燃えた屋敷の中からたくさんの悲鳴が聞こえる。
救助に行こうと沈楽清は身体を動かすも、身体に力が全く入らなかった。
それでも何とか這いずって行こうとした沈楽清の目の前で、ガラガラと屋敷が大きな音を立てて崩れ落ちる。
「陸承っ!」
一瞬で中から全ての悲鳴が消え、人の気配が無くなったことに沈楽清は顔色を失う。
「陸承っ!!」
彼は一体何をしているのだろうかと嫌な予感がした沈楽清は大きな声で彼の名を何度も繰り返し叫んだ。
「陸承!!」
延焼を続ける屋敷に向かってずるずると身体を引きづっていった沈楽清の頭上から、急に水滴がぽたぽたと落ちてきて、沈楽清は良かった、恵みの雨だと空を仰いだ。
しかし沈楽清が顔を上げるのを待っていたように、バシャっと大量の水分が降ってきて、沈楽清は思わずその目を閉じる。
さびた鉄の、嫌な臭いが鼻をついた。
目を開けた沈楽清は自身の白い着物の袖が真っ赤に染まっていることに気がつき、震える手で自分の頬に触れる。
その手にべっとりと血がついているのを見た沈楽清は悲鳴を上げると、何が起こっているのか理解できないまま再び上を見上げた。
「誰だ?!」
叫んだ沈楽清に応えるように、目の前に何か丸いものが重力に逆らうようにゆっくりと降ってくる。
咄嗟に手を伸ばして受け止めた沈楽清は、その手に乗ったものを見て大きな悲鳴を上げた。
「り・・・陸承!陸承!!」
沈楽清の視界が涙でぼやけ始め、その手の中にあるはずの彼の首が見えなくなっていく。
「どうして?!」
あまりのショックで涙が止まらない沈楽清は声を詰まらせながらこれ以上声が出ないと思うほどの大声で叫んだ。
「誰だ!?こんなことをしたのは!!一体どうしてこんなことを?!」
「邪魔だったから。」
目の前に現れたそれはまさに黒い影だった。
頭から足のつま先まで全身を黒衣で包み、黒い仮面をつけている。
「・・・誰だ?」
「分からないのか?」
今まで見たこともない男に沈楽清はぐっと唇を噛むと彼に向かって吠えた。
「お前など知るか!!どうしてこんなことをしたんだ?!」
怒りのあまり、ゆらりと沈楽清の身体から金の光が立ち昇り始める。
毒に侵されて動けなくなっていたはずの体が動き、沈楽清は陸承の首を横に置くとすっとその場に立ち上がった。
神気に包まれた沈楽清は無感情な瞳で黒衣の男を見つめる。
黒衣の男がその沈楽清の異様な様子に恐れを抱き、逃げるため身を翻そうとした瞬間、沈楽清はその男の真横にすっと腕を軽く振った。
その軽い動きで、それまでそこにあったはずの離れが全て跡形もなく消え去る。
「あなたは誰ですか?」
一音一音はっきりと口にしながら沈楽清がゆっくりと問いかける。
しかし、その問いに答えず早くこの場から逃げようとする男に、沈楽清は彼自身に向けて手を伸ばした。
「死んでください。」
「楽清!!」
激しい怒りに任せて相手を殺そうとした沈楽清の身体が後ろから強く抱きすくめられ、沈楽清はその声と香りで誰なのかに気がつく。
「桜、雲・・・」
「楽清!お前は誰も殺すな!」
洛寒軒の懇願するような声を耳元で聞いた沈楽清の身体から神気が消えうせ、その身体が一気に鉛のように重くなった。
それ以上耐えられず、沈楽清はそのまま洛寒軒の腕の中で意識を失った。
『天清神仙』
最初はすごいイケメンなのに、なんて嫌な奴なんだろうと思った。
『・・・なんだ、お前強いんじゃないか。早く言えよ、ケチだな。』
宗主になって三回目の討伐。
思わぬ以上の強敵に、みんなを守らなくてはといつもは押さえている力を解放して戦った沈楽清に彼は初めて笑顔を見せてくれた。
『ああ、私は父上の一夜の遊びで出来た子なんだ。それで頭もよくないから父上にあまり好かれてない。だからお前の伴侶にってここへ送られたんだよ。愛息子の陸貴と違っていらない子だったからさ。』
白秋陸派の出身なのに、ざっくばらんな話し方をする陸承へ思わず突っこんだ沈楽清に彼は自分の出自をあっけらかんと話してくれた。
『だからさ・・・温かい家族に憧れるんだ。私は自分の子どもをあんな育て方はしない。思いきり愛情をかけて育てるんだ。ああ、そうだ。次の子はお前が名前をつけてくれよ、宗主。』