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第8話 嵐の予感


 エセラインは『ガウリロ戦士団』と共に南西へと旅立ち、ゾランも出発の日となった。サンテ商会の前に行くと、サンテ商会の商会長が眦を下げて挨拶をしてくる。


「おはようございます」


「おはようございます、ゾランさん」


「今回はよろしくお願いします。それにしても、凄い荷物ですね」


 ゾランは馬車に次々と詰め込まれる荷物を見ながら、そう言った。運び込まれるのは木箱や樽、化粧箱などだ。かなりの重量になりそうだ。


「ええ。今回はブランデーの他にも良いワインを用意していますからね、楽しみにしていてください。私、ゾランさんの書く料理の記事が大好きで大好きで……。いつも記事を読みながら晩酌をしているんですよ」


「そう言ってもらえると、嬉しいです」


 商会長は本当にゾランの記事を読んでいるらしく、過去に書いた『ヒクイドリのクリームスープ』のことやソングリエの海産物など、良かった記事をたくさん話してくれた。記事を書いて印刷所へ渡すまでが仕事のゾランは、こうして直接、読者の話を聞く機会は少ない。最近は旅行記のファンだという読者から手紙を貰ったりもするが、やはり直接聞くのはまた違う新鮮さがあった。


「うちのブランデーは飲んだことがありますか?」


「残念ながら、まだ」


「そりゃあ良い。是非、今回の旅で楽しんで下さい」


「ありがとうございます」


 荷物が積み終わり、馬車の後部席にゾランも入り込む。商会の人間も何人か乗り込む大所帯だ。そのほかに御者、馬車の周囲には護衛もつく。馬車は少し窮屈だが、護衛の人も商会の人間も、ゾランに対して好意的だった。旅行記に興味を持ったものもいる。


(同室って聞いて、少し動揺したけど……)


 取り合えず、エセラインとは一緒に出発しないため、現状は落ち着いていられている。だが、現地に着いたらどうだろうか。冷静でいられるか、少し自信がない。落ち着かなくて、変な態度を取ってしまったらどうしよう。それで、エセラインを傷つけたら、どうしようか。


 まだ時間はある。それまでに、気持ちを整理させなくては。そう思いながら、ゾランはグラゾンを目指す馬車に揺られ、北西へと旅立ったのだった。




 ◆   ◆   ◆




「西から雨雲が来ているらしい」


 と御者が告げたのは、中継地に入るボヌールの少し手前の小さな集落でのことだった。馬に餌と水をやりながら、休憩を取る。その間に、この先の道の状況や天候などを聞いてきたらしい。


「工程を速めた方が良いかも知れないな」


 商会の人間のやり取りに、ゾランも口を挟む。


「酷い雨になりそうなんですか?」


「ああ。この季節はわりとあるんだ。山脈から吹き下ろす風のせいで、大雨になりやすい。まあ、この雨がないと、春の種まきの時に水不足になるんだがな」


「なるほど……」


 御者が言うには、ボヌールに入るのが少し早まるかもしれないとのことだった。


(もしかしたら、エセライン、追いつけないかも知れないな……)


 ボヌールで合流できなければ、エセラインは別の馬車を見つけて次の中継地を目指すか、途中での合流は諦め、グラゾンへ直接来ることになるだろう。


(いや、それより、嵐にまきこまれないと良いけど……)


 エセラインは南西へ行ったのだ。西から雨雲が来ているということは、丁度かち合ってしまう可能性もある。


(嵐に遭遇したら、身の安全を優先――する、よな……?)


 エセラインの性格を想像して、自信がなくなる。ゾランには「無茶をするな」とか、「危ないぞ」とかよく注意する彼だが、エセライン自身が安全に行動しているとは言い難い。嵐の中、グラゾンを目指して無理に来てしまうかも知れない。


「うー……」


(まさか……、なぁ……)


 不安に思いながらも、その可能性が拭えず、ゾランまで心配になって来てしまった。


 やがて馬車は少しずつ都市を離れ、人里離れた地域へと進んでいく。交易の路があるため周囲は比較的ひらけているものの、建物や人の姿は随分見えなくなった。ようやくボヌールに着いた時には、懸念していた通り西の山脈付近に黒い雲が見え、あの嵐がこれからやって来るのだとゾクリとした。


(エセライン……無理は、するなよ……)


 ゾランは鞄の中から、お揃いで買った菫色のガラスペンを取り出し、手紙を書く。ボヌールに着いたエセラインに、伝言をお願いするためだ。


 嵐を避けるように、無理にグラゾンを目指さないように。最悪はゾラン一人で取材するから、カシャロへと戻るように――。そう言づけて、馬車は予定よりも半日以上早く、ボヌールを旅立った。


 背後から追いかけて来る雲が、どこか不吉な予感を感じさせていた。








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