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第97話

「なんか・・・すごい騒ぎだね。」

各家の門弟が梦幻宮を中心に大騒ぎしながら駆けずりまわる様子を沈楽清と洛寒軒は梦幻宮の屋根の上から見下ろしていた。

「俺には陸壮のところへ行くと藍鬼は言っていたが・・・やはりそれでは問題は解決しなかったようだな。もしくはいまだに行っていないのか?」

「もしも二人が捕まっていたら、もう少し落ち着いているはずだもの。きっとまだ二人は無事なんだよ!それにしても桜雲。妖界を放ってきてしまって良かったの?これは仙界の問題だし、俺一人でも・・・」

「大丈夫だ。手は打ってる。今はこちらに集中しよう。」

洛寒軒の頼もしい言葉に沈楽清は分かったと返事をし、とりあえず夏炎輝と沈栄仁を探し出そうと比翼を飛ばす。

比翼がパタパタと東へ飛んでいくのを見て、沈楽清は誰が彼らを匿ってくれているか確信した。

「良かった。風宗主のところなら大丈夫だね!」

「楽清、あの・・・」

「あ、ほら着いたよ。行こう!」

何か洛寒軒が言いかけたのを遮り、蒼霊宮へと降り立った沈楽清と洛寒軒は比翼を追いかけてあの東屋へとたどり着いた。

「栄兄!炎輝兄様!」

人の気配を感じて中へと駆けこんだ沈楽清は、寝台の前で祈りを捧げる風金蘭と寝台の上で横たわる二人を見つけた。

寝台の前には簡易な祭壇。

部屋には線香が焚きしめられている。

「天清神仙・・・」

「・・・風宗主?二人はどうして寝ているの?」

風金蘭が首を横に二回振り、それを見て沈楽清はがくんとその場に膝をついた。

「白秋陸派へ陸承殿の首を持っていったお二人と江陽明は、今回のことを起こしたのは自分達だと陸壮殿にお話ししました。今の仙界を正すために謀反を起こそうとずっと計画していた。それを陸承殿に知られてしまったので殺した。自分たちを止めようとした天清神仙はある場所に隠したが彼や妖界は今回の事に何も関与していないと。そして江陽明殿が陸壮殿に切り殺される間に、お二人は止める間もなく自害のための毒を・・・」

「毒?!それなら解毒薬でも術でも助けられたはず!」

「いいえ・・・何も効かなかったのです・・・あまりの猛毒で第三者がお二人の身体を触った時には既に・・・死んでからもお二人の遺体を辱めようと陸壮殿がなさったので、なんとか取りなしてここへ運びました。先に切り殺された江陽明殿には申し訳ありませんでしたが、彼らは今までの功績も考えて、せめて綺麗なままで葬って差し上げるべきだと。」

