「陸承っ!!!」
陸承の夢を見て、泣きながら沈楽清は目を覚ました。
「楽清・・・」
「・・・桜雲・・・」
自分の手を握る温かい感触に沈楽清はそのまま涙を流す。
「陸承が・・・」
「ああ。」
寝台の上で嘆く沈楽清の上に洛寒軒は覆いかぶさるとその身体をきつく抱きしめた。
そのまましばらく彼の腕の中で泣き続けた沈楽清は、やがて少しずつ落ち着き始め、周囲をじっと見まわす。
見たこともない岩の天井。
ここはどこ?と沈楽清は洛寒軒越しに部屋の中を見た。
机、本棚、この寝台。
全てが石で出来たこの部屋に沈楽清はなんだか面白い場所だねと声を出す。
「気に入ったか?」
「うん。寝台にはちゃんと布団があっていいね。ふかふか。」
ようやく少し笑った沈楽清に洛寒軒は「ようこそ、龍王窟へ」と歓迎の言葉を伝える。
「・・・どうして、俺、苦しくなんだろう?」
毒を飲んだはずなのにと話す沈楽清にもう解毒したと洛寒軒が伝えた。
「毒も、媚薬も、睡眠薬も一度無効化した。」
「ありがとう。でも桜雲・・・どうして、さっきは俺を止めたの?」
「どうしてって・・・」
「陸承が・・・俺、目の前にいたのに何も出来ずに・・・」
沈楽清は自分の顔をバシバシと叩き始める。
洛寒軒はそんな沈楽清を押さえるように強く抱きしめた。
「落ち着くんだ!今はとにかく体力が落ちてる!一度休め。そうしないなら強制的に寝かせるぞ!」
洛寒軒のいう事は最もだと頭では受け止めつつも、自分の中の黒い感情を持て余した沈楽清は自分を抱きしめる洛寒軒の身体をそっと押しやると自分から腰ひもを解き、彼の前にその肌を曝す。
「・・・楽清、やめろ。今はとにかく休むんだ。」
「ねぇ、双修は早く回復するんでしょ?」
「抱いて」と洛寒軒の唇を塞いだ沈楽清は洛寒軒を逃さないよう彼に抱きつき、敏感な部分をその手で擦る。
「っ!」
洛寒軒の理性を崩す様に、沈楽清はその耳元で吐息交じりに懇願した。
「このままじゃ寝れない・・・辛くて、悔しくて、もうどうしていいか分かんない。薬で何度寝ても同じだ・・・桜雲、めちゃくちゃにして。俺が意識を失うまで。」
「・・・楽清は?」
「ようやく寝てくれた。」
ぐったりとした様子の洛寒軒と寝台で寝ている沈楽清の首筋に見えるいくつもの痕をちらりと見た沈栄仁は「お疲れ様でした」と肩を落とす洛寒軒を労った。
「・・・欲望のままに酷いことをしただけだ。ずっとこいつは腕の中で泣いてた。」
「楽清が望んだんでしょう?気にしないで。目を覚ましたら、いつものこの子に戻っていますよ。」
拒み切れなかったことに自己嫌悪に陥っている洛寒軒の肩をぽんぽんと叩いた沈栄仁は彼がそれだと示した箱の中身を確認する。
「それをどうする気だ?」
「私が陸宗主に届けます。あの人は今回の件を楽清がやったと思い込んでいる。いえ、思い込まされてしまった。仙界は今、この子と江陽明、私と炎輝、そして貴方を生死不明で身柄を拘束するよう動いています。」
「俺までとは用意周到だな。」
「貴方が誰かを陸壮殿は気づいてしまったんでしょう。貴方はとても強い。でも、多勢に無勢。楽清が戦えるなら話は別ですが、以前も言いましたが、神仙のこの子は仙界以外では一日経つとその神力を失う。単なる人間のこの子を守りながらではさすがの貴方も厳しいかと。炎輝だって・・・口では私と生きていくと言っていますが、大切な弟を刺客として差し向けられたらどこまで抵抗できるかどうか。」
沈栄仁の言葉で、そういえばもう仮面をつけるのをやめていたなと洛寒軒は思い出す。
「黒幕は夏蒼摩様と江陽明です。」
「どうしてそいつらが楽清を?」
「・・・わかりません。でも、二人は手を組み、楽清と私と貴方をどうやら狙っているようです。蒼摩様が私たちを憎んでいるのはさしずめ自分を救ってくれなかったからでしょう。しかし、どうして楽清まで恨んでいるのかは検討もつきません。」
沈栄仁は寝台で眠る沈楽清に近づき、その涙の跡が残る頬をそっと拭うと洛寒軒に静かに微笑んだ。
「寒軒、お願いです。この子をここで守ってくれませんか?あとは、私と炎輝がどうにかします。でもごめんなさい。江陽明と蒼摩様のことは貴方に押し付けることになりますが。」
