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第8話 想い新たに



 グラゾンのことは、思ったよりも多く資料が残されていなかった。数行しかなかった古代の話以外にはめぼしい情報はなく、ゾランはせっかく入館証まで作ったので他の資料を読むことにした。


(『宵闇の死神』の情報、クレイヨン出版社の資料室以外には見たことないんだよね)


『宵闇の死神』に関する情報は、多くが新聞の中に記載されていた。書籍として編纂されたものもあるようだが、『実際する殺人鬼・『宵闇の死神』』や『『宵闇の死神』は義賊か殺人鬼か?』などというタイトルの、ちょっと怪しいムックがあるばかりで、情報源もあやふやな書籍が多かった。ゾランはそちらには手を付けず、過去の新聞記事を引っ張り出して読むことにした。


(最初の事件は『アルグ男爵家惨殺事件』――……。男爵家の人間が、使用人を含めてすべて惨殺され、屋敷を燃やされた事件か……)


 当初、アルグ男爵への個人的な恨みだろうと考えられていたこの事件は、男爵家の地下から拷問部屋らしい痕跡が見つかったことでよりセンセーショナルに報じられた。敷地内からは多くの人骨が見つかったことから、アルグ男爵のスキャンダルとして報じられたのだ。この事件の印象が強く、『宵闇の死神』は世間で義賊と考えられることが多いらしい。アルグ男爵は裏の仕事――つまり、暗殺や拷問などをしていた家門だという噂が広がり、寄り親であるウルス侯爵にもそのことが飛び火し、非難を受けている。


(ウルス侯爵か……確か、カシャロ社新聞社賞の授賞式であった人だよね。貴族院を纏めてる、トップの人だとか)


 でっぷりとした腹を揺らした、眼光の鋭い老人だったと記憶している。ゾランのような末端の新聞社の人間にも気さくに話しかけてくれた人だ。指を覆い隠すほどに巨大なパープルサファイアが印象に残っている。


(ウルス侯爵を非難する声は、あちこちに飛び火したみたいだ。まあ、侯爵も災難だったというわけかな)


 アルグ男爵が暗殺者の家門だという不名誉な噂は、根も葉もない噂に過ぎないと貴族たちが口々に言ったことにより一応の終息はしたようだ。だが、噂が完全に消えることはなく、しばらくの間は面白おかしく騒がれたらしい。さらに、この事件をきっかけに、ウルス侯爵を巡る小さな汚職がいくつか明らかになった。侯爵は古くから王家に使える貴族ゆえに、大きなお咎めとはならなかったようだが、代わりにいくらかの財産を手放し、大きな公共事業から手を引くことになったようだ。ウルス侯爵の身代が揺らぐような事態にはならなかったようだが、事件の影響は大きかったと言える。


(『宵闇の死神』の話は、単純な連続殺人事件ではないみたいだ)


『宵闇の死神』の死神のもたらす影響は計り知れない。多くの汚職や不正を暴き、裁きを下しているからこその、『ダークヒーロー』なのだ。


 ゾランは、『宵闇の死神』がどんな情報網を持って、これだけ多くの不正を暴き続けているのか、少し不思議になった。そして、『宵闇の死神』が暗躍することによって、今この瞬間も、悪事を働く人間は、彼の存在を恐れているのだ。


 ゾランの脳裏に、ソングリエで出会った『宵闇の死神』の姿が、ゆらりと陽炎のように思い出された。


「あっ、あったよ」


「馬鹿。大声出すな」


 不意に響いた少年らの声に、ゾランはハッとして現実に引き戻された。アカデミーの制服を身に纏った少年たちが、冊子のバックナンバーを片手に笑みを浮かべている。いそいそとページを捲る様子に、ゾランは思わず視線を向ける。


(あ――)


 見覚えのある表紙に、ドキリとした。クレイヨン出版社が出している旅行記の、バックナンバーだ。ゾランたちが作った旅行記を、少年らが一生懸命覗き込んでいる。


 ゾランはその様子に、思わず口元に笑みを浮かべた。旅行記を見て、少年らはどんな感想を抱くのだろうか。自分たちも旅行をしたいと、旅に憧れを抱くのだろうか。それとも、外にはこんなにいろんな場所があるのだと、共感してくれるのだろうか。


(俺たちの作った旅行記は、彼らを旅に連れて行ってくれるだろうか)


 彼らが目を輝かせながら旅行記を読む姿は、ゾランにとって大きな励みになった。迷うこともあるけれど、きっとやって来たことは無駄ではないし、誰かにとっては大切なものになる。かつて、ゾランをカシャロへ導き、記者の道に歩ませたラウカのように。


 ゾランもきっと、誰かの背中を押すことが出来るはずだ。






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