「・・・そんな・・・」

足に力が入らず這いずるような形で祭壇へと近づいた沈楽清は、風金蘭が止めるのも聞かず、強くその身体をゆすった。

「栄兄!炎輝兄様!!」

何度も二人の身体に術をかけたり、解毒剤を口に含ませたりするも彼らの身体は何も反応しなかった。

「おやめください、天清神仙。お二人はもう・・・」

「嫌だ!信じない!!」

「楽清。やめろ。」

泣きながら彼らに縋りつく沈楽清の身体を抱きしめた洛寒軒は「大丈夫だ」とその耳元で囁く。

「少し下がっていてくれ。」

「・・・桜雲・・・?」

沈楽清の身体を後ろに下がらせた洛寒軒は、妖気をその手に集めると、それを沈栄仁の身体に一気に流し込む。

「妖王?!一体、何をなさっているんです?!そんな攻撃を死体に加えるなんて!!」

遺体損壊でもするつもりかと焦った風金蘭が剣を抜き、洛寒軒に切りかかろうとする。

しかし沈楽清が剣を受け、洛寒軒に彼女が迫るのを押しとどめた。

「天清神仙!」

「風宗主!妖王は考えなしに動く男ではありません。」

見ていてくださいと頭を下げた沈楽清に風金蘭は刀を収める。

その間にも自分の妖気を夏炎輝にも流し込んだ洛寒軒は「見ろ」と二人を促した。

「嘘・・・どうして・・・?」

それまで蒼白だった二人の頬に赤みが差しているのに気がついた風金蘭は大きく目を見開く。

「栄兄!炎輝兄様!!」

居ても立っても居られず沈楽清が二人に向かって大声で名前を呼ぶと、ふっと二人が目を開けた。

「・・・楽清・・・」

「・・・本当に成功したんだな・・・」

自分の身体が動くか確認した二人はゆっくりと寝台の上に身体を起こす。

「栄兄!」

自分に抱きついて泣く沈楽清を抱き留めた沈栄仁は、彼を慰めるようにその頭を何度も撫でた。

「心配をかけてごめんなさい、楽清。」

「風宗主。貴女がいれば大丈夫だと思ってはいたが本当にありがとう。身体を切り刻まれたら終わりだった。」

頭を下げる夏炎輝に訳が分からないまま風金蘭は彼の言葉に頷く。

「まぁでも、それはそれで阻んでくれたんでしょう?寒軒。」

「そうだな。本当にありがとう、寒軒。おかげで命拾いした。」

二人の言葉に沈楽清は「仕組んでたの?!」と思わず洛寒軒につかみかかる。

「違う・・・いや、そうじゃないか・・・助けろと命じた。でも作戦など詳細な動きは俺じゃない。」

「え?じゃあ、どうして毒の治し方を知ってるの?!」

「この毒は妖界のものだからだ。」

「・・・この毒を作ったのは、桜雲?」

「違う。俺は毒には精通してない。」

珍しく口ごもったままそれ以上話そうとしない洛寒軒の袖を沈楽清が引っ張る。

「教えて、桜雲。最近、何か秘密にしようとすることが多いよね?いい加減話してくれないとさすがに不信感がつのってしまう。」

それでもお前を愛しているけどさと視線を落とした沈楽清と複雑そうな顔でこちらを見つめる風金蘭を交互に見た洛寒軒はふぅっと大きく息をつく。

「・・・おそらく、お前たちにとって、この上なく面白くない話だ。」

「それでもいいよ?何?」

「分かった。」

目の前の沈楽清の身体をくるりと反転させた洛寒軒その身体を後ろからぎゅっと抱きすくめる。

「桜雲!人前で・・・」と慌てる沈楽清を、それでも彼を押さえつけるように腕の中に閉じ込めた洛寒軒は壁に向かって「朱羅」と声をかけた。

「はいは~い」

緊迫した空気を壊すような呑気な声が部屋に響き渡り、沈楽清の目が大きく見開かれる。

「その声、陽明?!死んだんじゃなかったのか?!」

「おお怖っ。ちょっとちゃんとその人押さえといてくださいよ、妖王!出て行って吹き飛ばされるとかごめんですからね!」

「大丈夫だ。それはさせないから出てこい。」

ゆらっと壁が揺らめき、一人の男がその場に出現する。

しかしその姿に洛寒軒以外の人間が思わず息を呑んだ。

声は江陽明のものなのに、よく知っている彼とは似ても似つかないその姿。

後ろで一つに縛られた長い銀の髪。

ややきつい三白眼の赤い瞳。

「・・・狐?」

「おや、天清神仙すごいね。そうそう。半分正解。」

「その髪に毒、いえ薬に精通・・・まさか張家の・・・?」

「そうそう!さすが沈栄仁。勉強家だなぁ。弟は当てずっぽうなのにね。」

「朱羅!余計なことをしゃべるな!殺されたいのか?!」

腕の中ですごい目で江陽明を睨みつけていた沈楽清の気配が変化したのを見かねた洛寒軒が彼を止める。

「はいはい、ごめんなさい。そうそう、張家。沈家に乗っ取られた一族。」

「・・・乗っ取ってなどいないでしょう?貴方は天帝をだまして言いなりにさせ、その後妖族と通じて多くの仙人を・・・え?いや違いますよね。だってもう百年以上昔ですよ・・・?」

「そいつは僕の親。ふ~ん、そう伝わってんのか。相変わらずここは汚いねぇ。」

それまでにこにこと明るく笑っていた朱羅はすっと笑顔を消すと氷のような冷たい目を沈楽清と沈栄仁に向けた。

「だから、僕はお前たちに復讐するつもりだったんだよ。」


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