お花見は、その週の金曜日の夕方から行われることになった。
場所は桜が満開に咲き誇る、コスモプロダクション近くの公園。
梓くんとお花見の話が出た翌日に誘った真希乃ちゃんと久留生さんは、とても乗り気で、その日は一日オフだからと場所取りまでしてくれるという。
ルイちゃんと桜井さんも仕事が終わり次第すぐに行くと返事をくれた。
薄暗くなった春の空。桜の木を繋ぐように飾られたぼんぼりに明かりが灯る。
「夜桜の下でお花見なんて初めて!」
仕事が終わって駆け付けたルイちゃんが瞳をキラキラと輝かせて、興奮気味に隣に座る男の子の肩をバシバシと叩いた。
その子はルイちゃんの恋人で、ルイちゃんと同じ学校に通っているのだという。ルイちゃんから事前に彼氏を連れていっていいかと訊かれて快諾していたし、来ることは知っていたけれど……。
「
「俺の知り合いにメンズモデル探してる人がいるんだけど。君、背も高いよね? モデルの仕事に興味とかない?」
真希乃ちゃんと久留生さんが桜よりも興味津々になってルイちゃんの恋人――想多くんの顔を覗き込んでいる。
それに対して想多くんは顔を引きつらせながら「え……」とか「あの……」と言葉を濁らせていて、ときどきルイちゃんに助けを求めるように視線を動かしていた。けれど、ルイちゃんは夜桜に夢中になっていて気付いていない。
「はいはい! 二人とも、若い子を困らせないよ。ほら、ジュースとか紙コップとか配って!」
そこに救世主・荒木さんが割って入るように、飲み物などが入ったスーパーのビニール袋を置いた。
「はーい」と二人は素直に返事をして、テキパキと飲み物や紙コップ、紙皿を配っていく。
「俺たちも食べ物出そうか」
私の隣に座る梓くんが言う。
「あ、そうだね」
私もそれに頷いて、袋からオードブルやおにぎりを取り出して、みんなが手を伸ばしやすいようにレジャーシートの中央に並べた。
「未成年はお酒飲まないようにねー」
「はーい」と今度はルイちゃんと想多くんが手を挙げて返事をする。二人は揃った声に顔を見合わせると、クスクスと笑い合った。
なんて微笑ましくて、可愛らしい二人なのだろう。それを見ているだけで、思わず自分の口元まで緩んでしまう。
梓くんへ視線を向ける。梓くんは桜井さんとお酒をお酌し合っていて、そこに荒木さんも途中から混ざって、最近の近況について会話が始まったようだった。
相槌を打っていた梓くんが笑う。再会したばかりのころは、眉間に皺がよって、怖い顔をしていることが多かったけれど、最近は柔らかい表情が増えた。
そんな些細な変化が、とても嬉しい。梓くんには、ずっとこうやって笑っていて欲しい。
(私が、梓くんの幸せを守ってあげたいな)
そんな私の背中を押すように、柔らかな春の風が吹いて、桜の木の枝を揺らす。桜の花がひらひらと舞い落ちて、それはぼんぼりの明かりに照らされて幻想的にきらめいて見えた。
「綺麗」
心の声が口から零れ落ちる。新たな一歩を踏み出そうとしている私たちを、桜の木が応援してくれているような気がして心が温かくなった。
「すごい花吹雪」
綺麗だね、と真希乃ちゃんが私にりんごジュースが入った紙コップを差し出してくれる。
「ありがとう」
紙コップを受け取る。プルタブを開けて、「乾杯」と真希乃ちゃんが持っている紙コップに軽くぶつけた。
程よく冷やされたジュースは美味しく、りんごの甘さが口の中に広がっている。
「まきぴょん、羽柴ちゃん、アタシとも乾杯しようよ」
少し離れた位置に座っていたルイちゃんがオレンジジュースの入った紙コップを持ってやってくる。
ルイちゃんが離れたのを見計らったように、想多くんの隣にちゃっかりと久留生さんが座り込んだのが見えて吹き出してしまう。
「ぜひコスモプロダクションに」と勝手に名刺まで渡していて、荒木さんに「強引なことしないの!」と止められていた。
「今日、想多、朝から緊張してたみたいだから、あれくらい強引に絡んでくれたほうがアタシが安心」
ルイちゃんは、ぐいぐいと久留生さんにスカウトまがいなことをされている想多くんを見て、目を細めた。
