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第20話 首都を暗躍する死神



 新聞を広げて、ゾランは眉を顰めた。カシャロ社の掲載した一面の記事には、大きな文字で『宵闇の死神、首都暗躍』の文字が躍っている。オルク社も同様に、トップ記事を差し替え『宵闇の死神』の登場をセンセーショナルに書き起こしていた。


「……『宵闇の死神』が、カシャロに……」


『宵闇の死神』が前回姿を現したのは、ゾランたちも遭遇したソングリエでのことだ。あれから二か月以上経っている。その間、『宵闇の死神』は一向に姿を見せていなかったが、ここに来て首都でまた犯罪を犯したようだ。記事によると事件は昨夜未明、襲撃場所は市内でも魔法を扱う、魔法屋だ。ゾランたちが一度行ったことのある魔法やではなく、貴族街にほど近い場所にある、希少魔法を扱う店だったようだ。いつものように関係者すべてを惨殺し、火を点けたようだ。


 新聞を拡げながら唸り声をあげていると、『クジラの寝床亭』の扉がカランコロンと音を立てて開いた。視線だけをそちらに向けると、どこか浮かない表情のエセラインがこちらに近づいてくる。


「おはよう……」


「おはよう、エセライン。どうかしたの? 顔色が良くないけど……」


 そう言って一度新聞を置いたゾランに、エセラインが視線を向ける。その視線が、吸い込まれるように新聞を見た。エセラインが息を呑んで新聞を掴む。


「っ……!」


 青い顔をするエセラインに、ゾランは「大丈夫?」と声をかけて座るように促す。エセラインは新聞をぎゅっと握ったまま、紙面を食い入るように見つめた。


「昨晩、襲撃が遭ったみたいなんだ」


「……やっぱり、そうだったのか……」


「やっぱり?」


 エセラインの唇がキュッと結ばれる。ゾランはてっきり、かたきでもある『宵闇の死神』がまた首都に現れたことに驚いているのかと思ったが、どうやら違うようだ。エセラインは一呼吸おいて、新聞をテーブルに置いた。先ほどまでエセラインが掴んでいた新聞は、寄れて皺が寄っている。


「昨晩、取材が長引いてな。九番街辺りを通ったんだ。そこで、アイツを見た気がする」


「アイツって――『宵闇の死神』!?」


 ゾランは思わず叫んで、ハッとして唇を閉ざした。誰かに聞かれたかと思ったが、ダイナーに集まる紳士たちは、センセーショナルな紙面に釘付けで、ゾランの話に気づいた様子はなかった。


「エセライン、『宵闇の死神』に逢ったの……?」


「多分、な……。ヤツと思わしき人物とすれ違った時、火薬の臭いがした。それに、すぐ近くで火の手があがったようだったから。恐らく、犯行後のアイツに出会ったんだと思う」


「――…」


 ゾランはもう一度、紙面のほうに視線をやった。魔法屋の店主及び家族、そしてその従業員。合計七名が殺されている。


(今でも、ちょっと思い出す……)


 ソングリエで遭遇した、『宵闇の死神』。あの時は、殺されるかと思った。ゾランたちはたまたま助かったが――。あの時、他の犠牲者と同じように、殺されていた可能性もあったはずだ。思い出して、ブルリと肩を震わせる。


「それにしても。何故、魔法屋なんだ……?」


 エセラインの言葉に、ゾランはオルク社の新聞を差し出した。『宵闇の死神』のターゲットとなるのは、いつだって汚職や不法なことをした人間たちだ。当然、人々は「また悪人が殺された」と想像する。そして新聞社も、それを前提に調査をする。今回は、オルク社の人間の動きが速かったようだ。


「魔法屋自体が怪しいという様子はないらしいけど、ここ最近、異常に魔法石が増えていることに言及してた」


「でもそれは、他の魔法屋だって同じだろう? 戦争の影響という話も、ラウカも言っていた」


「それが、希少魔法もかなり出ていたらしくて……。本当の狙いは、取引相手のシュヴァル男爵だったんじゃないかって話が出てる」


「シュヴァル男爵?」


「魔法石の、コレクターだったらしい。それから、コレ」


 ゾランはそう言って、ゾランの眉間の皺をもっとも深くさせた記事を差し出した。ラウカ社の号外記事。執筆したのは、ラウカ・ハベルだ。


 エセラインはラウカ社の新聞を受け取り、それを流し見て眉を寄せる。


「魔法石を抽出する、人体実験――?」


 紙面の内容は、こうだ。本来なら偶然の産物に過ぎない、魔法石の生成。人体の神秘と魔法の真理でもあるその構造を覆す、画期的かつ恐ろしい実験が行われていると――。ラウカによれば、魔法石の生成成功率は既に60パーセントを超えており、そのために数千人規模で人が殺されているらしい。普通なら、そんな規模での実験など、眉唾物だと一笑に付されるだろう。だが、根拠が指し示されていた。東部で起こっている大規模な戦争と、戦争で流れ着いている難民たち。彼らが、被害に遭っているという。


 事実として、東部から送られてくる負傷兵や難民たちは、カシャロに来る途中で忽然と消え去る。そして、それを主導しているのが――。


「魔法石コレクターとしても知られる、シュヴァル男爵……か」


「一応、疑問を投げかけただけにとどめているけど、ラウカは今まで根拠のない記事を上げたことがないから……」


「なにか、掴んでいるか……」


 今回のラウカ社の記事は、号外で出された。街角の至る所で、発行された新聞が配布され、多くの人の目に留まった。いつもの記事よりも早い風速で、大きな声で、拡散していったのだ。


 ゾランたちが新聞について議論していると、不意にガシャン! とグラスの割れる音が響いた。驚いて、カウンターの方に視線を向ける。アロイスがカップを落としてしまったらしい。慌ててグラスの破片を拾い集めている。


「大丈夫? アロイス」


「っ……、だ、大丈夫」


 大丈夫だと言っているが、アロイスは何処か落ち着かない様子だ。慌てていたらしく、割れた破片で指を切ってしまう。


「痛っ……!」


「あっ! 危ないな。ここは俺が片付けるから、手当してきたほうが良いよ」


「で、でも……」


「大丈夫だ。ここは俺たちに任せておけ」


「う、うん」


 エセラインもモップを片手に、拾いきれなかった欠片を片付ける。アロイスは戸惑っているようだったが、ミラにも促され、一度席を離れることになった。


「本当、なのかな」


「どうだろう。だが、もしそうなら、辻褄は合う」


 エセラインの言葉に、小さく頷く。いくら、戦争で人の死が増えていると言っても、魔法石の生成は奇跡の産物とも言える頻度でしか発生しない。大量に入荷する魔法石の陰に、人体実験があるのだとしたら――。


(少なくとも、記事のお陰で、人々に疑念は生まれたはずだ)


 そして、その根拠のように、魔法石は出回っている。


 ゾランは欠片を片付けながら、チラリと新聞に視線をやった。ラウカの記事は、大きな影響をもたらしただろう。その渦中にいる、シュヴァル男爵。『宵闇の死神』が襲撃した魔法屋と、その魔法屋に関係の深いとされる人物。


 このタイミングで記事が出たことは、果たして偶然なのだろうか。


(ラウカは、一体どこまで、何を知って居るんだろう……)


 ゾランはなんとなく、この記事が大きな波紋を投げかけたのだと感じていた。





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