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第9話 ラウカとのデート




 図書館を後にしたゾランは、冒険者ギルドの方へと足を運んだ。冒険者登録をしたものの、今のところゾランはそれほど冒険者ギルドに用事はない。今のところ生活欄の記事と、旅行記でいっぱいいっぱいで、冒険者の記事をかくに至らないのだ。


(でもまあ、いつかは冒険者の記事も書いてみたいよね)


 花形の記事は、何と言っても冒険者の記事だ。彼らの活躍を書くのも、目標の一つだろう。


(ああ、でも。俺が書くとやっぱり、飯になっちゃうかもなあ。冒険者の勧める飯とか、冒険者の野営料理とか、冒険者の想い出の味とか……)


 そう思いながら、(それはそれで、面白いかも?)なんて考えて見る。元冒険者が三人もいるのだ。クレイヨン出版社のメンバーにも、聞いてみたら面白いかも知れない。


 扉を開き、カウンター席の方へと近づく。途中、ゾランに気づいた冒険者が「クレイヨン出版社の」、「旅行記読んでるぜ」などと声をかけて来る。ゾランは「ありがとう」と礼を言いながら、受付の女性に声をかけた。


「済みません。伝言を預かっていないか確認したいんですが」


「はい。確認しますのでライセンスカードをお貸しください」


「お願いします」


 ライセンスカードを手渡すと、すぐに照会が行われる。


「……ゾラン・エリシュカさんですね。ラウカ・ハベルさんより一件、お預かりしております。少々お待ちください」


「あ、はい」


 どうやら、ラウカからの連絡があったらしい。受付嬢の手続きを待ち、手紙を受け取る。


(えっと……今日の六時に、五番町の時計台広場か)


 どうやら、さっそく時間を作ってくれたらしい。憧れの人ラウカと、二人で食事。一体どこに行こうかと、ゾランは逸る気持ちを抑えられず、ニマニマと口元を緩めた。




 ◆   ◆   ◆




 時計台広場で待っていると、時間丁度にラウカが現れた。白いコートと赤く長い髪をなびかせ、皮肉気な笑みを浮かべている。


「ラウカ!」


「ああ、ゾラン。招待ありがとう」


 ニッと笑うラウカに、ゾランはほぅと息を吐き出す。自分でも思ったより、緊張しているようだ。


「ラム肉の美味しいお店があるんです。そこで良いですか?」


「良いね。羊肉は好物だよ」


 ラウカを連れ、近くにあるラム肉専門店へと行くことにする。レア感が残るように焼き上げられたラムラックは、パサつきもなく非常にジューシーなのが売りだ。ゾランたちはハーフラックでラム肉を注文し、ワインも開けた。カシャロ近郊で育った肉質の良いラムは、臭みもなく柔らかい。


「うん。良い味だ。市内の店はあちこち行くんだが、まだまだ知らない店があるな」


「ラウカでも、知らない店がある?」


「ああ。こう大きい都市だと、移り変わりも多い。ヌードルの店なんか増えているが、あれは移民料理だろう?」


「確かに、気がつくと色んな店が出来てますよね」


 ワインを啜りながら、他愛ない話をする。ラウカは良く食べ、良く飲む男だった。


「あの……。グラゾンでのこと、ありがとうございました。俺一人だったら、無事に帰ってこられたか……」


「それはお互い様さ。それに、オレが銃で脅したりしてなきゃ、崩落に巻き込まれなかったかもしれない」


 肩を竦め、ラウカはワインを啜る。


「……銃、珍しいですよね」


「ああ。冒険者時代は、槍を使っていた。今は街中で過ごすことが多いからな。槍じゃ常に携帯できないし」


「ああ――」


 その言葉に、納得して頷く。ラウカは、恨みを買うことが多い。護身のための武器を忍ばせるのに、銃は丁度いいのだろう。コートの中に隠すことが出来て、ナイフなどよりも殺傷能力が高い。そして、飛び道具でもある。大きな音は、威嚇にもなるのかも知れない。


「今も、狙われることがあるんですか?」


 ゾランの言葉に、ラウカは言葉を選んでいるようだった。少し間を開けて、小さく頷く。


「まあ、昔ほどじゃあない。だが、ゼロにはならんね。オレたちの仕事は恨みを買うことも少なくないが、オレは特別に多いようだ」


「俺は、ラウカの記事は正しいと思ってます。その……。真実を書くのが、記者でしょう?」


 ラウカが喉の奥でクッと笑う。


「若いねえ。まあ、現実問題、理想だけじゃどうにもならないさ。それでも、出来るだけ――真実を書こうとは思うがね。それも、難しい」


「そう、なんですか?」


「ゾラン、お前にとって、真実ってのはなんだ?」


「え?」


 急に問いかけられ、言葉に詰まる。


「真実なんてものは、脆いもんだ。誰かにとって真実でも、他の誰かにとってはそうとは限らない」


「そう、でしょうか……」


「ああ。だから、オレらは――真理を求めるのさ」


「真理……」


 言葉の意味を少しでも理解しようと、ゾランは真剣にラウカの言葉を聞く。今は解らないことでも、いつかは解るかもしれない。ラウカの言葉の本質を、ゾランは数パーセントも解らないかも知れない。けれど、解りたいと思っていた。


 ふと、眼鏡の穏やかな青年のことを、思い出す。彼もまたラウカと志を同じくし、真理を探していた青年だった。


「あの」


「なんだ?」


「ヴェリテは――ヴェリテ・スクは、元気ですか?」


 ゾランの問いかけに、ラウカの瞼がピクリと反応した。


「――」


「俺、あれからヴェリテには逢えていないんです。彼は今も?」


「……居ないよ」


 ラウカの言葉に、ゾランは「え?」と言葉を詰まらせた。


「もう、ラウカ社には居ないんだ」


 陰りを見せたラウカのその言葉に、ゾランはそれ以上言葉を紡げなかった。






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