運ぶ途中で意識を取り戻したものの、ゼイゼイと肩で息をして苦しそうな呻き声を上げ続ける沈楽清を屋敷に連れて来た陸承は沈楽清の身体がひどく熱をもっていることに気がついた。
「毒薬・・・いや、媚薬?」
色事には詳しいだけあって、沈楽清の状態をきちんと把握した陸承は、家人たちに絶対に彼に近づかないよう忠告し、沈楽清を離れへ連れて行くとその身体を拭き清め始める。
「・・・本当は、お前を抱く予定の人間だったんだけどなぁ・・・」
拭かれている間、誰と間違えているのか艶っぽい声を出す沈楽清の艶姿に一瞬ぐらりと理性がよろめきつつも、向かいの屋敷に臨月の妻が待っていることを思い出した陸承は自分の頬をひっぱたきながら沈楽清の介助を続けた。
「ん・・・やぁ・・・桜・・・」
「そこは洛寒軒じゃないのか?!」
妖王の本名を知らない陸承は全く別人の名を沈楽清が呼んだと思い込んでツッコミを入れる。
「妖王とお前が実は出来てたってだけでもびっくりだったのに・・・」
あの日、煙で立ち込めた室内で一瞬だけ見えた仮面がない洛寒軒の素顔。
「あんなとんでもない美形だなんて聞いてないぞ。でも、だとすればなぜあのヒキガエルが妖王なんだ?お前があの像に怒った理由はよく分かったけどさ。」
好きな人を悪く言われたくないもんなと呟いた陸承の手を、ちょいっと沈楽清の手が掴む。
「陸・・・承・・・」
「ああ、目が覚めたか?」
「ここは・・・?」
「人界の私の家だ。仙界は大騒ぎになってるから。」
「どうして?」
「ん・・・ああ、父上の所へお前を連れて行かない理由か?簡単だ。私はお前の門弟だからな。それに、俺はお前と妖王が綺麗だと思ったんだ。」
「綺麗?」
「ああ、なんていうかさ。本当に愛し合ってるんだなって。例えば妖王がお前を利用して、仙界を乗っ取るために近づいたとかっていうなら話は別だけど、あの様子を見る限り、絶対そんなことはしなさそうだなって。あ、宗主を譲ってほしくて適当なことを言ってる訳じゃないからな。」
「・・・知ってます。ありがとう。」
陸承の言葉を素直に受け止めた沈楽清は苦しい息で江陽明とのやりとりの全てを彼に伝えた。
「仙界の薬じゃ効かない毒?分かった。奴の言葉が本当なのであれば、まだあと一日半ある。とりあえず今日は睡眠薬を飲ませていいか?」
薬を取り出した陸承にどうして?と沈楽清が問いかける。
「お前、媚薬で色気がすごいんだよ。身体もすぐ反応するしさ。だから本意でなくても襲われる、もしくは誰かを襲っちまう可能性があるわけ。分かる?」
それはとんでもないと大きく口を開いた沈楽清に、陸承は「いい子だ」と薬を流し込んだ。
「とりあえず明日になれば媚薬は抜けてるだろうから。一度試しに人界の強い解毒薬を用意するよ。それでだめならまた考えよう。じゃあ、しっかり休めよ。結界は張っておくからな。」
爽やかな笑顔を残して陸承がその場から去っていく。
扉が陸承の手でしっかりと閉じられたと同時に沈楽清は意識を失った。
「仁清!」
「天帝?!」
二度と会わないと宣言した翌日から、沈仁清はしばらく体調不良という名目で陸壮に側仕えの役目を代わってもらって天清山に引きこもっていた。
せっかくだから本でも読もうと、図書室として使用していた離れで一人ゆっくりと本を読んでいた沈仁清はいつの間にか転寝してしまい、気がついた時には目の前の人物に馬乗りになられていた。
その上いつの間にか両手を紐で縛られていて抵抗できなくないその身体を天帝は弄んでいく。
「も・・・しない、と・・・」
「私のことが泣くほど好きな癖に?」
「っ・・・そんな、ことは、もう・・・忘れ・・・んんっ!」
可愛くない、本当の事を言えと沈仁清を強引に攻める天帝は、それでも何も言ってくれない彼に業を煮やす。
「仁清・・・お前がたった一言言ってくれれば、私は・・・」
「・・・何を言えと?」
「風家の娘よりも私を選べ、と。」
とんでもない一言で、頭の中がぐらりと揺れた沈仁清は「はぁ?!」と素っ頓狂な声を上げる。
「ご自分が何を言っているか、お分かりですか?!私と生きる?どうやって?!あなたは天帝なのですよ?」
「・・・私はお前以外抱きたくない。だから譲位も撤回する。」
「撤回!?」
するっと天帝の指が身体を這い、沈仁清の身体がビクッとはねる。
そんな沈仁清の耳元で「可愛い」「愛しい」と天帝は何度も彼に繰り返した。
