「天清神仙。いい加減、素直にはいと言ったらどうなんだ?」
「お断りします!」
入り口を一顧だにすることなく、そっぽを向いた沈楽清は陸壮の提案を一刀両断する。
「そうか。では、また明日。」
窓がなく、明かり一つ入ってこない真っ暗な岩牢のドアが無情にもバタンと閉められる。
真っ暗な室内の中、沈楽清は簡易な寝台の上で膝を抱えると大きくため息をついた。
「毎日毎日、しつこいったら・・・」
もうこのやりとりをするのは何度目になるのだろう、と沈楽清はうんざりとした顔をする。
「なんで洛寒軒とのことを不問にする条件が自分の息子との結婚なんだよ。」
白秋陸派の陸貴。
陸壮の息子で、陸承の腹違いの弟にあたる人物だということは沈楽清も理解している。
しかし、実のところ、沈楽清は彼の顔が全く思い出せない。
それもそのはず、彼はごくごく稀にしか公の場に姿を現さない。
基本的に白秋陸派は陸壮が取り仕切っているので会議等にも他の人間が出てくることは無く、長男の陸承は自分の道侶になる予定だったため、彼は幼いころから天清沈派の人間として育っていて白秋陸派の人間として何かに出てくることはない。
以前はプライドがとても高く、自分が誰より出来る人間だと思い込んでいた陸承は、役立たずなのに宗主という肩書を持った沈楽清を毛嫌いしていたが、沈楽清が実際には非常に腕が立ち、リーダーシップも取れる人物だと知った時からその態度が激変した。
今では、若干下ネタ好きな単なる気の良い兄ちゃんと化している。
「よくわかんないけど・・・六年前から物語が変わった?」
恋人と兄の激重な過去やら宗主の決意やら洛寒軒との恋やらで、毎日てんやわんやしていたあの一か月は今考えると従姉が書く恋愛小説らしい話が続いていた。
しかし洛寒軒と別れて仙界に残り、梦幻宮で宗主として仕事をするようになってからは、陸承との友情や江陽明の成長など、なんというか毎日がまるで少年漫画。
洛寒軒とのやりとりも、実際は五年前に天清山の屋敷で会った時に身体を重ねて以降は、外で会っていたためかずっとプラトニックで来ており、青春物の恋愛ドラマのようだと沈楽清は思い返す。
岩牢に閉じ込められた最初の数日は、かつての兄達のようにここで誰かに乱暴される展開なのではないかとひやひやしておちおち眠れなかったが、実際にはそんなことが起こる気配もなく、ひたすら暗い場所に閉じ込められるだけで拷問や尋問すらない。
「とはいえ、お風呂はそろそろ入りたいなぁ・・・」
華南夏派の屋敷にある温泉は気持ちよかったな、また入りたいなと沈楽清は呑気に考えながら、そのまま寝台にごろんと転がった。
自分に今できることは体力温存しかない。
目を閉じた沈楽清の口から、しばらくするとすぅすぅと健やかな寝息が響き始めた。
天帝の間で、一人の幼い少年が玉座に向かって叫んだ。
沈楽清と同じ鳶色の髪を持つその子は、燃えるような目で足元しか見えない玉座をキッと睨みつけた。
「貴方が本当に天帝だと言うのなら、どうして私たちを助けてくれないんですか?!」
少年の発言に、周囲の人間が驚愕し、慌ててその口を塞ごうと彼を取り押さえた。
しかし、周囲の大人が自分の腕や足を掴んでその場に叩頭させようとしてもなお、その子は叫ぶのを辞めなかった。
「我が北領は、天清山の近隣は魔物が昔から出やすい地域です!その上、寒い季節が長くて日が少ないせいか農作物が満足に育たない土地が多く、人間は妖族だけではなくその天候や環境とも戦わなくてはならない。そんな彼らを守るために、どれほど私たちが苦心して頑張ったとしても、次々と現れる魔物相手に疲弊しております!今回、連日の戦いで疲れていた父が猿神に殺され、私が継ぐことになりましたが、私とていつまで持つか分かりません!貴方が天帝だというのなら、私たちに協力して、妖族退治でも天候を良くするでもしてくれればいいでしょう!そんなところに座って昼行燈を決め込むなんて卑怯です!」
いい加減にしないかとその少年を取り押さえながらも、周囲の人々の視線は徐々に少年に対して同情するものになっていった。
父を妖族に殺され、わずか15で宗主となったこの子は、お世辞にも出来がいいわけではなく、同世代の四家の子弟達の中でも落ちこぼれた存在だった。
特に氷の貴公子と呼ばれる白秋陸派の陸壮に比べると、容姿は悪くはないものの凡庸で、中身もいたって普通。
その上、人と遊ぶよりも本が好きで、大人しくていつもニコニコしているだけの優しいお坊ちゃま。
そんな評価を受けていた彼が、まさか天帝にこんな口を叩くとは。
そこまで追い詰められるほどに父の死が彼を狂わせたのだろうと周囲の人々は彼の不幸に同情した。
とはいえ、彼の言い分がどれほど正しくても、相手は天帝。
周囲にいた人たちは、彼も、また自分たちも天帝によってこの後どうされてしまうのかと肝を冷やした。
今彼が喧嘩を売ったのは、その声を届ける側仕えですら姿を見たことが無い、もう三百年以上も仙界に君臨し続ける神様である。
その存在を唯一その目で見ることが出来るのは、神に選ばれた彼の子を産む花嫁だけ。