「私たちに紹介してくれてありがとうね」
ルイちゃんにそう言えば、ルイちゃんは照れたように肩を竦めて笑う。
「一般人だから、なかなか紹介できなくて。やっと二人に会わせることができて嬉しい!」
「それにしても綺麗な子だよね。本当に一般人?」
「一般人、一般人。芸能界にはあんまり興味ないみたい」
だからアタシと付き合えてるんだと思う、とルイちゃんは言った。ルイちゃんの学校生活の深い部分はあまり知らないけれど、タレント活動をしているからこその悩みはあったようだ。
「学校よりも仕事が楽しい」と言っていた時期もあったけれど、そういえば最近はあまりそういう話を彼女から聞くことがなくなったことを思い出す。
もしかすると、そこには想多くんの存在が大きく関係しているのかもしれない。
いずれにせよ、ルイちゃんが楽しそうにしてくれていることが、私はとても嬉しかった。
「と、こ、ろ、で。祈里ちゃん、聞いてもいいかな?」
真希乃ちゃんが、肩が触れ合うくらい私に近付く。
「アタシも聞きたかったんだよね」
ルイちゃんも反対の隣から、私に体を寄せた。ギュッとサンドイッチされてしまい、体を縮こませる。
「な、なにかな?」
ニヤニヤとする二人の表情に、心臓が勝手にドキドキしてしまう。
ひとりドキマギする私をよそに、二人はガバッと動くと私の左手を掴み上げた。
「ひぃっ!」
その勢いに悲鳴が溢れる。
「この指輪は一体!?」
真希乃ちゃんの興味津々、ランランに輝いた瞳が食い入るように梓くんからもらった指輪を見ている。
「左手の薬指にダイヤの指輪なんて、絶対特別な意味があるよね!?」
ルイちゃんは怪しい、と言って私を見た。
「え、えーっと、これは、その……」
そう言えば、梓くんとの結婚の話は私のお母さんと荒木さんにはしているけれど、まだこの二人にはしていないんだったと思い出す。
何も考えずに……それこそ肌身離さず指輪をつけることが日課になっていたせいで、指輪を外すなんていう考えに至らなかった。
(ど、どうしよう、言っていいのかな)
荒木さんを見る。荒木さんは久留生さんにお酒を呑まされたのか、もうすっかり出来上がっているようだった。
ならば梓くんは、と梓くんに救い手を求めるように見れば、梓くんもこちらの盛り上がりに気付いていたようで目が合った。
「どうしよう」
口パクで梓くんに伝える。梓くんは少し考え込むと、立ち上がって私たちのほうへやって来た。
「城川、友上さん。ちょっと祈里借りる」
梓くんに手を引かれる。梓くんに導かれるまま立ち上がると、梓くんは私の指輪が光る左手を、指を絡めるようにして握ると、「みんな」と呼びかける。
みんなの視線が私たちに集まると、梓くんはみんなに見えるように私の左手を胸の辺りまで上げた。
「俺たち、結婚します」
梓くんの口から紡がれるそれは、なんて冷静で、短文は重大発表なのだろう。
真希乃ちゃんとルイちゃんは「えー!」と高い声を上げて、二人で抱き合っている。
荒木さんは娘を送り出すような気持ちだと泣き出して、久留生さんはその背中を摩った。
想多くんと桜井さんは「おめでとうございます」と拍手を送ってくれる。
「ちょっと、梓くん、いきなりすぎない……!?」
「でも、誰よりも早く伝えたかったのは、今日集まってくれた人じゃない?」
梓くんが、ふわりとその目元を柔らかく下げた。
ひらひらと、桜の花びらが舞う。その中で微笑む梓くんは、誰よりも優しくて、美しく私の瞳には映った。
「それも、そうだね」
ただの仕事仲間じゃない。大切な人たちとして、いつまでも傍にいて欲しい人たち。
梓くんの言う通り、大切な話は、誰よりも先に共有して、笑い合いたい人たちだ。
「おめでとう!」
真希乃ちゃんとルイちゃんが私に抱き着く。よろけながら二人の体を受け止めれば、ただそれだけのことなのに笑いが自然と溢れてくる。
いつまでもこの人たちの温かさを感じていたい。そして、私も大切な人を温めてあげられる人になりたいと、舞う桜の花びらに誓った。