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第18話 触れる想い


「はぁ……良いお湯……」


 湯船に浸かりながら、ゾランはホッと溜め息を吐き出した。乳白色の温泉は、ややトロンとしたとろみがあって、入っているだけで気持ちがいい。


(ラウカ……ちゃんと休んだかな)


 ラウカの滞在している場所がどんな場所かは知らないが、ちゃんと休めているだろうか。今回は、ラウカに本当に世話になってしまった。ここではゆっくり会う時間はなさそうだが、首都に戻ったら改めてお礼をしたいと、ゾランは思った。


「……それにしても」


(エセラインがここに来ているってことは、手紙は読まなかったのかな? それとも、読んだうえで、こっちに追いかけて来たのかな……)


 いずれにしても、道を塞いでいた土砂災害の影響で、到着が遅れたのだろう。ラウカの存在にも助けられたが、それ以上に、エセラインを見た時にホッとしてしまった。屋敷が崩落した時は、生きた心地がしなかったが――……。


(……俺、グラゾンに来てから、エセラインのことばっかり、考えてるな)


 それがおかしくて、何だか笑ってしまった。


 風呂から上がり部屋に戻ると、ベッドの上に座ってくつろいでいるエセラインの姿があった。その様子に、ゾランの心臓がドキリと跳ね上がる。


(そう言えば、相部屋だったっ……!!)


 すっかり忘れていたが、相部屋だったのだ。部屋の入り口に立ったまま、どこに座るべきか悩んでソワソワしてしまう。


「なんだ、そんなところに突っ立って」


「うっ……。うん」


 バクバクと、心臓が鳴る。エセラインが薄く笑っている。


(くそ……)


 ゾランはそっと、ベッドの端に腰かけた。微妙な間合いに、エセラインが何か言いたげな顔をした。


「こっ……、こっち来たんだな。嵐、大変だっただろ?」


「ああ――あんなに、足止めされるとは思わなかったよ」


「無理に来なくても大丈夫だって、手紙見なかったの?」


「見たよ。見たけど――」


 ゾランのことが心配だったと、目が語っていた。その視線に、何事もなかったとは言い難く、ゾランの方も押し黙る。


「……ラウカも来てたのか」


「う、うん。縁のある土地なんだって」


「そうだったのか」


 なんとなく、会話がぎこちない。何か話しても、また止まってしまう。


「っと、でも事故もあったから、エセラインが来てくれて良かったかも。取材、全然出来てなくて――」


 エセラインが不意に立ち上がった。ビクッと肩を揺らすゾランの、すぐ隣に座りなおす。


「あ、あ……、あの」


 体温を感じるほどの距離に、ドクドクと心臓が鳴る。菫色の瞳が、ゾランの瞳を覗き込んだ。


「そんなに、緊張するなよ」


「っ――、そう、だけど……」


 困ったように笑うエセラインに、心音が余計にうるさくなる。体温も、上がった気がした。


「心配した。お前が、行方不明だって聞いて……」


「う、ん……。俺、も……、ちょっと、不安だった……」


「……良かった。何事もなくて……」


「うん――……」


 エセラインの手が、ゾランの手に触れた。ビクリ、震える指を、捕らわれる。指先をなぞるように触れられ、心音が早くなる。


「エセ……っ」


「ゾラン」


 気づけば、すぐ傍に、エセラインの顔があった。


「嫌なら、言ってくれ」


「っ――」


 嫌か、なんて。


 あのデートの日から、ずっと考えていた。


「あ……」


 エセラインの指が、頬に触れる。前髪が触れ合って、額を擽った。


 エセラインと一緒にいると、鼓動がはやくなるのだ。


 服が触れ合うだけで、体温が高くなるのだ。


 鼻先が擦れる。エセラインの瞼が伏せられ、長いまつ毛が頬に陰を落とす。


「――」


 ギシリ、体重のかかったベッドが、静かに軋む。触れ合った服が、擦れて音を立てた。


 エセラインが、自分の記事を読んでいると知った時、嬉しかった。


 心配して、怒ってくれるのが、嬉しかった。


 一緒に食事をすると、弾む会話が楽しかった。


 ゾランがしたいことを、補ってくれるような心強さが、ありがたかった。


 エセラインの哀しみを、一緒に分かち合いたいと、思ってしまった。


「……ぁ」


 菫色の瞳と、目が合う。多分自分は、凄く真っ赤で。


 唇を震わせて、吐息を吐き出す。息が、濡れた唇の表面を擽った。


 エセラインが、ゆっくりと身体を離す。探るような視線に、ゾランはぐっと唇を結んだ。


 自分の中にある小さな気持ちの欠片は、すべて一つのことを示していて。エセラインはそれを、自分に向けてくれている。


 息を呑み込み、腕を伸ばす。肩に回された手に、エセラインは驚いて目を見開いた。


 瞼を閉じる。


 エセラインの蕩けそうな笑みを見られなくなるのは、少し残念だったけれど、それ以上に恥ずかしかった。







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