「三百年、こんなふうに誰かを想ったことなど無かった。」
「本気で・・・私と?だって、私・・・貴方を諦めるために、結婚・・・」
「もしお前が今の夫人を愛していて私などもう要らないと言うなら・・・いや、無理だ。諦めるくらいならこの場で今すぐお前を殺してやる。」
天帝は沈仁清の身体を容赦なく揺さぶりながら、その首にそっと手をかけた。
「最後に気持ち良くしてから逝かせてやる。」
「冗談でも変なことっ・・・言、わな・・・っ!?」
最初は冗談でやっていると思っていた沈仁清だったが、徐々に首が絞まり始め、彼が本気で実行するつもりだと悟った。
「・・・天帝・・・殺したらっ、二度と、こんなこと、出来、ませんよ・・・?」
果てると同時に殺されると確信し、沈仁清は何とか快楽に耐える。
「お前が私を望まないからだ。私をまた、あの部屋に一人置いて・・・前のあいつみたいに、お前も私を見捨てるんだ。そうなんだろう?」
「あいつ、とは・・・誰、です・・・?」
「お前には関係ない。もう百年以上も昔のことだ。」
執拗に自分を攻める天帝に、これ以上耐えられなくなった沈仁清は息も途切れ途切れに懇願する。
「助け、て・・・私を・・・貴方、のものに・・・死ぬまで、ずっと・・・」
「仁清!」
ようやく首から手を離した天帝は息も絶え絶えな彼の唇に己の唇を重ねた。
大きく一瞬痙攣し、腕の中でぐたりと身体を脱力させた沈仁清に「約束だ」と天帝は無邪気に笑う。
本当にどこまで身勝手なんだと思いつつも、すでに目の前の少年に対してどうしようもない愛情を感じていた沈仁清は彼の全てをまた許してしまった。
「誓いとして・・・貴方に、これを・・・」
「これは?」
「私が父から受け継いだ首飾りです。生涯を共にしたい愛しい相手に送れと。父は随分前に亡くなった母にこれを送っていました。だから今度は・・・」
首飾りを受け取った天帝は嬉しそうにその首にかけると「大事にする」と沈仁清を抱きしめた。
「・・・天帝・・・」
再び自分を抱こうとする天帝に、刺激から眉根をきつく寄せた沈仁清がその耳元で囁く。
「なんだ?」
「私、こうみえても醜い人間なのです・・・」
「どこが?ただ可愛いだけだろう?」
ニヤッと笑った天帝に、同じように笑い返した沈仁清は無理やり身体を起こすと天帝の身体に抱きつくとその耳元で囁いた。
「さっきみたいに私を誰かと比べたり、私以外の人と関係を持ったら、絶対に貴方を許さない。復讐してやる・・・」
かすれた声で脅し文句を言う沈仁清に思わず大笑いした天帝は「そんなに私が好きなのか?」と嬉しそうに彼に尋ねる。
腕の中で沈仁清が素直に頷いたのを見て、幸せそうに顔をほころばせた天帝は自分もまた彼の耳元へと囁いた。
「二つ誓ってやる。生涯お前以外を抱かない。そして、この仙界がどうなろうと私はお前が死ぬ時に一緒に死んでやる。来世もずっと一緒だ、仁清。」
沈楽清はふと目を開けると、初めて見る見慣れない天井を見つめた。
熱いなぁ。
夢の中の二人にそう感想を抱いた沈楽清は、本当にいつも熱いよなと二人の事をぼーっとした頭で振り返る。
「なんだよ・・・結局仲直りしてたのに、一体何がどうなって今の状況になってるんだよ?っていうか、なんで俺と寒軒生まれてんの?」
自分達は実は誰かの養子なのか?と出生すら疑い始めた沈楽清は、とりあえず水でも飲もうとわずかに身を起こそうとしてグラグラ揺れる頭を押さえた。
「どんだけ強い睡眠薬なんだよ・・・俺は猛獣か?」
何とか身体を起こし、こぼしながらも水を飲んだ沈楽清は、その場に再びごろんと横になる。
身体が熱い。
焼かれてるみたいに。
「ん?」
沈楽清は身体へ感じる熱さに強い違和感を覚え、再び無理やり身体を起こした。
媚薬の熱さは内側からであって、こんな外側からの肌への刺激ではなかった気がする。
外が熱いと感じた沈楽清は扉まで這って行き、まだ立てないと分かると、その身体全てを使って転がるようにして扉にぶつけ、そのまま外に転がり出た。
結界がかかっていたはずなのにどうして出られるんだ?と疑問に思った沈楽清が何とか動く首から上を、ぐいっと屋敷の方へ向ける。
「なん、だよ・・・これ・・・」
パチパチと目の前で火の粉が舞うのを見て、沈楽清は一瞬自分の身体の状態を忘れ、大声で叫んだ。
「陸承!」
屋敷へと手を伸ばした沈楽清の目の前で、屋敷からさらに大きな火柱が二つ上がった。