「寒軒は行ったのか?」
「ええ。」
沈楽清を探しに行くと比翼と共に出て行った洛寒軒を見送った沈栄仁は自分を後ろから抱きしめた男に向き直ると自分から彼にぎゅっと抱きついた。
「栄仁?」
「ごめんなさい、炎輝。こんなことをしている場合ではないと思うんですけど・・・先ほどの話を多少は知ってはいましたけど、知れば知るほど醜悪すぎて・・・」
身体を震わせた沈栄仁の身体を強く抱きしめた夏炎輝は彼の頭を何度も優しく撫でた。
「私っ・・・なんのために・・・今まで・・・あんな目に遭いながら、何を守って・・・」
「うん。頑張った・・・頑張ったな、栄仁。」
「仙界なんて・・・本当にっ・・・」
消えてしまえばいいと腕の中で身体を震わせる沈栄仁にその背中をさすりながら夏炎輝は「なぁ」と囁いた。
「お前が阿清をどんな目に遭っても何度も守ったのは天帝だからなのか?違うだろ?」
夏炎輝の腕の中、沈栄仁が小さく頷く。
「お前は阿清と洛寒軒を守りたかった。自分の大切な弟たちを。仙界のためではなくて、自分のために。」
「でも・・・そのせいで私は、ずっとあなたを犠牲に・・・」
「犠牲になってないぞ、栄仁。というより、私だけはどんな扱いをしてもいい。人に気を遣いすぎるお前が私にだけは我儘なのは、それはそれで優越感だ。」
とんでもないことを言う夏炎輝にようやくクスっと笑った沈栄仁は「監禁したくせに」とからかう。
「ああ、お前に狂っているからな。だからこそ思うんだが・・・沈仁清殿は本当に狂ってしまったんじゃないか?自分が愛した人が死んだと聞かされて。」
夏炎輝の推論に沈栄仁がありえないと目を見開く。
「天帝と父がそういう関係だったと?あの真面目な父が?」
「真面目に一途に愛してきた相手がいきなり死んだと聞かされたんだ。しかも知らない間に妻と子どもまでいる。もしも、私が同じことをされたらどうするだろうかって・・・そしたら、考えられるのは一つしかなくてな。」
「・・・どうするんです?」
「万が一にもお前が生きている可能性があるなら地の果てまでお前を追いかけて見つけて私の物にする。でも確実に死んでいるなら・・・同じように子を作って、お前の子に添わせたい。自分の身代わりに。」
表情一つ変えずに次々と爆弾発言を落とす夏炎輝の腕を、唖然とした沈栄仁は引っ張っていくと寝室へと誘い込む。
どさりと夏炎輝の身体を寝台に押し倒した沈栄仁は馬乗りになるとその頬を撫でた。
「貴方をまともで居させるためにも、私は一生あなたのそばにいないといけませんね、炎輝。」
「ああ、よろしく頼む。」
「・・・少しくらい否定してくださいよ。とりあえず一度寝ましょうか。寝れる時に寝ておかないと。」
「そうだな。」
目を閉じた夏炎輝に甘えるように沈栄仁はその胸にすぽっと納まった。
そんな沈栄仁に腕まくらをした夏炎輝は彼の身体を抱きしめながら「おやすみ」と優しく額に口づけを落とす。
沈栄仁はこの瞬間が一番好きだなと思った。
「炎輝・・・そういえばね。少し笑い話なんですけど・・・」
「なんだ?」
「私、ずっともう一人の黒幕は風宗主だと思っていたんです。」
話し合いが終わった後、風金蘭を捕まえてこっそりと今回の一件を問い詰めた沈栄仁に対し、彼女は知らないとその目を見て真っすぐに答えた。
それを見て、沈栄仁は自分の推論がまちがっていたと確信したと苦笑する。
「・・・なぜ?」
「私、寒軒、楽清の関係者で仙界の人間。どこの家にも自由に出入りできる人物。宗教なんて興す実行力や資金力もある。そんな人間、自ずと限られるじゃありませんか。ああ、でもそうですね・・・寒軒のことは本気で知らなかったみたいでしたね。やっぱり私は外れ・・・」
