大通りまでやって来て、ゾランは足を止めてエセラインを見上げた。ゾランはクレイヨン出版社の方へ戻るつもりだったし、エセラインの方は二番街に用事があるらしい。本来ならここでお別れの予定だが、なんとなく離れがたい気持ちになっている。
「えっと……」
指を絡ませ、互いに握り合う。恋人になると、こうも感情が変わるものなのか、自分でも戸惑ってしまう。
「もう少し、話す?」
「う、うん」
もう少しだけ一緒に居たいと、エセラインの方も想ってくれているのだろう。ゾランは時間的に余裕があるため、二番街の方へ移動しながら話を続ける。他愛のない話なのに、何故だか会話は良く弾んだ。
しばらくそうやって歩いていると、店先に大きな籠を出している店舗が目に入った。何度か足を運ぼうと思っていたものの、結局来ることのなかった魔法屋だった。
「あ。魔法屋さん。こんなところにあったんだ」
今となってはラドヴァンから譲り受けた魔法でいっぱいなので、覚える隙間はないのだが、都会の魔法屋というものは少なからず興味が湧いた。ゾランのいた村では、魔法を専門に売る魔法屋というものはなく、個人でやり取りをするか、雑貨屋が扱っていた。雑貨屋の店主が魔法ランク3の魔法使いで、スロットが多かったのだ。魔法を売りたい人間は、金を受け取って店主に魔法を譲渡し、魔法を買いたい人間は金を払って魔法を譲渡して貰うという仕組みだった。都会の魔法屋では、扱う魔法が多いため、空きスロットの多い人を従業員として雇い、譲渡すると聞いていた。そのため、店先にあった籠が何なのか、気になったのだ。
「これ、何だろう。石? みたいな」
「――魔法石だ」
エセラインの表情が曇った。籠の中に大量にあったのは、半透明の歪な形をした石だった。赤や青、緑など、様々な色をしており、平たく丸みのある形をしている。手に持ってみれば、ヒヤリと冷たい感触と共に、魔法を譲渡する際特有のピリリとした感触が走る。ゾランは手にしていた魔法石に『跳躍』の魔法が込められていると感じた。
「え? 魔法?」
よくよく見て見れば、籠の傍に『魔法石大量入荷』と書かれている。
「あまり触ると、うっかり魔法を取得するぞ。っと、スロットは今は空いてないんだったか」
ゾランの手から魔法石を抜き取り、籠に戻す。ゾランはそれを視線で追う。
「なあ、魔法石って?」
「ゾランは、見たことなかったか。文字通り、魔法が詰まった石のことだよ。……人は死ぬと、ごく稀に所有していた魔法を、魔法石として残すことがあるんだ」
「えっ」
初耳だった。ゾランの住んでいた田舎では、そんなことがあるとは聞いたことがない。逆に言えば、それだけ『稀』だということだろう。希少なはずの魔法石が、大量に入荷されているということに、少なからず疑問が湧くが、それは口にしなかった。なんとなく、死んだ後に残るという事実に、不気味なものを感じる。
「希少な魔法だと、残ることが多い。家系魔法もその一つだ。……俺の『氷晶』も、家系魔法だ」
「そう、なんだ……」
「家系魔法を持つ家は、大体祖先の残した魔法石を取得せずに持ってるんだ。所有していると、その家に家系魔法が発生しやすくなるらしい。迷信かも知れないが、実際、家系魔法の発現率は高いな」
「へえー。なんだか、不思議だね」
家系魔法を持つような大きな家は、ゾランには馴染みがない。魔法石の存在を知らなかったのもそのせいだろう。エセラインの『氷晶』を見たことがあるが、美しい魔法だった。あれは、家系魔法だったらしい。
「妹が……。残したんだ。魔法石」
「あ……」
ゾランは、エセラインが顔を曇らせた理由を知って、瞼を伏せた。『宵闇の死神』に殺されたエセラインの妹が、家系魔法である『氷晶』を残したのだろう。形見でもあるが、死んだ証でもある魔法石に、複雑な想いがあるのだろう。ゾランは話題を変えようと、顔を上げた。
「エセライン、そろそろ行こう――あっ……」
そろそろ立ち去ろうと促そうとして、ゾランは通りの向こうに立つ人物に気がついた。白い革のコートを羽織った、赤い髪の青年。ラウカの方もゾランに気がついたのか、黄金の瞳を僅かに細めた。長い髪をなびかせ、ゾランたちの方へと近づいてくる。
「ラウカ」
「やあ、ゾラン。それに――エセライン、だったか」
「どうも」
軽く挨拶を交わす。ラウカと逢うのはグラゾン以来だ。
「クレイヨン出版社も魔法石に注目しているのか?」
「え? えっと」
魔法石の話題を振られ、話題を逸らそうとしたところだったとは言えず、ゾランは曖昧に言葉を濁した。代わりに、エセラインが答える。
「魔法石の流通が増えて居るんですね」
「ああ。隣国の戦争の影響だな。それにしても、随分多い……」
ラウカの言葉で、ゾランは隣国であるリオン国から魔法石が入ってきているのだと気がついた。戦争では、大量に人が死ぬ。その結果が、この魔法石なのだと思うと、ゾッとした。ラウカも顔を顰めて魔法石を眺めている。どんな確率で魔法石が生み出されるのか知らないが、恐ろしい数の人間が亡くなっているに違いない。
「ラウカも、魔法石に注目してるんですか?」
「ああ。魔法石そのものというわけではないがな」
それは、魔法石が生み出される原因を指しているのだろう。戦争の話題であれば、社会面になる。テオドレが詳しいかも知れない。暗い気持ちになりかけたゾランは、気持ちを切り替えるために話題を変えた。ラウカに連絡する手段がなく先送りになっていたが、グラゾンでの件で、お礼をしたいと思っていたのだ。
「あの、グラゾンではお世話になりました。お礼をしたいと思ってたんですが、食事はいかがですか?」
「ああ。気にしなくていいぞ。お互い様だったしな。まあ、食事の誘いなら、喜んで受けるが」
ニッと笑うラウカに、ホッと胸を撫でおろす。あの一件以来、ラウカの心証は悪くないようだ。ゾランの名前も覚えて貰えたようだ。連絡先はどうすれば良いのか確認すると、冒険者ギルドに伝言してくれと言われた。拠点を明かさないラウカの連絡手段は、冒険者ギルドだったらしい。
「都合が良い日が出来たら、連絡しよう。それじゃあな」
「はい。ありがとうございました」
ラウカの背を見送り、吐息を吐き出す。なんとなく、緊張していたのだと気づいた。
「ラウカとデートか」
「そんなんじゃないって」
黙って聞いていたエセラインが、拗ねたように口を開く。
「解ってる。まあ、憧れの人と初めての食事だもんな。楽しんできて」
「うん。ありがとう」
ゾランが微笑むと、エセラインは薄く笑って額にキスを落とした。