「藍鬼!それについては前も言ったが・・・」
「・・・私ね。ずっと三界の平和とか、いろいろ言っていましたけど・・・この前炎輝に言われたんです。私は楽清と寒軒を守りたいだけだろ?って。そう言われてみれば、そうかもなって思えて。」
「藍鬼!」
「大丈夫です、寒軒。私には炎輝がいます。最期まで。」
洛寒軒が制止する声も聞かず、箱を持った沈栄仁はそのまま龍王窟の外へと出て行った。
「お前があんな真似をしなければ!」
遠くで洛寒軒の怒声が聞こえる。
「悪かったって。本当に計算外だったんだよ。」
誰かの声。
何かを殴る音。
壊れる音。
「手伝うのは俺への罪滅ぼしなんだろう?・・・行け。次は無い。」
聞いたことが無いほど冷たい声を出す洛寒軒の声を遠くに聞きながら、沈楽清はその目を開けた。
「うっ・・・」
「楽清!」
身体が酷く痛んで、沈楽清は小さなうめき声をあげる。
しかし薬を飲ませようとした洛寒軒の手を沈楽清は止めた。
「いい・・・覚えておきたいから。このままで。ところで今まで誰かいたの?」
「いない。夢じゃないのか。何か飲むか?」
「ううん、桜雲。代わりにぎゅってして。」
苦い顔をしながらも沈楽清に請われるまま身体を重ねてくれた洛寒軒に沈楽清は抱きつく。
「寒軒・・・ごめん。」
「・・・それは、俺の台詞だろう?どれほどお前を・・・」
「いいの。俺が望んだから。」
自分を見る沈楽清の目がしっかり己の姿を捕えていることに安堵し、洛寒軒はその頭を撫でる。
「少し落ち着いたみたいだな。」
「・・・うん。本当にごめん。ありがとう。」
沈楽清が落ち着いているのが分かった洛寒軒は、その姿勢のまま「お前に話がある」と切り出した。
「俺が天帝・・・」
隣で寝ころぶ洛寒軒から仙界の過去について聞かされた沈楽清はぽかんと口を開けたまま彼を見つめた。
「ああ。」
沈楽清の様子を見て、もしも天帝であることを彼が受け止められないようなら、洛寒軒はこの先の話はもう彼にはしないつもりだった。
「・・・じゃあ、あの夢は全て実話だったのかな?」
沈楽清の思ってもみなかった反応に「夢?」と聞き返した洛寒軒はそれがどんな内容かを問う。
「最初に見たのは、初めて梦幻宮に行ったときだったんだけど・・・」
ぽつりぽつりと沈楽清は今まで見た夢の内容を彼に話し始めた。
天帝と沈仁清の出会い。
それからの二人の十年。
「天帝は譲位を辞めると最後に言っていた。『沈楽清』の父である沈仁清と生きるために。それなのに、なぜ妖王になったんだろう?桜雲のお母さんを助けて天帝じゃいられなくなったっていうのは分かった。でも、あの二人の感じだと、たとえ天帝で無くなったとしても一緒にいることを選びそうだったのに。なのにどうして沈仁清のところに行かず、妖界へ降りてきてしまったんだろう?」
「・・・愛しているからこそ行けなかったんじゃないか?全てを捨てて、裸一貫の自分のところへ来いとは言えなかったんだろうな。」
「桜雲は、何があっても俺を連れて行ってね。俺、どんな風でも平気だから。」
微笑んだ沈楽清に「分かった」と承知した洛寒軒はその頭を撫でる。
「すごい最低だと思ったけど俺が生まれた経緯も分かった。でも寒軒は?」
「・・・それに関しては、実は別の奴から話を聞いている。ただ悪い。今は話したくない。いつか話せる時が来たら話す。」
じゃあ聞かないと言う沈楽清に悪いなと謝りつつ、洛寒軒は「それで」と彼に切り出した。
「お前はこれからどうしたい?」
「・・・なんでそんなこと聞くの?」
「今までは、お前は天清沈派の宗主を人に譲る程度で話を考えてきた。でもそれすら陸承、江陽明の二人がいなくなって難しいかもしれないのに、そのうえ本来は自分が天帝だと知った。仙界の神様。永遠を生きる存在。」
「関係ない。俺はお前と生きる。」
何の迷いもなくきっぱりと沈楽清は洛寒軒の顔を見て告げる。
「だから、最後に一仕事だけしてこなきゃ。そこからはお前と永遠に生きるよ。」
沈楽清は自分の目の前にある洛寒軒の頬を両手で包み込むと、「ああ」と微笑んだ彼の唇に誓いのキスをした。