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第6話 カフェオレに不満をひとつまみ



「おはよう、ゾラン! 今日もいい天気だね」


 昨夜のことなどまるでなかったかのように、いつも通り明るく挨拶をするアロイスに、ややげんなりしながらゾランは「おはよう」と返事をする。


「いつもので良いよね?」


「あー……、今日はカフェオレにしようかな。それと、ベーグルとソーセージで」


「そう? 解ったよ」


 ゾランは毎朝、モーニングコーヒーセット――オリジナルブレンドのコーヒーと、サンドイッチのセットばかりだが、アロイスに「いつもの」と言われて反発する気持ちがわいてしまった。


(うーん。俺、ちょっとイラついてるのかな……)


 アロイスのデリカシーのなさに、げんなりしているのかも知れない。当の本人は、自分がしたことなど忘れているようで、いつも通りだ。


 自分の心が狭いのだろうかと、少しだけモヤモヤした気持ちになる。


 そうやっているうちに、いつの間にかエセラインがやって来て、向かいの席に座った。


「おはよう、ゾラン。どうした?」


「あ、エセライン。おはよう。……ちょっとね」


 こんなこと、エセラインに言うべきではないだろう。取り繕うゾランに、エセラインは少し気になった様子だったが、追求はしてこなかった。


「あ、エセラインもおはよう。今日は何にする?」


 アロイスがカフェオレを片手にテーブルに近づく。


「なんだ、席に着くと同時に持ってきたのかと思ったのに、違うのか」


「残念。これはゾランのだよ。カフェオレだね? ちょっと待ってね」


「気が利くようになったのかと思ったよ」


 肩を竦めて軽口を言うエセラインに、ゾランは無言でカフェオレを啜る。


(なんか、ちょっと仲良くなってる……?)


 エセラインはアロイスを嫌っていたわけではない。ゾランと下宿先が一緒というだけで、少しだけ嫉妬していただけである。


 二人が笑う姿を見て、ゾランは胸がモヤモヤするのを感じた。


(う。人のこと言えないな……)


 自己嫌悪を表に出さないように、ゾランは小さくため息を吐いた。




   ◆   ◆   ◆




「今日は図書館に行ってみようと思って」


「ああ、そうなのか」


 カシャロにある王立図書館は、市民ならば誰でも利用することが出来る。巨大な図書館は、まるでミュージアムのように美しく荘厳な造りで、蔵書も国一番を誇っている。


 ゾランの田舎では図書館などはなく、学校に少しの本があるのと、たまに行商の貸本屋が本を貸すために訪れているだけだ。カシャロに移住してからも、なにかと忙しくて行ったことはなかった。


 カシャロで働いているゾランにも、市民権はあるので、問題なく利用できるはずである。ちなみに、同じく働いていると言っても、冒険者には市民権が与えられていない。ギルドが作られてまだ歴史が浅いこともあり、そういう部分では、冒険者は自由だが保証のない職業だ。


「グラゾンの歴史とか、ちょっと興味あってさ」


「ゾランの場合、単純な歴史じゃなくて、ラウカが絡んでいるからだろ。まあ、好きなものに一直線なのは、ゾランの良いところだけど」


「それ、褒めてないだろ」


 連れだって歩きながら、ゾランは口を膨らませた。エセラインはカラカラと笑っている。


「帰りは冒険者ギルドに寄ろうと思う。ラウカの伝言があるかもしれないから、定期的に見ておかないと」


「そうか。それなら、今度パーティー申請しておこうか? 俺の方がギルドに顔を出すし。一緒のパーティーなら、伝言を代理で預かれる」


「ああ、それ良いかもね」


「パーティー登録するなら、テオドレも誘っておくか。まだ出張から帰らないんだっけ?」


「明後日に帰るって、ルカが言ってたよ」


 テオドレに対してあった苦手意識は、今ではほとんどない。ゾランにとっては良い『先輩』で、良き兄貴分でもある。冒険者に対して怖いイメージが多かったが、自分も成長したのだろうなとゾランは実感した。


「あの二人、なんだかんだ仲良いよな」


「そうだね。ルカって社長の秘書のはずなのに、テオドレのサポートも結構してる印象ある」


 エセラインとこういう他愛のない話をするのが、最近ゾランは以前よりずっと楽しくなったと思う。何時間でも喋って居られそうだし、なかなか離れがたくなる。隣を歩くエセラインの横顔を見つめながら、幸せを噛み締める。先ほどまでモヤモヤしていた気持ちが、いつの間にか消えてなくなったように思えた。


「将来はテオドレが社長になったりして」


「うわー、会社傾きそう」


「まあ、それはルカが居るから」





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