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第14話 追憶の恋人



 ラウカがグラゾンにやって来た頃、彼は新進気鋭の冒険者で、S級冒険者も夢ではないと持て囃されていた時期だった。彼自身も生涯冒険者のつもりでいたし、その頃はまさか、自分が冒険者を辞めてライターになるなど、夢にも思っていなかった。


 ヴェリテとの出会いは、最悪だった。


「馬鹿みたいに槍を振り回すな! 血や肉が周囲に散っているのが解らないのかっ!?」


 開口一番にそう言われ、ラウカは不機嫌に唇を曲げた。神経質で口うるさい男。それが、ラウカのヴェリテ・スクへの最初の印象だった。当時のラウカは銃を持っておらず、槍を使っていた。槍の扱いには自信があったし、何より戦闘の素人に口を出されたくはなかった。ヴェリテの物言いが気に入らず、しばしばラウカはヴェリテと対立した。


 依頼は、グラゾンに生息する固有の魔物である、グラゾンコンクの駆除だった。手のひらほどの大きさの巻貝に似た魔物で、川辺を中心に森の中にまで生息域を広げる魔物だった。通常、モンスターの駆除はある程度、個体数を減らせばそれで終わりだが、グラゾンコンクだけは違った。のそりとした動きで、攻撃もしてこない貝のモンスター。それを、グラゾンの連中は徹底的に駆除しようとしていた。


 ある時、ラウカはヴェリテと話す機会があった。いや、話すだけならば、毎日のように対立していた。だがその日は、初めてまともに話す機会があったのだ。


「正直、自分のやるような仕事じゃないと思っているでしょう?」


 ヴェリテの発言に、「そんなことない」という言葉が詰まった。ずっと、そう思っていた。数は多くしぶとい生命力を持つため、駆除は大変だった。だが、自分でなくとも出来る仕事だと思った。


「冒険者の方は、やりたがらないんです。でも、手が足りないから依頼せざるを得ない。あなたが来てくれて正直助かってるんです」


「……ああ、そう」


 素っ気なくそう言ったラウカに、ヴェリテがクスリと笑った。


 ラウカは、才能のある冒険者だった。トントン拍子にスターダムにのし上がったため、苦労らしい苦労をしなかった。グラゾンでの働きは、地味ではあったが、充実していた。都市での冒険者の生活では埋められなかった虚しさが、ここでは埋められたような気がした。人々は明るく、地道に生きていて、それが眩しく見えた。


 ヴェリテが、廃屋となった屋敷を案内してくれたのは、その時だった。古く崩れた屋敷を見上げて、険しい表情をするヴェリテの横顔を、ラウカはじっと見つめた。


「ここは、スク家の屋敷だったんだ。かつてはここに美しい湖がいくつもあってね、スクはその代官だった」


 古くは王族に連なる貴族も訪れる土地だったグラゾン。その土地を護る役目を担っていたのが、スク家だった。ラウカはその話を聞いて、不思議な気持ちになった。この辺りには川はあるが、湖は存在しない。疑問に思っていると、ヴェリテがその答えをくれた。


「埋め立てたんだよ。湖が、グラゾンコンクの生息域だったから」


「――え?」


「この辺りにはね、昔から酷い病があったんだ。風土病――。グラゾン熱という熱で、何日も高熱にうなされ、皮膚が変形し、最終的には死亡する。運よく生き残れても、酷い後遺症に悩まされながら生きなければならない」


 風土病、というものの存在を、ラウカはその時初めて知った。


「多くの人が命を落として、やがてここを訪れていた貴族も病にかかり、グラゾン熱を恐れた貴族たちはここへ来なくなった。棄てられたんだ。この場所は」


 土地の代官という仕事もなくなり、スク家もこの場所に居る必要はなくなった。だが、スク家はこの場所に残ったという。土地の人々と病の原因を探り続け、グラゾン熱と戦い続けた。


「病気の原因――まさか、湖を埋めたのは……?」


 ラウカの問いに、ヴェリテが頷く。


「グラゾンコンクが原因なんだ」


 その言葉に、ラウカはゾクリと背筋が震えた。森にも、川にも、あのモンスターは生息している。攻撃してこない大人しいモンスターだと思っていたのに、人を死に至らしめる、恐ろしい病の媒介を行っていた。


『馬鹿みたいに槍を振り回すな! 血や肉が周囲に散っているのが解らないのかっ!?』


 ヴェリテが、ラウカに怒った理由が、今になって解る。グラゾンコンクは、恐ろしい魔物だった。


「ラウカ、君が来てくれて、本当に嬉しいよ。――僕の夢はね、いつかグラゾンコンクを根絶して、この村を出ることなんだ」


「――ヴェリテ……」


「僕は、ライターになりたいんだ」


「ライター……?」


 ライターという職業は、ラウカも良く知っている。都市にいると、ラウカは大抵記者に追い回された。


「この土地を、悪魔の土地だと、呪われた土地だという人たちがいた。でも、真実は違う。すべては、グラゾンコンクというモンスターのせいだ。僕は、真理を追い続けたい。真実を、伝えたい。そう、思ってるんだよ。僕は――真理の追及者なんだ」


 その姿はまさに、求道者のようでもあった。ふわりと笑うヴェリテの笑みに、恋をしたのはこの時かも知れない。胸をざわつかせる感情に、ラウカはもどかしい気持ちになって、胸をかきむしった。


 この土地に、ヴェリテを縛り付けているもの。それは、グラゾンコンクというモンスターだった。その足かせを、外す手伝いをしたいと、ラウカは思った。


 そこから、ラウカとヴェリテの距離が近づくのは、あっという間だった。


 ヴェリテの夢はラウカの夢となり、ラウカはグラゾンで長い時間をグラゾンコンク根絶のために働いた。表舞台から姿を消したラウカを、都市の新聞が面白おかしく書き立てたのを知っていたが、既にどうでも良かった。ラウカは、新しい生き方を見つけ出していたから。


 やがて、とうとうグラゾンコンクの根絶に成功し――ついにラウカはヴェリテとともにグラゾンを出ることになったのだった。










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