図書館を後にしたゾランは、冒険者ギルドの方へと足を運んだ。冒険者登録をしたものの、今のところゾランはそれほど冒険者ギルドに用事はない。今のところ生活欄の記事と、旅行記でいっぱいいっぱいで、冒険者の記事をかくに至らないのだ。
(でもまあ、いつかは冒険者の記事も書いてみたいよね)
花形の記事は、何と言っても冒険者の記事だ。彼らの活躍を書くのも、目標の一つだろう。
(ああ、でも。俺が書くとやっぱり、飯になっちゃうかもなあ。冒険者の勧める飯とか、冒険者の野営料理とか、冒険者の想い出の味とか……)
そう思いながら、(それはそれで、面白いかも?)なんて考えて見る。元冒険者が三人もいるのだ。クレイヨン出版社のメンバーにも、聞いてみたら面白いかも知れない。
扉を開き、カウンター席の方へと近づく。途中、ゾランに気づいた冒険者が「クレイヨン出版社の」、「旅行記読んでるぜ」などと声をかけて来る。ゾランは「ありがとう」と礼を言いながら、受付の女性に声をかけた。
「済みません。伝言を預かっていないか確認したいんですが」
「はい。確認しますのでライセンスカードをお貸しください」
「お願いします」
ライセンスカードを手渡すと、すぐに照会が行われる。
「……ゾラン・エリシュカさんですね。ラウカ・ハベルさんより一件、お預かりしております。少々お待ちください」
「あ、はい」
どうやら、ラウカからの連絡があったらしい。受付嬢の手続きを待ち、手紙を受け取る。
(えっと……今日の六時に、五番町の時計台広場か)
どうやら、さっそく時間を作ってくれたらしい。憧れの人ラウカと、二人で食事。一体どこに行こうかと、ゾランは逸る気持ちを抑えられず、ニマニマと口元を緩めた。
◆ ◆ ◆
時計台広場で待っていると、時間丁度にラウカが現れた。白いコートと赤く長い髪をなびかせ、皮肉気な笑みを浮かべている。
「ラウカ!」
「ああ、ゾラン。招待ありがとう」
ニッと笑うラウカに、ゾランはほぅと息を吐き出す。自分でも思ったより、緊張しているようだ。
「ラム肉の美味しいお店があるんです。そこで良いですか?」
「良いね。羊肉は好物だよ」
ラウカを連れ、近くにあるラム肉専門店へと行くことにする。レア感が残るように焼き上げられたラムラックは、パサつきもなく非常にジューシーなのが売りだ。ゾランたちはハーフラックでラム肉を注文し、ワインも開けた。カシャロ近郊で育った肉質の良いラムは、臭みもなく柔らかい。
「うん。良い味だ。市内の店はあちこち行くんだが、まだまだ知らない店があるな」
「ラウカでも、知らない店がある?」
「ああ。こう大きい都市だと、移り変わりも多い。ヌードルの店なんか増えているが、あれは移民料理だろう?」
「確かに、気がつくと色んな店が出来てますよね」
ワインを啜りながら、他愛ない話をする。ラウカは良く食べ、良く飲む男だった。
「あの……。グラゾンでのこと、ありがとうございました。俺一人だったら、無事に帰ってこられたか……」
「それはお互い様さ。それに、オレが銃で脅したりしてなきゃ、崩落に巻き込まれなかったかもしれない」
肩を竦め、ラウカはワインを啜る。
「……銃、珍しいですよね」
「ああ。冒険者時代は、槍を使っていた。今は街中で過ごすことが多いからな。槍じゃ常に携帯できないし」
「ああ――」
その言葉に、納得して頷く。ラウカは、恨みを買うことが多い。護身のための武器を忍ばせるのに、銃は丁度いいのだろう。コートの中に隠すことが出来て、ナイフなどよりも殺傷能力が高い。そして、飛び道具でもある。大きな音は、威嚇にもなるのかも知れない。
「今も、狙われることがあるんですか?」
ゾランの言葉に、ラウカは言葉を選んでいるようだった。少し間を開けて、小さく頷く。
「まあ、昔ほどじゃあない。だが、ゼロにはならんね。オレたちの仕事は恨みを買うことも少なくないが、オレは特別に多いようだ」
「俺は、ラウカの記事は正しいと思ってます。その……。真実を書くのが、記者でしょう?」
ラウカが喉の奥でクッと笑う。
「若いねえ。まあ、現実問題、理想だけじゃどうにもならないさ。それでも、出来るだけ――真実を書こうとは思うがね。それも、難しい」
「そう、なんですか?」
「ゾラン、お前にとって、真実ってのはなんだ?」
「え?」
急に問いかけられ、言葉に詰まる。
「真実なんてものは、脆いもんだ。誰かにとって真実でも、他の誰かにとってはそうとは限らない」
「そう、でしょうか……」
「ああ。だから、オレらは――真理を求めるのさ」
「真理……」
言葉の意味を少しでも理解しようと、ゾランは真剣にラウカの言葉を聞く。今は解らないことでも、いつかは解るかもしれない。ラウカの言葉の本質を、ゾランは数パーセントも解らないかも知れない。けれど、解りたいと思っていた。
ふと、眼鏡の穏やかな青年のことを、思い出す。彼もまたラウカと志を同じくし、真理を探していた青年だった。
「あの」
「なんだ?」
「ヴェリテは――ヴェリテ・スクは、元気ですか?」
ゾランの問いかけに、ラウカの瞼がピクリと反応した。
「――」
「俺、あれからヴェリテには逢えていないんです。彼は今も?」
「……居ないよ」
ラウカの言葉に、ゾランは「え?」と言葉を詰まらせた。
「もう、ラウカ社には居ないんだ」
陰りを見せたラウカのその言葉に、ゾランはそれ以上言葉を紡げなかった。