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第92話

長い話になると断った風金蘭に三人は大丈夫ですとそれぞれ頷く。

「そもそも・・・どうして天帝が妖族になってしまったのかは私にも良く分からないの。娘が言うには、襲われた自分を助けるために人を殺してしまったら身体が変化した。そう話していたわ。」

「人を殺すと妖族に?」

その部分にひっかかった洛寒軒と夏炎輝は顔を見合わせた。

「なぜ、今まで楽清は無事だったんだ?」

「そうだ。場合によっては門弟を粛清しなくてはいけない。穏健派が多い天清沈派とはいえ、この六年一度も何もなかったとは・・・特に最初の頃は色々と風紀が乱れていただろう?」

「楽清が人を殺してはいけないという事は母から聞いていたので汚れ役は私が引き受けてきました。妖族であれば大丈夫と聞いていたので討伐には行かせましたが。」

「・・・栄仁殿。あなたはどこまでご存じなのですか?」

「母上が死ぬ間際に話したことは、既に天帝が亡くなっていて楽清が本当の天帝であることと誰にも知られず匿わなくてはいけない親子がいること、です。そして、私は仁清様の実の子ではないと最後に。」

沈英二が実子ではないという事は風金蘭も知らなかったらしく、そうだったんですねと驚いた表情を見せる。

「約三十年前、ある日突然天帝が姿を見せなくなり、それまで側仕えだった沈仁清殿から陸壮殿へとお役目の交代がありました。もともと仁清殿は少し前から体調を崩されていたので交代はそのためかと。その一年後、妖界で新しい王が誕生したという話が聞こえてきました。そんなある日、娘が消えたんです。」

天帝の花嫁になるはずだった風桜蘭は、ある日を境に部屋に閉じこもるようになり実の母親とも誰とも会わなくなった。

そんな彼女の姿が忽然と消え、そのあと風の噂で、妖界で妖王の妻になっているという話が出てきた。

「たとえそれが無理やりだとしても妖族と通じた者は死罪。唯一助かる道は相手を屠ること。なので、私は娘に手紙を送ったのです。比翼という天帝から頂いた宝器を使って。」

比翼の名にピクリと洛寒軒の耳が反応する。

「帰ってきた娘は既に大きなお腹をしていて・・・私はそんな彼女の姿が人目に触れないようここに閉じ込めました。そして、彼女から話を一度も聞くことなく妖王を呼び出した。」

あの日のことは、今でも目に焼き付いている。

『仙界では妖族と契ることは死罪。娘が死ぬか貴方が死ぬか選びなさい!』

そう迫った風金蘭は、妖王の制止する声も聞かずに薬で眠らせた娘の首に剣を突きつけた。

相手は妖族。

おそらく娘など見捨てるだろう。

あとは生まれる子次第ではその子も殺して、娘だけはこのままひっそり匿えばいい。

そう考えていた風金蘭は、まさか妖王が自刃するとは夢にも思わなかった。

「金蘭・・・仁清に『決して本意ではなかったが結果的に二つとも破ってしまった。すまなかった。』と伝えてくれ。」

その一言で、その話し方で、目の前の仮面をつけた人間が誰なのか悟った風金蘭が手を伸ばすも一足遅く、妖王・洛一龍はその命を落とした。

仮面を外したその顔はかつての少年王の姿ではなく大人の男のものだったが、それでも美しい容貌と漆黒の髪、そしていつも大切そうに首から下げていた首飾りで、風金蘭はそれが天帝だと悟った。

「半狂乱になった私の目の前に現れたのは陸壮殿でした。彼は当時から妖族と通じていた。娘の話を聞きつけて教えてくれたのも彼です。頭の良い彼は私がどんな行動をとるか計算済みだったのでしょう。そして偶然を装いここへやってきた。私を脅すために。しかし彼もまた妖王が前天帝だとは気がついておらず、その顔に驚愕していました。それでもあの男は言ったのです。大変なことをしましたね、天帝を殺すなんてと。それ以降・・・当家は白秋陸派に逆らえなくなりました。」