「栄仁。」
ぐるりと身体が反転させられ、寝台に投げ出された沈栄仁は、そのまま強引に自分の中へと入ってこようとする夏炎輝を少し呆れたような目で見つめる。
「・・・寝るんじゃなかったんですか?」
「まだ寝ないんだろう?」
夏炎輝の変わり身についていけず、まぁいいかとされるがままになった沈栄仁は、全てが終わった後に目を座らせたままにっこりと彼に口元だけで微笑んだ。
「栄仁・・・お前は本当に美人だが、その表情は苦手だ。」
「炎輝。あなた、本当に変わりませんね。昔から都合が悪いことがあると強引に私の気を反らそうとする。昔はよく口に食べ物をつっこまれましたよね。口づけをかわす様になってからは唇が腫れるくらいしましたっけ?とにかく私が黙るまで・・・全部覚えてますよ?」
沈栄仁の指摘に決まり悪そうに目線を反らした夏炎輝に「でも今日は逃がしませんよ?」と沈栄仁が彼の上に跨る。
「え、栄仁・・・?」
「ねぇ、炎輝。前から一度貴方側をやってみたいって思ってたんですけど・・・付き合ってくれます?」
沈栄仁の手がするりといつも彼が夏炎輝を受け入れる場所へと伸ばされる。
「む、無理だ!やめてくれ、栄仁!!」
「じゃあ、話してください。全部。」
話さなければと分かってますよねとばかりにその部分に手を置きっぱなしにする沈栄仁に、夏炎輝は仕方がないと大きくため息をつく。
「栄仁・・・辛いかもしれないが、前妖王をお前たちが殺した日、何が起こっていたか詳しく話してもらってもいいか?」
「は?いいですけど?」
沈栄仁の話を黙って最後まで聞いていた夏炎輝は聞き終わるとすぐに沈栄仁の前でその手を広げる。
「私は平気ですよ?」
「いいから。」
口では強がっていても、自分の上にその震える身体を横たえた沈栄仁の頭を夏炎輝はぽんぽんと優しく叩きつつ「実は、自分が聞いていた話は違う」と彼に教えた。
「違う?」
「お前は掴まった蒼摩を助けることなく洛寒軒を呼びに行ってしまったと聞いていた。当時はそれを疑いつつも、妖王討伐が第一の責務だったお前がそのような行動を取っていても仕方がないと思った。一緒に掴まって殺されたら意味がないしな。何より仙界側の人間だと気づかれないためにもそうしたのだと。その後、あの子がどんな目に遭ったかはあの子は話さなかったが、当時のあの怯えようとうなされようで大体の想像はついた。」
かつて救い出した直後の夏蒼摩の姿を思い出した沈栄仁は夏炎輝にごめんなさいと謝罪する。
「・・・さっきも言ったように、蒼摩様には自分たちが口封じは全てしたし、証拠も何も残っていないのだから全てを忘れて生きていけばいいとお伝えしたのですが・・・玄肖として戻ってきた後、彼のおかれている立場を聞いて、ずっと申し訳なく思っていました。」
「いや、あの件を責めるなら蒼摩を攫った人間だろう?お前も同じように過酷な目に遭っていたんだ。どうやって助けられたというんだ?」
夏炎輝の優しい言葉に救われた沈栄仁は彼の腕の中でその胸に自分の頬をすり寄せる。
「栄仁・・・玄肖が沈栄仁であると証拠をくれたのは蒼摩だったんだ。今から数か月前、玄冬宮で偶然お前の胸元に「双飛」があるのが見えたと。そして変化の術。証拠はモノクルの宝石だと私に告げてきた。今考えてみれば、あいつはどうやってお前の屋敷に潜り込んだんだ?そこに今回の江陽明の件が重なった・・・だから彼ら二人が内通者だったとみるのが正しいだろう。」
沈栄仁の脳裏に、仙界に戻ってきて玄肖となってからも悪評ある自分に普通の態度で接して来てくれた夏蒼摩と懸命に慕ってくれた江陽明の笑顔が浮かんで消えた。