「はぁ……良いお湯……」
湯船に浸かりながら、ゾランはホッと溜め息を吐き出した。乳白色の温泉は、ややトロンとしたとろみがあって、入っているだけで気持ちがいい。
(ラウカ……ちゃんと休んだかな)
ラウカの滞在している場所がどんな場所かは知らないが、ちゃんと休めているだろうか。今回は、ラウカに本当に世話になってしまった。ここではゆっくり会う時間はなさそうだが、首都に戻ったら改めてお礼をしたいと、ゾランは思った。
「……それにしても」
(エセラインがここに来ているってことは、手紙は読まなかったのかな? それとも、読んだうえで、こっちに追いかけて来たのかな……)
いずれにしても、道を塞いでいた土砂災害の影響で、到着が遅れたのだろう。ラウカの存在にも助けられたが、それ以上に、エセラインを見た時にホッとしてしまった。屋敷が崩落した時は、生きた心地がしなかったが――……。
(……俺、グラゾンに来てから、エセラインのことばっかり、考えてるな)
それがおかしくて、何だか笑ってしまった。
風呂から上がり部屋に戻ると、ベッドの上に座ってくつろいでいるエセラインの姿があった。その様子に、ゾランの心臓がドキリと跳ね上がる。
(そう言えば、相部屋だったっ……!!)
すっかり忘れていたが、相部屋だったのだ。部屋の入り口に立ったまま、どこに座るべきか悩んでソワソワしてしまう。
「なんだ、そんなところに突っ立って」
「うっ……。うん」
バクバクと、心臓が鳴る。エセラインが薄く笑っている。
(くそ……)
ゾランはそっと、ベッドの端に腰かけた。微妙な間合いに、エセラインが何か言いたげな顔をした。
「こっ……、こっち来たんだな。嵐、大変だっただろ?」
「ああ――あんなに、足止めされるとは思わなかったよ」
「無理に来なくても大丈夫だって、手紙見なかったの?」
「見たよ。見たけど――」
ゾランのことが心配だったと、目が語っていた。その視線に、何事もなかったとは言い難く、ゾランの方も押し黙る。
「……ラウカも来てたのか」
「う、うん。縁のある土地なんだって」
「そうだったのか」
なんとなく、会話がぎこちない。何か話しても、また止まってしまう。
「っと、でも事故もあったから、エセラインが来てくれて良かったかも。取材、全然出来てなくて――」
エセラインが不意に立ち上がった。ビクッと肩を揺らすゾランの、すぐ隣に座りなおす。
「あ、あ……、あの」
体温を感じるほどの距離に、ドクドクと心臓が鳴る。菫色の瞳が、ゾランの瞳を覗き込んだ。
「そんなに、緊張するなよ」
「っ――、そう、だけど……」
困ったように笑うエセラインに、心音が余計にうるさくなる。体温も、上がった気がした。
「心配した。お前が、行方不明だって聞いて……」
「う、ん……。俺、も……、ちょっと、不安だった……」
「……良かった。何事もなくて……」
「うん――……」
エセラインの手が、ゾランの手に触れた。ビクリ、震える指を、捕らわれる。指先をなぞるように触れられ、心音が早くなる。
「エセ……っ」
「ゾラン」
気づけば、すぐ傍に、エセラインの顔があった。
「嫌なら、言ってくれ」
「っ――」
嫌か、なんて。
あのデートの日から、ずっと考えていた。
「あ……」
エセラインの指が、頬に触れる。前髪が触れ合って、額を擽った。
エセラインと一緒にいると、鼓動がはやくなるのだ。
服が触れ合うだけで、体温が高くなるのだ。
鼻先が擦れる。エセラインの瞼が伏せられ、長いまつ毛が頬に陰を落とす。
「――」
ギシリ、体重のかかったベッドが、静かに軋む。触れ合った服が、擦れて音を立てた。
エセラインが、自分の記事を読んでいると知った時、嬉しかった。
心配して、怒ってくれるのが、嬉しかった。
一緒に食事をすると、弾む会話が楽しかった。
ゾランがしたいことを、補ってくれるような心強さが、ありがたかった。
エセラインの哀しみを、一緒に分かち合いたいと、思ってしまった。
「……ぁ」
菫色の瞳と、目が合う。多分自分は、凄く真っ赤で。
唇を震わせて、吐息を吐き出す。息が、濡れた唇の表面を擽った。
エセラインが、ゆっくりと身体を離す。探るような視線に、ゾランはぐっと唇を結んだ。
自分の中にある小さな気持ちの欠片は、すべて一つのことを示していて。エセラインはそれを、自分に向けてくれている。
息を呑み込み、腕を伸ばす。肩に回された手に、エセラインは驚いて目を見開いた。
瞼を閉じる。
エセラインの蕩けそうな笑みを見られなくなるのは、少し残念だったけれど、それ以上に恥ずかしかった。