「卑怯な奴だな。」

吐き捨てた夏炎輝に風金蘭は「仕方ありません。殺してしまったのは事実なので。」と冷静に告げる。

「陸壮殿から最初に命じられたのは桜蘭とその子を殺す事でした。もしも桜蘭が産んだ子が生まれつき仙根を持つ子であれば、今何食わぬ顔して玉座についているものが偽物だとバレるからです。でも私はどうしても娘を殺せなかった。そうしているうちに生まれた孫は生まれつき仙根と妖根を持った子でした。」

天帝ではないとしても、妖族と通じた証であることが誰の目から見ても明らかな存在に風金蘭は頭を悩ませた。

「お母さま・・・二つお願いがあります。」

出産を終えたばかりの風桜蘭は、そんな母に二つのことをお願いした。

「一つはこの子の名をつけて欲しい。もう一つは、自分の顔を焼いて、人界へ追放して欲しいというものでした。」

「名前?」

「顔を焼く?!」

洛寒軒は名前に反応し、あとの二人は追放の方に反応する。

「・・・あなたは自分を洛寒軒と名乗っているようなので、もしかしたら私がつけた名は知らないかもしれませんね。母の桜蘭と父である一龍から一文字ずつをとり『桜雲』と名付けたのです。雲にしたのは龍だとすぐに出自が分かってしまいそうだったので、龍がその中に潜むと言われる雲という字を選びました。」

「・・・ありがとう。代わりに俺も貴女に伝えなければならない。母が死んだ日の事だ。」

母の最期を話した洛寒軒の目の前で、「話してくれてありがとう」と風金蘭は涙を流した。

「すべては俺のせいだ。母を死なせてしまった。本当にすまなかった。」

「いいえ・・・私も・・・あの子を逃がすときに、護身用とはいえあんな札を渡してしまったから・・・」

「顔を焼いたのはどうしてです?」

「・・・人界で生きていく術を得るときに、あの美貌があればたやすかったでしょう。でも、桜蘭は二度と他人のものになることを望まなかった。顔の傷の治療を終えた桜蘭が屋敷を出て行った直後、私は沈仁清殿の所へ行きました。天帝の死と彼の最期の言葉を伝えるために。」

その時の沈仁清は病のためか痩せて憔悴した様子ではあったものの相変わらず優しい人間だったと風金蘭は記憶している。

表向きには妖王に汚され、処刑されたと流布された娘のことを彼は心から悼み、自分を励ましてくれた。

「でも事実を話した途端、彼の態度が急変したのです。そう、まるで別人のように。」

天帝のことを伝えた時の彼の慟哭はいっそ異常なほどだった。

気が狂ったようになった彼は、やがて顔を上げると、見たこともないような冷たい笑顔でこう言ったのだ。

『復讐しましょう?』と。

「あれほど優しかった沈仁清様の言葉とは思えない内容に驚きましたが・・・私も、白秋陸派にこのまま好きにされるのはどうなのかと思い・・・だから、桜蘭の従妹だった子を私の跡継ぎにすると言ってこの家に招き入れたのち、彼女を事故で死んだように見せかけ、極秘裏に沈家の離れに・・・そして天清神仙が生まれた。」

「・・・あの離れは楽清ではなく、その人を閉じ込めるためのものだったんですね。彼女が妊娠するまで、もしくは誰か仙人同士の間で妊娠するまで・・・だから母はそんな彼女に同情して楽清を育てた・・・もしも彼女が妊娠しなければどうするつもりだったんですか?確かに当家でも楽清の母の事はその名も何も伝えられていません。何より・・・当時の事を知る者が何故か一人もいませんでしたし。」

「私も沈仁清様も彼女の事は最初から用が済めば葬るつもりでした。この件に関わった人物や当時の使用人がいないのも沈仁清様と私が・・・天清神仙を育てるために必要だった貴方のお母様を除いては。」

ずっと尊敬していた父の残酷な一面を知ってしまい、沈栄仁の身体がふらりと揺れる。

そんな沈栄仁を夏炎輝が抱きとめた。

「ただ、未だに分からないのは沈仁清様の復讐の意味です。てっきり天清神仙が生まれたと同時に白秋陸派を告発するものと私は考えていました。しかし、彼はそれをせず、むしろあの場所で死を選んだ。」

「あの場所?」

「先ほど貴方が演奏していたあの場所です。介錯は私がしました。」

風金蘭の言葉に三人は何とも言えないやるせない表情をした。


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