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第13話 地下の冒険



 土砂崩れによる道路の復旧作業は、一日経ってもまだ終わらなかった。倒木を処理したものの、まだ土砂のせいで馬車が通ることは出来ない。工事作業者の話では、早くてもあと一日半、最長で三日はかかるだろうということだった。


(三日だと……?)


 三日も、ゾランを放っておくのは、心配だった。エセラインは現状を手紙にしてクレイヨン出版社宛てに送り、立ち往生に苛立った。合流できると気楽に考えていた自分が恨めしい。


「ハァ……」


 何も出来ることがないとなると、急にどうしていいか分からなくなってしまった。せめて、何かしていれば違ったのに。立ち往生したエセラインたちの為に、簡易宿泊所が用意されていたが、そこでも落ち着くことは難しかった。テーブルを借りてガウリロたちの記事を書こうと思っても、集中できずに何度も書き直している。


(落ち着け……、別に、何かあったわけじゃないだろ……)


 今頃、ゾランは温泉のある豪華なホテルで、のんびり過ごしているはずだ。彼の好きな美味しい料理を食べて、元気に笑っているに違いない。


 そう思っているはずなのに。


 何故なのか、胸騒ぎが収まらなかった。




 ◆   ◆   ◆




 ザシュ! と音を立てて、ナイフが閃いた。切り裂かれたコウモリが、ヒクヒクと痙攣しながら地面に落下する。


「うっ……。なんですか、コレ……」


「ケーブバットだな。洞窟に生息する大型のコウモリだ。滅多に襲ってこないんだが、巣を突かれて怒って居るんだろう」


 ラウカはそう言いながらナイフに付着した血を払う。洞窟はまだカラカラと音を立てている。地盤が緩んでいて、いつ崩落するか分からない。銃を使うことは出来なかった。


(コウモリ型のモンスターか……。こんなのも居るんだな……)


 モンスターとは縁遠い生活を送って来たゾランだ。まともに戦闘したこともない。ラウカが居なかったら、どうなっていたことか。


「えっと、それじゃあ、ホテル向かいの屋敷に泊まっていたのが、ラウカだったんですか?」


「そうだ。年に数回、グラゾンに来るんだ。その度に世話になっている」


「そうだったんだ……」


 嵐の夜に見た光は、ラウカだったらしい。グラゾンの住人はスク家と懇意だったものが残っており、ラウカが宿泊した家も彼らが管理しているそうだ。世間話をしながら、ラウカは襲ってくるコウモリを蹴散らしていく。


「ふぅ……かなり深いな。どこまで続いているのか……」


「……これ、出られるんですかね……」


「どこかには続いていそうだが――少し厳しそうだな」


 ゾランはため息を吐き、弱くなった明かりを消して再度『光』の魔法を生み出す。ラウカがフッと笑った。


「お前が『光』を持っていて良かった」


「カメラ用なんです。ラウカは、生活魔法みたいなものは持っていないんですか」


「枠が多いくせに、戦闘特化だ。『火種』くらいは持ってるがな」


 ラウカはランク5魔法使いだ。魔法のスロットは24から32の枠があるはずである。その殆どが戦闘に特化しているというのは、冒険者でも稀だろう。


(やっぱり、襲撃されたりとかが多かったからかな……?)


 ラウカは過激な記事を書くおかげで、何者かに命を狙われている。ゾランも経験したが、ああいう悪意は、恐ろしいものだ。どうしても、自衛せざるを得なくなる。本当は、もっと自由で良いと思うのに。


 光を掲げ歩いていると、しばらくして洞窟内の雰囲気が変わった。ゴツゴツした岩ばかりだった周囲の壁や地面が、まるで切り出したように平坦になっている。明らかに、人工物だ。


「これって……? どこかに、出たんでしょうか?」


 首を傾げるゾランに、ラウカは眉を寄せて地面や壁をコンコンと叩き始めた。


「これは……」


 ラウカの呟きに、ゾランは周囲をキョロキョロと見回す。壁の横手から何かが飛び出してきて、反射的に『海鳴り』で殴ってしまった。怯んだそれを、ラウカが靴の先で蹴り飛ばし、喉元にナイフを突き立てる。