全員が天帝の言動に注視する中、取り押さえられていた少年の身体が急にふわりと浮きあがる。
「なっ?!え?!」
驚いて悲鳴を上げたその身体は天帝の玉座へと引き寄せられ、あっという間に天帝の玉座がある幕の中へと吸い込まれた。
その場にいた全員が、これから何が起こるのだろうとごくりと唾を飲み込む。
幾重にもかけられた帳の奥から何かボソッと言う声が聞こえ、その声を聞いた側仕えが一つ頷いた。
「今日は解散。全員即刻この場から立ち去れ!」
吸い込まれた少年の処遇が気になりつつも、天帝に逆らうことなどできない仙人達は急いで我先にとその場から退散した。
「さて、お前。」
気がつくと幕へと引きずり込まれていた少年は、あっけにとられながら目の前の天帝を見つめた。
目の前にいたのは、自分とそう年の変わらない、この世のものとは思えない美貌の少年。
全身真っ白な漢服を着た少年は長い足を悠然と組んで、それはそれは尊大な態度で玉座に座っていた。
射干玉色の髪は足元まで伸び、黒曜石のような輝きを放つ黒い瞳は足元で転がる少年を値踏みするかのように見下ろしている。
人形のように整った顔には表情がなく、先ほどの声を聞かなければ人形が座っていると少年は思ってしまっただろう。
「もう一度言ってみろ。」
「は?」
「だから、さっきの言葉を直接私の前で言ってみろ。」
淡々と感情がみられないその冷たい声に、少年は思わず鳥肌が立った。
しかし、自身の父が、天清沈派の門弟たちが妖族に喰われて無残な姿になって戻ってきたのを思い出し、どうせいつか殺されるのならと勇気を振り絞る。
「私は!」
再び最後まで堂々と口上を述べた少年に、最初は無表情だった天帝がくっくっくと声をあげて笑い始めた。
「昼行燈・・・この三百年で初めて言われたな。」
よかろうとその場を立ち上がった天帝は、少年の腕を強引に掴むと、そのまま奥へと引きずって行った。
天帝の間の奥には、一つの小部屋があった。
寝台と小さな机と小さな窓しかないその簡素な部屋に、ここはまるで牢獄のようだと少年は思った。
この人は、こんな場所にたった一人で300年も生きていたのか、と思わず天帝に同情しかけてしまう。
そんな余計なことを考えている間に身体を寝台に押さえつけられた少年は、こんな場所に寝かせられて、一体今から何が起きるのかときょとんとした表情で天帝を見つめた。
「お前、名は?」
「天清沈派の・・・沈仁清、と申します。」
ふぅんとどうでも良さそうな声を出した天帝は、そのまま沈仁清の服を脱がしていく。
「はっ?えっ?!何を?!」
家族にだって曝したことが無い裸身を、どうして初対面の男に晒さないといけないのか。
沈仁清はこの場から逃れようと仙術を使おうとしたが、どれだけ呪を唱えても何故か全く何も起こらない。
そのうち北領出身者特有の真っ白い裸身に、天帝の舌や手がゆっくりと這い始め、その生まれて初めての経験にパニックになった沈仁清はとにかく刺激から逃れようと手足をバタバタと動かした。
「こら、暴れるな。」
「さっきから、これは一体何をしてるんですか?!手助けをしてくれと言ったら、なんでこんな?!これではまるで・・・」
「ああ、生贄だ。」
「生贄?!」
沈仁清の素っ頓狂な叫び声に、「願いを叶えるには対価が必要だろう?」と天帝はぱくりと沈仁清のものを口に含み、わざと音を立てて上下する。
「ひゃっ?!」
身体が同年代の子と比べて小さく、その上大人しく目立たない少年だった沈仁清は、周囲からも必要以上に小さい子ども扱いされており、それゆえに今まで身近に色恋の話などみじんもなく、また本人もまるで興味が無かった。
そのため、天帝が今、自分に何をしているのかさっぱり何も分からない。
ただ、天帝から絶えず与えられる刺激に、徐々に身体だけが反応し始める。
「あ・・・あ、んっ・・・やっ・・・ダメ!」
気持ちいいと感じた瞬間、頭が真っ白になって沈仁沈の身体が大きくビクンっと跳ねあがった。
「ふぅん。これはこんな味なのか。」
ごくりと口に含んだものを飲み干した天帝は、さんざん弄ばれて、息が上がって涙目になった沈仁清ににこりと笑いかけた。
「お前とお前の領土を救おう、仁清。その代わり今日からお前は私の物だ。お前は男だ。妊娠しないだろう?」
再び彼の身体のあちこちに快楽を与え始めた天帝の言葉に、その理性が崩れ始めた沈仁清は訳も分からないままこくりと小さく頷いた。
「なら、どれだけ抱いても大丈夫だな。昔から興味があったんだ。本の中に書いてあった、快楽とこれ以上ない幸福感というものに。私に付き合え、仁清。私が呼び出したら、すぐにここへ来い。その代わり、私はお前の望みを叶え続けてやる。」
獲物を狩るような好戦的な表情でにやりと笑った天帝は、絶え間なく与え続けられる刺激のせいで再びイってしまい、とうとうはぁはぁと荒い息だけしか出来なくなった沈仁清の唇に己の唇を重ねた。
初めて味わう他人の唇の柔らかさと温かさに、沈仁清が安心したのもつかの間、天帝は少年のような見た目の割に大きく、沈仁清の痴態でそそり立った自分自身を、沈仁清の秘部にあてがうと無遠慮に一気に貫いた。