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第15話 火が消えるまでに


「それから、またグラゾンコンクが発生しないかどうか、年に数回、グラゾンに戻って確かめに来てるんだ」


 ラウカはそう言うと、カップにシチューを注いだ。ゾランはそれを受け取り、香りを胸いっぱいに吸い込む。ハーブの複雑な香りが漂うシチューだ。


「イドワタリの肉と豆のシチュー、ブルグル入りってとこだな」


「美味しそう。頂きます」


 カップに唇をつけ、一口啜る。ガツンとハーブの香りが広がり、ついでイドワタリの仄かな臭気がした。だが、嫌な匂いではなく、ハーブのおかげで何とも言えない風味になっていた。


「ん……! 美味しい!」


 思わず唇を舐めるゾランに、ラウカがクッと笑う。


「クレイヨン出版社のグルメライターにそう言ってもらえれば、上場かな」


「グルメライターって……」


 気恥ずかしくなって唇を尖らせるゾランに、ラウカは肩を揺らして笑う。


「ゾラン、は、なんでライターに?」


 ラウカはまだ、ゾランのことをあまり認識していないのか、ゾランの名を呼ぶ声がぎこちない。ゾランはカップを両手で握りながら、静かに吐息を吐き出した。暖かなスープと炎の明かりは、なんとなく気持ちを落ち着かせる。


「俺、ラウカに憧れてライターになったんです」


「……オレに?」


「ラウカは覚えてないかも知れないけど――ジャールっていう、小さな村で……俺、泥棒に間違えられて……怖かった」


「……ジャール、聞き覚えはあるな。風土病の記事を書いたはずだ。でも、すまんな。君のことは……」


「いいえ、良いんです。あの時、ラウカに助けてもらって……」


 あの時、ラウカが居なければ、どうなっていただろうか。今でも、そう思う。ゾランがその後も村でのびのびと暮らせていたのは、ラウカが居たからだ。


「憧れから始まったけど、今は、この仕事が好きなんです。俺の記事を読んだ人が、笑顔になってくれるのが嬉しいし、なんていうのかな……選択肢を、ふやしてあげられている気がして」


 旅行記を書いてから、たくさんの人からの反響を貰った。そして、記事を読んだ多くの人たちが、背中を押してもらえたと、言ってくれている。そのことが、とても嬉しい。ゾラン自身には、特別な力もなく、強い魔力もない。けれど、誰かの後押しをすることが出来る。それが、このところ強く感じていることだった。


(それに――)


 エセライン。エセラインと出会うことが出来たのは、ライターになったからだ。ライターにならなければゾランは村を出ることもなく、エセラインとは一生逢うこともなかっただろう。


 そして、ゾランはそんなエセラインの家族を奪った、『宵闇の死神』という存在が、怖くて堪らない。同時に、どうしてそんなことをするのか、何者なのか。それが、知りたいと思うようになってきた。


 それは、記者としての本能なのか、使命感なのか、解らない。だが、知らなけれなという強い感情が、ゾランの心を揺らしている。


 エセラインの、テオドレの、ゾランの周りの人たちの人生を大きく狂わせた存在。その存在を、ゾランは知りたいのと明確に思うようになった。


「俺は、真実が知りたいんだと思います」


 ゾランのはっきりとした言葉に、ラウカの手がピクリと跳ねた。


「俺は、真実を――真理を追い続けたい。そして、真実を伝えたい。そう、思うようになったんです」


「――」


 ラウカが、息を呑んだ。瞳から一筋、涙がこぼれたのが見えた気がして、ゾランは驚いて顔を上げる。


「……そう、か」


 ラウカはポツリそう呟いて、顔を背けた。ゾランは無言になってしまったラウカに、それ以上何か言うことは出来ず、ただじっと、火が燃え尽きるのを見つめていた。







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