「復讐・・・?」
凍りつくような視線に小さく息を呑んだ沈栄仁を自分の背に庇った夏炎輝は「味方じゃなかったのか?」と朱羅を睨んだ。
沈楽清もいつでも応戦できるようにと洛寒軒の腕の中でもがく。
風金蘭と沈栄仁も殺気だって剣に手をかける中、吹き出したのは朱羅だった。
「アッハッハ・・・冗談。冗談ですって。何度も言ってるでしょ?吹き飛ばされたくないって。なにせ天帝の怖さは身をもって知ってますからね。逆らいませんよ。洛一龍の子と天清神仙には!」
ヒーヒー笑う彼に全員がこの野郎と思いつつも、これ以上彼のペースに巻き込まれては話にならないと夏炎輝がゴホンと大きく咳をする。
「薬をくれて助かった。礼を言うがもう少し改良した方が良いぞ。本当に死んだかと思った。」
「あれくらいじゃないと誰も欺くことなんて出来ませんよ。中途半端なやつを、この前そこの人に飲ませましたけど大して苦しくなかったでしょう?その代わり、死んだとも思わなかったと思うけど。」
「お前っ!」
「楽清!待ってください。貴方と彼の間で何があったのかは分かりませんが、私と炎輝を助けてくれたのは彼です。あの薬は貴方が一人で?大したものですね。」
「まぁ、これでも張家の端くれなので。父親から教えてもらった仙薬を無効化する薬の開発をするうちに色々詳しくなりましたよ。そのおかげか気づいたらすっかり三大妖族の一人になっちゃいましたけど。猿神に比べりゃ、僕なんてまだほんの八十年程度なのにね。」
けらけら笑う朱羅に対して、どうして洛寒軒があの時「ジジイ」と罵ったのかを沈栄仁達は理解する。
「楽清、藍鬼。だましていてすまなかった。五年前、妖界で俺と藍鬼の事を聞きまわっている奴がいるとこいつが教えてくれたから、こいつをお前達の所へ行かせたんだ。」
「僕、この人の奴隷なんです。こいつの出生のせいで。」
男の軽口に「朱羅!」と洛寒軒が睨みつける。
「まぁでもねぇ、このまま話さないのもまずいかな?って思ってるんですよ。僕の父親が本当に憎んでたのは洛一龍で、そのせいで全部が始まったと言っても過言じゃないし。」
「それは、あの時のお風呂での話?」
「・・・つまらない話って言ったでしょ?」
彼が茶化しつつも否定しなかったことで、沈楽清は彼の話していた可哀想な男が彼の父親だと確信した。
耳元で「風呂?」と洛寒が低い声を出した気がしたけれど、そこはあえて一旦スルーする。
「まぁ、その父親の影響を受けてですね。何十年とにっくき仙人殺しに勤しんできたわけですけど・・・そこで洛一龍に出会ったんです。僕が仙人を殺してるところ見て問答無用で殺そうとしてきたのに、土下座して謝って父親の名前を出して改心して部下になるって言ったら、あいつはころっと信じた。その辺が天帝だった男ですよね。人が裏切る生き物だって知らない。」
朱羅の笑い声がぞっとするほど冷たくなっていく中、洛寒軒だけは彼に対してもういいと諫める。
「そこまでにしろ。それ以上話してどうなる。」
「妖王。貴方とその人は僕を殺す理由がある。貴方が僕を許したからって、その人まで僕を許したことにはならないんじゃないですか。」
突然指をつきつけられた風金蘭は訳が分からない様子で「私?」と首を捻る。
だってねぇと続けようとした朱羅の首筋にピタッと剣が二本突きつけられた。
一本は洛寒軒の、そしてもう一本は彼の腕から解放された沈楽清の。
「・・・天清神仙はなんで?」
「桜雲がやめろと言ってるんだ。お前は妖王の部下なんだろう?それにお前はまだ私の部下でもあるはずだ、江陽明。天清沈派の宗主として命じます。今すぐやめなさい。」
はいはいと手を挙げた朱羅はそれ以上口を開くことを辞めた。
重苦しい沈黙が支配する中、口を開いたのは風金蘭だった。
「それで、これからどうなさるおつもりですか?」
「私と炎輝は仙界を去ろうと思っています。もう表向きは死んだ二人ですし・・・ずっと二人でどこか別の場所で生きていくのも楽しいかなって。」
「夏宗主もそれでいいのですか?」
「まぁ、家には弟たちがいるからな。ただ・・・蒼摩だけは私が始末をつけていきたい。妖族と通じ、この三人に害をなそうとした。」
「蒼摩?」
今までの経緯を知らない沈楽清が首を捻り、沈栄仁と洛寒軒は前妖王が死んだ日の事を改めて彼に話す。
「前に色々聞いたのに・・・ごめん。洛大覚に関しては、桜雲や栄兄にあいつがしたことの方に腹が立ってそればっかり覚えてて・・・」
「当時は右も左も分からない貴方に一方的に話したので仕方ありません。それに、玄肖に対して以前のように明るく笑いかけてくれる蒼摩様に思惑があったなんて、私もずっと気がつきませんでしたし。」
暗い顔をする沈栄仁に「ほんと甘いねぇ」と朱羅が笑う。
「あいつはずっとあんたらのことを調べてたよ。猿神に行きついて、あいつと内通して虎視眈々と復讐する機会を狙ってた。そんな中、あんたが宗主を辞めるなんて言うから、あいつの中で何かが弾けた。陸壮に近づき、あんたら二人のことで調べたことを洗いざらいぶちまけた。それで洛寒軒はあいつを殺そうとしたのに、それをあんたと陸承が来て邪魔をした。」
朱羅の言葉で、沈楽清はハッとした表情で洛寒軒を見つめる。
「ずっと全部知ってたの?一人で抱えようとしたの?」
「・・・すまない。」
洛寒軒は宗教施設に人間に化けて入り込み、秘密裏に人間が教祖を殺したという形に見せかけようと動いてた。
しかし、そこに沈楽清と陸承がやってきて大きな騒ぎにしてしまったため、猿神や白秋陸派も出てきてしまい、洛寒軒も洛寒軒として出て行くしかなくなってしまった。
「お前に何の心配もかけたくなかった。」
「・・・次からは全部話して。お願いだから。これじゃあ俺の父親と天帝と一緒じゃないか。あの二人はちゃんと話し合っていればよかったんだ。そしたら俺とお前は生まれなかっただろうけど・・・」
沈楽清は洛寒軒の右腕を掴むとその目をじっと見つめた。
洛寒軒は一つ頷き、その頭を自分の肩に抱き寄せる。
「風宗主。私は洛寒軒とこれから生きていきます。だから、俺は天帝を殺しにここに来ました。終わりにしましょう。このおかしな世界を。」
洛寒軒の肩に顔をうずめたまま沈楽清は自分の決意を口にした。