仕事も順調、恋も順調と、良いことばかりだ。ついでに、憧れの人であるラウカとお礼を兼ねた食事の約束が出来たことも大きいだろう。ゾランの目標に、また一歩近づいたような気がする。
仕事を終えて『クジラの寝床亭』に戻って来たゾランは、そのまま夕食をダイナーで取ることにした。ダイナーは相変わらず盛況で、ミラとアロイスはせわしなく働いている。カウンター席に座ってビールを飲みながら軽くつまみを頼んだ。自家製のソーセージにチーズ、豚肉の煮込みを薄切りにしたパンに載せたもの。
時折、ミラやアロイスとおしゃべりしながら飲んでいると、程よく腹も満たされる。もう少し飲もうか迷っていると、店が落ち着いたようでアロイスが声をかけて来た。
「ゾラン、今日は時間あるかい? モデルをやってくれるって件」
「今から? 良いけど、ここでも良いかな」
エセラインに、部屋で二人きりにならないように言われている。アロイスは問題ないと答え、ミラを振り返った。
「ミラ、店の端の方を借りても良いかな。邪魔にならないようにするから」
「良いわよ。今日はもうお客さんも来ないだろうし、早めに上がって描かせて貰ったら?」
「ありがとう」
サービスで出してもらった、赤ワインをジンジャーエールで割ったカクテルを片手に、店の隅へと移動する。丸テーブルの席に着いて待っていると、ほどなくしてスケッチブックを片手にアロイスがやって来た。
「それスケッチ? ちょっと見せて」
「良いよ」
スケッチブックを受け取り、パラパラとめくる。静物のスケッチから、町のスケッチ。ミラやマルガリータのスケッチもある。力強いタッチで、かなり上手い。
「へえ……! すごい、上手だね」
「ありがとう。いずれ絵で食えるようになりたいんだ。ゾランのスケッチも見せてよ」
「え? 俺のは……。そんなにうまくないんだけど」
そう言いながら、ゾランは鞄から手帳を取り出す。ゾランの絵は、新聞の片隅に掲載するような小さな絵が多い。スケッチブックではなく、手帳の片隅に描くことが多かった。アロイスが受け取り、パラパラと捲る。
「良いね。ゾランは食べ物が得意みたいだ」
「食べるのが好きだからかな。ありがとう」
画家を目指すアロイスに良いと言われ、少しだけ嬉しくなる。手帳を受け取ろうと、手を伸ばした時だった。ゾランの手と、アロイスの手が触れる。
「っ……!?」
ピリリ。魔法を感知する独特の信号が、ゾランの身体を駆け抜ける。と、同時に、何かを覗かれるような、不快な感覚が身体を駆け巡った。
「っ、ちょっと!」
「あっ、ごめん、つい」
ゾランは手をひっこめ、アロイスを睨む。
「魔法を覗くのはマナー違反だ」
「ゴメン、癖で。悪かったよ。ゾランはランク2魔法使い? でもスロットが大きいね」
「……」
悪びれる様子もなく、アロイスがそう言う。ゾランはムッと唇を結んだ。
一瞬触れた時、アロイスの魔力がゾランのナカを覗き込んだ。他人の魔法を見るのは違法ではないが、マナーとして通常は行わない。親しい相手でも、魔法の構成は知らないものだ。ゾランの様子に気づいたミラが、呆れた様子でやって来る。
「あんた、またなの? アロイス」
「ああ、ミラ。そうなんだ。つい」
「ごめんよゾラン。悪気はないみたいなんだけど、アロイスは少し特殊な出でね」
ミラによれば、アロイスは元々、金貸しの元で働いていたらしい。その際、債務者が支払いできないときに魔法を金に変えるために魔法を覗くことを日常的にやっていたようだ。魔法譲渡は本人の意志でしか行えないが、魔法を覗くことは出来る。有用な魔法があれば高く売るか、戦闘が出来そうなら戦わせて稼がせる。そんなふうな仕事だったらしい。
「なるほど……。そういう仕事もあるんだね。でも、勝手に覗いたりはしたら駄目だよ。特に冒険者は、切り札だったりするんだからさ」
「あはは。ごめんよ。まあ、借金する人も、冒険者が多かったんだけど」
と笑うアロイスは、あまり反省しているように見えず、ゾランはため息を吐いた。