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第16話 スケッチ旅行


 翌日、クレイヨン出版社の来客用のソファに座って、ゾランはエセラインに資料を拡げて見せた。この席は日当たりの良い窓側に設置されているが、クレイヨン出版社には来客がないため、実際は会議用の机と化している。


「次回の旅行記のテーマは、ずばり『スケッチ旅行』!」


「スケッチ旅行?」


「そう! 名所を巡りながらスケッチをして、歴史と文化に触れ合う。ついでにその土地のギャラリーを巡ったりしたら、良い企画になると思わない?」


 ゾランの提案に、エセラインは資料を捲って「なるほどね」と頷いた。


 カシャロで流行っている絵画ブームは、しばらく続くだろう。街を歩けば名所という名所に、スケッチをするために張り付いている人たちが溢れている。時計台広場などはずらりとスケッチブックをかかえた人で溢れて、ちょっと異様な光景にも思えるくらいだ。


「カシャロでの絵画ブームは過熱気味でもあるし、今かなり旬の話題なんじゃないかな」


「確かにな。それに、それを外に向けようって導線は良い気がする。他の人が描いていない題材や、モチーフも良いし、スケッチの為の旅行って目的も、今までなかったしな」


「だよね!」


 ゾランはエセラインの反応に大きく頷いて、テーブルの上に地図を広げた。


「この前は東に行こうかって話をしてたけど、マルコによると、東は紛争が起きていて治安が良くないみたいなんだ」


「そうなのか。確かに、最近情勢が悪いようなことは聞いていたが」


「で、ここなんか良いんじゃないかなと思うんだけど」


 そう言ってゾランが指示した場所は、先日話題に出したものの、特に名物も思いつかないといって一度は却下した古都グリユだった。


「グリユ?」


「うん。英雄ラモンタンが活躍した場所で、歴史的に古い古都。パッと思いつく名物はないけど、古くて整然とした街並みは美しいって聞くし、かつて国を護った城門なんか、スケッチの題材に良いんじゃないかな」


「――確かに。グリユには三百年前の街並みがそのまま残っている。戦争絵画や宗教絵画を見たことがあるが、質実剛健でどっしりとした建物は、見ごたえがあるかもな」


 先日とは、違う視点で話が進む。華やかな観光とは趣をかえ、スケッチ旅行となればそう言う学びの面が強くとも面白味があるだろう。もしかしたら、今回は旅行記の客層も大きく変わる可能性もある。


「じゃあ、グリユで進めて見よう! 英雄ラモンタンも食べた料理とか、あるかも知れないし!」


「古い店が多いからな。そういう触れ込みの店もあるかも知れない」


 ゾランたちはパンと手を合わせ、互いにニッと口元を緩ませた。


「グラゾンでは別々に出発したけど、今回は一緒に行こう」


「うん。今回の取材も、楽しみだね!」


「そうとなったら、俺たちも口だけじゃなく実践しないとな。スケッチブックを買いに行こう」


「ああ、確かに。実際にスケッチ旅行がどんなものなのか、やってみないとね。必要なものも解るだろうし」


「スケッチブック、鉛筆、絵の具、筆……。最低こんなものか?」


「うん。それだけあれば、なんとかなるんじゃない? 俺は、カメラも持っていくけどね」


 取材なのでカメラは持っていくが、一般への普及はまだまだ先だろう。カメラを持っているのは専用の職業人か、上流階級または金持ちくらいだ。カメラが安価になれば、また旅行の概念が変わるのだろうな、とゾランは漠然と思った。


「じゃあ、一緒に画材店に行こうか?」


 ゾランの手を取って笑うエセラインに、ゾランは頬を赤くして唇を曲げた。


「デートじゃないからね」


「解ってるよ」


 釘を刺したつもりだったが、エセラインは笑っていた。






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