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第87話

「・・・で、お前たちはここへ結婚報告をしに来たのか?」

「まさか!」

突然龍王窟に押し掛けた珍客を迎え入れた洛寒軒は、大きなため息をつきながら二人に茶を差し出した。

洛寒軒から指摘があるまで、しっかりと手を繋いでいた沈栄仁と夏炎輝は、顔を一瞬見合わせるとぱっとお互いの手を離し、顔の前で両手を振って否定する。

「その割に、ずいぶんと幸せそうな雰囲気じゃないか。」

約十年前にも二人がイチャイチャしているところを見た洛寒軒は、この二人は周囲が見えないのかと自分のことを棚に上げて若干呆れた顔になる。

洛寒軒の心の声が聞こえたのか、沈栄仁はごほんと大きく咳ばらいを一度すると、彼に夏炎輝を紹介し、夏炎輝にも洛寒軒を紹介した。

流石に仮面をつけたままでは失礼だと思ったのか洛寒軒はその仮面を外す。

初めて仮面を外した洛寒軒を見た夏炎輝は一瞬ぽかんと大きな口を開け、沈栄仁に対し「お前と同じくらい美人だな」と耳打ちした。

確かに自分の見た目に自信があるとは言え、洛寒軒の方が美しいことを良く分かっている沈栄仁は「もぅ・・・」と満更でもなさそうな表情で夏炎輝をつつく。

「用がないなら帰れ。」

沈楽清のことを話しに来たと言うので通してみれば、何をしに来たのかよく分からない二人に洛寒軒が苛ついた声を出す。

「す、すみません、寒軒。それで楽清ですけれど。」

「無事だとは思っている。いくら白秋陸派でも天帝を殺すことはないだろ。」

「・・・は?天帝?」

洛寒軒の衝撃的な一言に夏炎輝が間抜けな声を出す。

「あ、すみません。寒軒。まだその話は炎輝には・・・」

「ああ、そうなのか?」

「ええ、話す前に貴方にちゃんと断るべきだと思いまして。」

じゃあ了解が取れたので話しますねと可愛い新妻が話し出した内容は、昨日の夜聞いた話とは比べものにもならないほど重い物だった。


「・・・それで、前天帝の遺児がこの妖王で、新しい天帝が阿清だと・・・?」

「そうです。」

神妙な面持ちで話し終え、お茶を飲んで一息ついた沈栄仁の横で、疲れた顔になった夏炎輝は目の前の洛寒軒をじっと見つめた。

「なるほど・・・だから風桜蘭様に似ていたのか。」

「母をご存じで?」

「ああ・・・とはいえ、当時まだ幼かったから記憶は朧気だが。直接お会いしたことなど一度くらいしかなかったが、確かに絶世の美女という評判にふさわしいお方だった。」

前天帝の妻候補であり妖族と通じた罪で殺された風桜蘭は、春陽風派の一人娘だった。

しかし、生まれつき身体が特別弱かった彼女は、長くは生きられないという理由で天帝の妻候補となり、基本的にはその姿を外に現すことはなく、屋敷の中でひっそりと育てられた。

「天帝が唯一死ぬ方法は自身の子を残すこと。その相手に選ばれた生贄。父は彼女をそう呼んでいた。彼女に会ったのは風家に父と共にあいさつで訪れた時の一回きりだ。でも、なぜ桜蘭様はお前を生んだ後も生きていたんだ?」

「・・・半端者だったから、だろう。」

洛寒軒の冷たい声に、夏炎輝はああそうかと納得すると「すまない」と彼に謝罪する。

風桜蘭は約束通り、前天帝であり、地に落ちてから妖族の王となった洛一龍の妻になって、子どもを産んだ。

仙根と妖根半分ずつをもつ混血児、洛寒軒を。

「妖王の出生は理解したが、それでどうして阿清・・・まさか・・・」

「おそらくはそのまさかです。風金蘭様と父が謀ったのでしょう。犠牲になったのは、風家の分家の娘。楽清を産み落としたのと同時に亡くなりました。天帝を産む定めに従って。しかし、なぜその出生時点で父が真実を明かさず、むしろ陸壮殿の命令に従って自害したのかは不明です。」

淡々と答える沈栄仁に「胸糞が悪いな」と真っすぐな気性の夏炎輝は苦虫を嚙み潰したような顔をする。

産まれた瞬間に罪の子と謗られ、十八になるまで幽閉されてきた沈楽清。

混血児であったため三界から意味もなく嫌われ、また命を狙われた洛寒軒。

自分の出生やこの二人のことを一人で抱えることになったせいで、自身も過酷な経験をすることになってしまった沈栄仁。

夏炎輝は隣に座る沈栄仁の頭を自分へと引き寄せると、その頭を自分の肩に乗せる。

「お前達は、結局は親たちの因果で色々な目に遭わされただけじゃないか。罪のない子供たちが、ただ大人の都合で。私は、お前たちをそんな目に遭わせた奴らが許せない。」

「炎輝・・・」

夏炎輝の真っすぐさに沈栄仁はその目を細めると、すりっと肩に置かれた頭を甘えるようにこすりつけた。

洛寒軒もまた、夏炎輝の気性にクスリとその頬を緩ませる。

「なるほど、貴方は楽清に似ている。」

六年前、当時自分を一番恨んでいそうなこの当主は、そんな中でも一度も自分の根の葉もない噂話や口さがない悪口を言わなかった事を思い出し、洛寒軒はどうして沈栄仁が彼でなくてはいけないのかを理解した。

