大雨によって流れ込んだ土砂が取り除かれ、山道が復旧したのは、夜半過ぎのことであった。エセラインは復旧に湧く現場を通り過ぎ、見通しが良くなった道を眺める。荒れていた道は土魔法で整えられ、なんとか通ることが出来そうだった。
「ようやく、出発できます。明日朝一番でグラゾンに着く予定ですから、今夜はもう休んでください」
「解りました。みなさん、お疲れさまでした」
「いえいえ」
現場からは作業員たちが、疲労と達成感を滲ませた表情で引き揚げて来る。エセラインはそれに続いて、グラゾンの方角を振り返りながら歩いていく。作業員たちは皆、達成感に満ちた表情で苦労を分かち合っていた。この季節に嵐が多いこの地域では、この光景が普通なのかもしれない。
(ゾラン、今頃どうしているか……)
追いかけて来たと知ったら、どんな顔をするだろうか。「来なくて良かったのに」と怒るだろうか。それとも、喜んでくれるだろうか。喜んでくれるのなら、嬉しいのだが。
再会を心待ちにしながら、エセラインは銀色に輝く月を見上げた。
◆ ◆ ◆
ガタガタと馬車が揺れる。山間の路はまだどこか嵐の傷跡を引きずっているようで、普段よりも揺れているようだった。長く揺られているのは辛いものがあったが、それでも、エセラインはようやく馬車が動き出したということの方が重要だった。
(ようやくだ……)
今頃到着して、ゾランには「遅い!」と言われるだろうか。それとも、首都へ引き返していなかったことを言われるだろうか。くるくる変わるゾランの表情を想像して、思わず口元に笑みを浮かべる。
しばらく山道を走っていた馬車が、ようやく開けた場所へたどり着いた。順調に走っていた馬車が、歩みを緩める。
「ん? なんだ?」
「どうかしましたか?」
御者の男が、遠くを見つめながら渋い表情を作る。
「いや……、なんだか様子がおかしい。何かあったのかも知れない」
「え?」
その声に、エセラインは馬車の外へ視線を向けた。村の人間たちが、総出で外に出ているようだ。その光景に、エセラインは妙に胸がざわめく。村人たちは一様に、不安そうな表情で当たりの茂みや物陰を探しているようだった。
御者は手綱を引きながら馬の歩を操ると、村の男たちの方へと近づき声をかける。
「道がつながったぞ。何かあったのか?」
「ああ! 馬車が来たのか……。そっちの路には、人が居なかったか? 赤毛の若い青年なんだが」
赤毛の青年、という言葉に、エセラインはピクリと眉を動かす。
(え――?)
ざわり。嫌な予感がした。
「いや、見てないぞ。何があった?」
「昨日から、首都からのお客さんが居なくなったんだ。総出で探しているんだが……」
「ちょっと、待ってください」
「その……誰が、居なくなったって……?」
男の声に、エセラインは声をかける。エセラインの声は、震えていた。ざわざわと、這いよるような嫌な感じが、付きまとって離れない。否定したかったが、うまく行かなかった。男が、エセラインが聞きたくなかった言葉を継げる。
「ああ、カシャロから来た記者さんだよ。確か、クレイヨン出版社の人で、ゾランさんという方だ」
「――」
ゾラン。の名前に、息を呑む。
「い――居なくなったって、どういうことですかっ!?」
エセラインの剣幕に、男が驚いてたじろぐ。その様子に、支配人が気がついてこちらの方へと近づいてきた。
「どうした? あ、あなたは――……」
「クレイヨン出版社のエセライン・イェリネクです。ゾランが居なくなったって、どういうことですか!?」
「っ、落ち着いてください、イェリネク殿……。エリシュカ殿が、昨日から戻られていないのです。昨日、牧場の方へ取材に行くと言って出掛けた切り、夜になっても帰ってこず……」
「な……」
一晩、見つからなかった。そのことに、絶望的な気持ちになる。
「この辺りに、危険な場所はあるんですか?」
「森の方へ入って遭難されているのかも知れません。牧場には確認に行きましたが、到着はしていないようです」
支配人はあえて、具体的なことを話さなかったように見えた。山間の集落だ。谷間や沢だってあるのだろう。
「っ……!」
エセラインはその言葉に、今すぐ駆け出して探し出したい衝動を、グッと堪えた。
「……探索エリアと、この辺りの地図を見せてください。俺も、探します」
「ええ。こちらです。案内いたします」
支配人に促され、エセラインは自分の無力さに、ぐっと唇をかみしめた。