするよう命令した。

「かの団体に仙界もしくは妖界が関わっていると?」

「天帝はそのようにお考えだ。最初に信仰が生まれた場所が天清沈派だというので貴殿にお願いしたい、天清神仙。まぁ、貴殿は妖王を容認している男。そんな貴方が宗主を務める土地なのだから、そのような不届き者が生まれてきても何の疑問もないのだがな。」

「・・・それも、天帝のご意見で?」

調査を天帝の命として伝えた陸壮に、すこしだけ笑みを深くした沈楽清は事実確認を行う。

「誰の意見でもいいだろう。さっさと行け。」

「かしこまりました。」

つっけんどんに沈楽清を追い払おうとする陸壮に、にっこりと笑い返した沈楽清は「ああ、そうそう」と一言付け加える。

「近く私は宗主の座を降りる予定です。」

「・・・は?」

よほど意外だったのか、陸壮の目が大きく見開かれたのを見て、沈楽清はおや?とその意外な反応に小首を傾げる。

常に沈楽清に対して冷たい陸壮であれば喜ぶものと思ったのに、と。

「・・・それは、貴殿が陸承の道侶になる決断が出来たということか?」

「違います。」

しばし考えた後、明後日な方向の話を始めた陸壮に沈楽清が思わず吹き出す。

「笑ってしまってすみません。しかし、今の陸承には何人も妻がいて、彼はその妻とその子を大切にしています。どうして今さら私などと・・・」

「では、貴殿は?」

「誰かはまだ明かせませんが、私はある人の道侶になります。彼と一緒になった後には二度と表舞台に出てくることはありません。どうかご安心を。」

言いたいことだけ言って、失礼しますと沈楽清はさっさと踵を返し、その場から出て来てしまった。

後ろから陸壮がなにがしか自分に言っている声が聞こえたような気がしたものの、とりあえずまずは調査に当たろうと、気を取り直した沈楽清は玄冬宮に戻る。

「あ、陸承!いいところに来てくれました。少し話をしてもいいですか?」

執務室に戻ったタイミングで、自分の所へ来た陸承に声をかけ、一緒に任務に出てもらうよう依頼した。


仙界から宗教団体本部近くに降り立った沈楽清と陸承は、まずは一旦周囲から様子を探ろうと、その大きな建物の周りをぐるりと歩くことにした。

目立たないように簡易な服を着こんでいても、二人の並外れた美貌が隠れるわけでもなく、周囲からは歩くたびにじろじろ見られてしまう。

「・・・バレませんか、これ。」

「大丈夫だろう。特に天清神仙はどこからどう見ても美しい女性にしかみえない。」

「ありがとうございます。でも、名前を気をつけてください。『旦那様』」

「ああ、分かった。『奥さん』」

相手を警戒させないため、入信希望の夫婦を演じることにした二人は、陸承の勧めもあって、その手を繋いで歩いている。

沈楽清としてはこんな所を洛寒軒にでも見られたらとひやひやしながらも、一方でもう一度やきもちを焼いた彼が見たいといういたずら心が沸き、陸承の提案に乗ることにした。

「ところで最近、玄肖を見ないがどうしたんだ?」

「さぁ?」

任務に向かう最中、おもむろにそう問いかけた陸承に対して、沈楽清はあいまいな笑みを浮かべる。

「まさか・・・逃亡か?」

「違いますよ!一週間前に夏宗主に呼び出されて赤誠宮に行きました。」

「夏宗主に?では、なぜ帰ってこないんだ?」

「私に聞かれましても・・・ただ、夏宗主より、引き続きしばらく玄肖を借り受けたいと一昨日連絡がありましたので、それ以上はよく・・・」

沈楽清の歯切れの悪い言葉に、都合のいい解釈をした陸承はに「意外だな。そうかそうか。」とにんまり笑う。

「何です?そのいやらしい笑みは。」

「いや、玄肖はいい加減に見えて真面目な男だろう?夏宗主もだ。そんな二人が一線を越えたからってそう何日もお互いしか見えなくなるというのは・・・まぁ、あれほど愛していた栄仁様の後、寂しく一人でいた夏宗主にようやく訪れた春だ。夢中になるのも無理はない。私もこうしている間も妻達が恋しいしな。」

うんうんと一人納得する陸承の言葉に、そんな単純な話なのだろうかと沈楽清は眉間にしわを寄せた。

「妄想も結構ですが、夏宗主は普通に仕事していますよ?今は南領に出た妖族退治に行っているはず。」

「ああ、だったら玄肖もそこに駆り出されているんだろう?」

「そうだといいのですが・・・」

陸承の言う通り、夏炎輝も玄肖こと沈栄仁も非常にまじめな男だ。

自分がどんな状態でも周囲にそれを気取らせず、彼らはどんな時でも公務を休んだことは無い。

だからこそ、そんな兄が仮に二人が上手くいったのだとして、結婚もしていないうちから玄冬宮に帰ってこないことが沈楽清には違和感でしかなかった。

まさか本当に制裁を受けて・・・?と不安に思いながらも、さすがに他家に乗り込むわけにもいかず、あと数日は様子を見ようと沈楽清は事態を静観することにした。

話しているうちに宗教団体の建物周囲を歩ききってしまった沈楽清達は、特に怪しいところもなく、妖根も仙根も感じられない団体の入り口を前に、お互い顔を見合わせて一つ頷き合った。

「行きましょう。」

「ああ。」

虎穴に入らずんば虎子を得ず。

手を繋ぐ形から、腕を組む形に変えた二人は、そのまま宗教団体の扉を叩いた。


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