自分とよく似た沈栄仁は、自分と同じように明るい太陽のような存在を求めたのだ、と。

「ところで、今回の件だが。」

お茶をかるく啜って話し始めた洛寒軒に二人は耳を傾ける。

「白秋陸派以外に、もう一人いないか?」

「それは私も思っていました。陸壮殿はずっと楽清が天帝であることを知っている人物。だからこそ自分の子の妻にしてあの子を囲おうとした。しかし、私が死んであの子が宗主になったことで関係性が変わり、仕方なく宗主としてあの子を認めてその上でコントロールしようとしてきた。彼の望みは仙界を自分の手中に収めることでしょう。そんな彼が、こんな形で寒軒とあの子の関係をばらしたところでメリットはどこにもありません。楽清と寒軒の関係を知っていたなら、秘密裏に妖王を殺すよう画策するか、楽清を何らかの形で脅して強引に自身の子の嫁にするかしていたはず・・・自分が知らない場所で万が一にも誰かが楽清を殺してしまって、どこか預かり知らぬところで次期天帝が産まれたら一番困るのは彼でしょうしね。」

もう存在しない天帝を擁し、全員をだましていたことが露見すれば、さすがに白秋陸派とてただでは済まない。

「それに先日、私の首輪を外したのも白秋陸派の人間ではないでしょう。赤誠宮に他家のものが簡単にもぐりこめる訳がない。しかも私を監禁していた宗主の部屋にだなんて・・・」

首輪だの監禁だの良く分からないキーワードのオンパレードに、耳を疑った洛寒軒が何とも言えない表情をするも、とりあえず今は突っこむまいと口をつぐむ。

「そういえば寒軒。あなた、どうして五年前のあの日、仙界へ来たんですか?」

「五年前?」

「ええ。貴方のところの『藍月』。あれはこの子の仮の姿です。」

一時期とても目をかけていたのに突然死んでしまった門弟を思い出した夏炎輝は、目の前の青年をじっと見つめた。

しかし彼に藍月の面影は全くなく、その変化のうまさに感心する。

「あの時、本当に死んでいたのに・・・すごいな。」

「一時的に脈を止めて仮死状態にしただけだ。隣の男もよく使う手段だろう。」

さらっと言ってのけた洛寒軒に夏炎輝は苦笑すると、生きていてくれてよかったと微笑んだ。

そんな夏炎輝に罪悪感を抱いた洛寒軒は騙して申し訳なかったと一言謝る。

「あの時は・・・ある男から言われたんだ。俺と天清神仙のことを聞きまわっている男がいると。それで楽清に警告しようと思って。」

「なるほど。でも会ったらタガが・・・いえ、何でもありません。」

ゴホゴホとわざとらしく咳をして洛寒軒をからかおうとする沈栄仁に、洛寒軒はああそうだなと表情一つ変えずあっさり肯定する。

「可愛いあいつに会って抱かないなんて、そんなの無理に決まっているだろう。」

洛寒軒の言葉に力強く夏炎輝が頷き、二人は握手を交わす。

いきなり意気投合した二人に、がっつく男は嫌われますよ~と沈栄仁は白い目を向けた。

「私も楽清も、生身の身体だという事をお忘れなく。」

「それで、その男と言うのは・・・」

きわどくなってきた会話を修正しようと、夏炎輝が口を開いた時、大きな白い鳥が部屋の中へと入ってくる。

「比翼!?」

洛寒軒の言葉で、沈栄仁もまたその鳥を見て「え?この子が?」と呟いた。

「比翼は使う術者で姿が変わる・・・俺は鷹に、楽清も影響を受けてか鷹だったが・・・だからこれは楽清が送ってきたものじゃない。」

訝し気な顔をした沈栄仁に早口で説明しつつ、洛寒軒は急いで手紙を開いて目を通すと、そのままビリっと盛大に破り捨てた。

「あのジジイ!」

「は?」

「ジジイ?」

もともとあまり口が良くないとはいえ、『ジジイ』と洛寒軒が人を罵ったことに驚愕しつつ、沈栄仁と夏炎輝は彼のさすジジイ=陸壮だと思い込み、何が書いてあったか内容を話すよう促す。

「・・・沈楽清は自分が嫁にする。」

「はぁぁぁあ?!」

これ以上ないほどの大声を出した沈栄仁の声が龍王窟全体にこだまする。

「実子よりも若い子に手を出すと?っていうか、今あの人何歳ですか?!何人目の妻にするつもりで・・・天帝相手にそんなこと許されるとでも?!」

「ちょ・・・栄仁。落ち着け。」

「だって、炎輝!貴方だって、私が陸宗主に妻問いされてたらどう思います?!」

「・・・とりあえず、殺すかな・・・」

どこまでも不穏な年上二人に、苦笑した洛寒軒は違うと否定する。

立ち上がった洛寒軒は仮面をつけようとしたが、それを辞め、もう仮面は必要ないと剣の柄で叩き割った。

「素顔も素性ももう隠す必要はない。悪いが二人とも一緒に行って俺を手伝ってくれ。状況が変わった。あいつを助け・・・いや、全てから攫って、永遠に俺のものにする。天帝が去った後の仙界なんて知った事か。今までも不在でやってこれたんだろう?あいつを俺が手にして何が悪い。」

「・・・確かに。」

「協力します、寒軒。今後については、あの子を奪還してから考えましょう。」

洛寒軒のお願いに力強く頷いた沈栄仁と夏炎輝は、洛寒軒の背をポンっと叩くと連れ立って歩き出した。


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