「うっ……」


 生々しい光景に不慣れなゾランは、思わず目を逸らした。視界の端にそれをとらえ、恐る恐る問いかける。


「そ、それ、何ですか?」


「イドワタリだな。古い井戸なんかだと、こういうモンスターが棲んでいたんだ」


「イドワタリ……。なんだか、トカゲと鳥を足したような見た目ですね」


「実際、食うと美味いぞ」


「え」


 美味いと聞いて、思わず反応するゾランに、ラウカが口端を上げた。食いしん坊だと思われた気がして、気恥ずかしくなる。誤魔化そうとしたものの、腹がグウゥと鳴ってしまい余計に恥ずかしくなってしまった。


 そう言えば、もう数時間さ迷っている。いい加減、疲労も溜まっていたし、空腹だった。


「少々休憩しても良いかも知れないな。幸い、ここは頑丈で崩れてこなそうだ。休むには良いだろう。……食材も手に入ったしな」


「料理、出来るんですか?」


 ラウカの発言に、ゾランは目を丸くした。ゾランは料理はするが、こんな場所で料理をしたことはない。


「一応、冒険者ライセンスも持っているからな」


「……それなら、俺も一応持ってますけど……。戦闘も、初めてなんです」


「じゃあ、初戦闘に初キャンプだ。イドワタリを解体しよう。水は出せるか?」


「はい」


 ラウカが手際よくイドワタリの首を落とし、皮と肉の隙間にナイフを差し入れて皮を剝いでいく。ずるんと一気に皮が剥がされる様子に、ゾランは「おお」と感嘆の声を上げた。血を水ですすいでいくと、桃色の肉が見えて来る。鶏の肉よりは、いささか色見が濃い。


「イドワタリが居るということ、人工的な造りから見ても、ここは廃棄された水路だろう。しばらく歩けば外に出られるはずだ。まあ、ここからどれほどかかるか分からないが」


「なるほど……」


 もしかしたら、数十分で外に出られるかも知れないし、数十時間かかるかもしれない。だからこその、この場所での休憩なのだろう。


「そして冒険者はどんな場合でも、火おこしと鍋一つくらいは持っている」


「おお……!」


 ラウカがコートの下から深めの片手鍋を取り出した。使い込まれた様子のある重そうな鍋だ。


「香辛料なら少し」


「良いな」


 ゾランは鞄から香辛料の入った袋をいくつか取り出した。唐辛子、クミン、コリアンダー、コショウにタイム、バジル。それにシナモン。


 ラウカは自分の持っていたハーブとゾランのものを一緒に混ぜ、よく刻んで香りを出すと骨付きのままのイドワタリの肉とともに鍋に放り込んだ。しばらく煮込んいると、複雑な香りがあたりに漂い始める。


「このハーブの組み合わせは、二日酔いにも良いし、胃にも良い。ついでに、大抵のモンスターは嫌がって逃げていく」


「良いことばっかりですね」


「ついでに、肉の臭みも消える。ブルグルも入れよう」


 そう言って、携帯食らしいデュラム小麦のひきわりであるブルグルを投入する。良い香りに、ゾランの腹が盛大に鳴った。


(まさか、こんなところでご飯を食べることになるなんて……)


 ラウカと一緒だからか、不思議と不安はない。ちょっとした冒険だと思えば、むしろ楽しいと思えるくらいだ。ゾランはラウカとは少し間をあけ、平らな地面に腰かけた。ラウカも、じっと炎を見つめている。


「……海鳴りそれ、ラドヴァンから引き継いだか」


「あ……。はい。あの、社長とは、知り合いだったんですか?」


『海鳴り』の存在を気にするということは、冒険者だったころのラドヴァンを知っているのだろう。ゾランの問いかけに、ラウカは頷いた。


「冒険者時代にちょっとな。元々、金を稼ぐ目的で、冒険者をやってたんだ。まあ、その金は全部、会社を作るために消えたがね」


「……あの手帳、その、勝手になんですけど……。隅々まで、読みました。その……すごく、良く調べてあって、感銘して……」


 ゾランの言葉に、ラウカが遠い目をした。


「――冒険者だったころ、依頼でグラゾンに来たんだ。そこで、ヴェリテと出会った」


 ラウカは、ゾランに話しているというわけではないようだった。静かにゆっくりと、まるでその時を思い出すように語り出した。












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