(さっきのレットと誰かの話。一体何だったんだろう)
使用人さん達に身体をあちこち測られている中、手持無沙汰のわたしはさっきの事を考えていた。
バース公爵家と言えば、以前お父様に聞かされたわたし達の居る王国。その王家と親戚関係にあるっていう指折りの大貴族。レットがその公爵家の一員だっていうのは驚いた。そして、
(公爵家に居場所がない……か)
何があったかは分からない。でも居場所がないという言葉に少し思うところはあった。
わたしも、もし兄さんやお父様が家族だと言ってくれなかったら、受け入れてくれなかったら、そうなっていたかもしれないから。
「は~いそのまま腕を上げていてくださいまし。キツくありませんか勇者様?」
「いえ。大丈夫です」
「そうですか。では肩から腕にかけての寸法はこれで良しと」
「勇者様。胸に付ける飾り布はどちらがよろしいですか? 色合い的にはこちらをお勧めしますが」
「あっ!? そうですね」
いけないっ!? あんまり考え事ばかりしててもいけないよね。使用人さん達が口々に声を上げる中、わたしはいったん考えを横に置いて着替えに集中する事にした。
それからしばらくして、着替え終えて使用人さん達が去っていき、普段から付き添ってくれる侍女さん達だけになると、わたしは隣室で待っているレットを呼んだ。
するとレットはわたしを見るなり少しだけ感心したような顔をする。
「ほぉ~。これはこれは。良くお似合いですよユーノ様」
「そ、そうかな?」
今のわたしの格好は、普段着ている物とは違い白を基調にした聖国風の法衣に近かった。でもこれまでに他の人が着ていた物と違い、細かな装飾が多く華やかだ。それにとっても肌触りが良い。
「ええ。これなら神族様の御前でもどうにか失礼ではないでしょうね」
「どうにかって……もう少し他の言い方はないの?」
「神族様の前では、最低限失礼でない物より上はどれもそこまで大差はありませんよ。ヒトにとっての最高級の仕立てであろうとも、そこそこの上等な仕立てであってもね」
着替えを手伝ってくれた侍女さん達がちょっとだけムッとした顔をしたので、レットは慌てて最後に「勿論これは最高級の仕立てですが」と付け足す。
だけど、わたしはだんだんレットのそんな態度もあまり嫌いではなくなっていた。
普段は口調が丁寧な癖に時折微妙に口が悪くなるのも、兄さんと遊んでいた村の子供達が少し背伸びしてそれっぽく見せていた時の逆と思えばどうという事もない。
周りの勇者目当てで勝手にちやほやしてくる人達に比べれば、まだ
勿論今でもレットが兄さんにやった事を怒ってはいる。だけどあれはあくまでも試合としては公正だったし、わたしが口を出すのも何か違う。強いて言うなら兄さんがもう一回挑んで勝つのが一番良いと思うから。
「ねぇレット。あなたは他の人達と違ってわたしを勇者様って呼ばないけど」
「うんっ!? なんなら今からでもその呼び方に直しますか? 僕はそれでも構いませんが」
「それは今のままで良いから。……他の人は皆わたしを勇者様としか言わないし。そんな中あなただけ名前で呼ぶからちょっと不思議で」
「……別に。僕も最初は他の人達に合わせて勇者様とだけ呼ぶつもりでしたよ。ただ……」
「ただ?」
そう聞き返すと、レットは一瞬だけ口ごもった。でもほんの少しだけ考えるような仕草をした後返事をしようとして、
「急で申し訳ないのだが、
「……はい。今行きます」
ノックの音と一緒に外から聞こえてきたオーランドさんの声に、わたしはレットに後で聞かせてと言い残して部屋を出る事になった。
コツコツ。コツコツ。
オーランドさんに連れられ、わたしは何も言わずに廊下を歩く。この大神殿はとても入り組んでいて、来て間もないわたしじゃどこへ向かっているのかは分からない。
(神族様か。……どんな御方なんだろう?)
