「いやぁ、なんてお美しいお二人だ。お似合いのご夫婦ですね。お見合いですか?」
「ハハハ・・・どうも。いえ、私が訪れた先で妻を見初めまして。」
「それは情熱的だ。羨ましい。うちはお見合いだったんですよ。お二人は結婚して何年なんですか?」
宗教団体の門から出て来た男は、沈楽清と陸承の二人を散々褒めちぎりながら、二人に関する質問を根掘り葉掘りしていく。
その会話は非常に巧みで、特別に警戒していなければあっさり全てを話してしまうだろう。
「それでお子さんが授からなくて、困っているんですね。」
「はい・・・妻が嫁いで三年になるのですが、未だに・・・なぁ。」
「ええ・・・」
「こんなに可愛いので、毎晩頑張っているんですけどね。」
陸承の下品な軽口に、沈楽清は案内役の見えない所で彼のお尻を叩いた。
ほぅと品定めをするかのような男の視線に辟易しつつ、さすがにあまり話すと男だとバレる危険性があるため、沈楽清は扇で口元を隠すと困ったようにわずかに微笑む。
その可憐な様子に、ごくりと生唾をのんだ目の前の男が、いよいよ自分を好色な目で見始めたことに気がついた沈楽清は陸承の身体の後ろにそっと隠れた。
「どうした?」
「・・・怖い・・・」
きゅっと陸承の手にすがり彼の後ろから出ようとしない沈楽清を、これ以上見るのは無理かとあきらめた男は再び陸承と会話を始める。
男の関心が自分から逸れた事で、沈楽清は再び宗教団体の建物内を顔は前に向けたまま視線だけ目まぐるく動かした。
集中力を高め、仙根や妖根の気を感じないかも同時に探る。
しかし、どれだけ意識を向けてみても、これといった手ごたえがなく、徐々に沈楽清は今回は空振りだったかと少し安堵した。
何も無ければ、ここから先は人界の領分。
仙界が首を突っ込むわけにはいかない。
「旦那様・・・どうですか?」
「ああ・・・いい建物だな。」
陸承の感想に、大方何人もいる自分の妻への新居としてという意味なのだろうと理解した沈楽清は、そっと彼の臀部の辺りをつねった。
いてっと小さな声を上げた陸承に、集中しろと低い声で注意を促す。
「でも、お前も何も感じないだろ?」
陸承に耳元で囁かれ、沈楽清はまぁそうですねと一つ頷いた。
その様子に「仲が良いですねぇ」と男がにやけたのを見て、ここからさっさと帰ろうと決めた沈楽清は、「ご本尊だけ見たら帰りましょう」と陸承に囁いた。
周囲を一周ぐるりと歩いた時は、そこまで大きな建物だとは思えなかったが、中は迷路のような複雑な作りになっており、どこまでいっても本尊の部屋にたどり着く気配がない。
二人がいい加減嫌な気分になってきたところで、つきましたよと男が大きな扉の前に立った。
そのどこか見覚えのある紋様に、あれ?と違和感を覚えた沈楽清の隣で、陸承が「天帝・・・」とボソッと呟く。
梦幻宮の、天帝がいる間へと続く最奥の扉。
陸承の呟きに沈楽清も確かにと納得する。
その扉を見て、それまで少し物見遊山な気分でいた二人は気を引き締め直した。
ギギッと鈍い音を立てて扉が開く。
顔を見合わせた二人は、男に勧められるまま中へと一歩踏み出した。
奥に、人の半分程度の大きさの木像が見える。
「どうぞご本尊様にご挨拶ください。」
木像の近くまで近寄り、それを目にした沈楽清は、間抜けと言われそうなほどぽかんと大きく口を開けた。
「ひどっ・・・」
つい大声を出しそうになって、ばっと自分の口を押さえる。
「おおっ、すごい!奥様は見ただけで何かを感じられたようですね!きっと妖王様と相性が良いのでしょう。入信すれば子を授かること間違いなしですよ!」
男の言葉に、今すぐこの像を叩き壊したい衝動を必死で押さえた沈楽清が、ひどく強張った顔で男を見る。
「・・・これは?」
「もちろん妖王ですよ。」
沈楽清が持っていた扇子がビキッと嫌な音を立て、軸に一筋の亀裂が走った。
「これが、妖王・・・」
沈楽清とて、かの妖王のこの世のものとは思えない美しさは良く分かっているし、どれほど腕のいい意匠でも彼を表現することなんて出来るわけがないという事はよく理解している。
その上、彼は普段は仮面でその顔を隠しているため、世間の人々が彼の真の姿を知るわけがないことも。
(それでもどうして?!全くかすりのしない見た目なんだよ?!)
ヒキガエルがそのまま大きくなったような醜いご本尊に、わなわなと身体を震わせた沈楽清は、「これは一体だれが作ったんです?というかどうしてこんな見た目なんですか?!」と男を詰問した。
それまでずっと大人しく控えめで、常に夫の影に隠れていた沈楽清の豹変ぶりに気圧されつつ、男は「いや、教祖様が・・・その・・・」と視線を逸らせる。
「教祖様ですか・・・それはぜひとも会わせていただきたい。」
完全に目が座った沈楽清は、男の首につかみかからんばかりの勢いで彼に詰め寄る。
「お・・・おい・・・ちょっと・・・」
初対面の印象は最悪だったものの、それ以降は優しく穏やかな天清神仙しか知らない陸承が沈楽清の服の裾をそっと引っ張った。
妻という設定もあってか「どうした?落ち着け。」と陸承に後ろから抱きすくめられ、はたと我に返った沈楽清はその腕の中でようやく大人しくなる。
「・・・だって、他の場所で飾られた仙人像は美しいものばかりなのに、妖王というだけで、あんな・・・」
可哀想ですと口を尖らせた沈楽清に、特に妖王に何の思い入れもない陸承もまた「まぁな」と嘆息した。
かつて沈楽清を陥れようとしたことがある彼だが、洛寒軒の本当の姿は知らない。
しかし見目麗しい者が多い仙界の血を半分ひいている妖王が、まさかあのような醜い生き物な訳がないとは思っている。
「・・・というか、なんでこれを信仰しようと思えたんだ?こんな禍々しいものを。」
陸承がわずかに自分の力を解放し、その像へ向かって軽く手を振る。
バチン!
陸承に呼応するように本尊の目が赤く光り、陸承の攻撃からその身を防御した。
沈楽清達を敵だとみなしたのか黒い気が少しずつ辺りに流れ始める。
やはり妖族の仕業だったかと確信した沈楽清は、小さくしていた剣を袖口から取り出して元の大きさに戻すと同時にその本尊を叩き切った。
急にがらりと態度を変えて本尊を破壊した夫婦に、どうしていいか分からず遠巻きにおろおろする男の横で、妖王の像を叩き切ったことで溜飲を下げた沈楽清は「さぁ、教祖に会わせてください」と男の首に剣を突きつけてにっこりと微笑んだ。