神族様。それはもう何百、或いは千年以上昔からヒトの上に立ち、見守り続けている上位存在。単に長生きなだけなら他にも長命種は幾つかあるらしいけれど、ここまでずっとヒトの身近にあり続けているのは神族様だけだという。
当然世界中のヒト達から信仰を受けている尊い方……なのだけれど、
『神族様? う~ん……そうだな。良くも悪くもヒトとはまるで違う視点と思考の方々だな。ヒトの尺度で測ろうとする事は出来ないし、そもそもそれが不敬にあたる方々だ。なので下手に自身を繕おうとしてはいけない。ただ誠実に、まっすぐに、しかし敬意を忘れずに。……私が言えるのはそれくらいだな』
(村を出発する直前。神族様にお目通りする時に気を付ける事はある? って聞いたらお父様からそう聞かされたけれど、結局何が何だか分からなかったよ)
すっと色々考えてはいるけれど、考えはまとまらず堂々巡りを繰り返すばかり。そして遂に、
「……さあ。ここから先は神域。聖職者でも招かれてもいない私では先へは進めません。勇者様お一人で進まれますよう」
見るからに豪奢な装飾をされた扉の前で、オーランドさんは立ち止まる。良く分からないけれど、あの扉自体にも何かの魔法が掛かっているのかもしれない。
促されてわたしがそっと扉に触れると、とても重そうなのにまるで抵抗なく扉は真ん中から開いた。
扉の先はまるで見えない。先に続いている筈なのに、あるのは真っ白な光だけ。だけど、何故か何となく分かった。ここから先は入ったヒトじゃないと認識出来ない場所なのだと。
「ここまで、ありがとうございました」
「はい。しばらくは私はこの前で待機しているので、お帰りの際はまたお送りします。…………それと、ここからは聖護騎士団副団長ではなく、
わたしが一礼して中に入ろうとすると、そこにオーランドさんが軽く咳ばらいをしながら呼び止め、
「
「……行ってきます」
ふわりと私の周りを一瞬光が包み、緊張が僅かにほぐれた気がした。わたしはもう一度軽く頭を下げると、今度こそ扉の中に入り込んだ。
わたしが入るなり、すぐに扉は勝手に閉まっていく。すると扉はスッと見えなくなり、後に残るのは真っ白な光だけ。そこへ、
『よぉ。待っていたぜ。早く俺の元に来な。……ああ! 道が分からないなら、どこでも良いからまず一歩踏み出しな。そうすればそこが道になる』
(この声が……神族様?)
突然頭の中に響いてきた少しガラの悪そうなその声に、どこか不思議な感じがしながらも従わなくちゃいけないという気になって、まずはそこから適当に前に一歩踏み出す。
すると何かを踏みしめた感触と共に、パッと視界が開けた。というより……世界が広がったという感覚があった。
「……うわぁ!」
目の前に広がるのは、基本的に純白を基調とした大きな部屋。大理石の床も壁もピカピカに磨かれて、品の良い調度品が両脇に固められている様子を見て、話に聞いたお城の謁見の間はこんな感じなのかなと脈絡もなく思う。
どこもかしこも真っ白な中、数少ない真っ赤な絨毯に沿って進んでいき、そこに待っていたのは、
『ようやく来たな。俺を待たすなんて、中々に不敬かつ愉快な奴じゃねぇか!』
(……子供?)
少し段になっている先に見える、立派な装飾をされた玉座。そこで如何にも柔らかそうなクッションに肘を突き、クククと小さく笑う一人の男の子だった。
わたしよりもさらに幼く、まだ十歳になるかならないかくらいの小さな男の子。少しだけ癖のある金髪はまるで本物の金を糸にでもしたような輝きを放ち、その目は吸い込まれそうなほどに澄んだ空の色。
肌は陶器のような滑らかさと瑞々しい張りが合わさり、身に着けている法衣が寧ろ邪魔になるのではと思ってしまうほどだった。
絶対に大きくなったら、というより今のままでも異性が放っておかない美の体現。そんな子供を見て、
トクンっ!
一瞬胸の奥が大きく弾み、熱が心臓の内側を焼いたみたいな感覚になる。まるで村を襲われた時、わたしがもう一人のワタシに代わった時みたいに。
すぐに熱は冷め、鼓動もいつものそれに戻ったけれど、その一瞬だけで目の前の御方が一体誰なのか強制的に理解させられた。そう。
「貴方が……わたしを呼んだ神族様ですか?」
『ああ。
分かりやすく自分の首をトントンと叩く仕草をするブライト様に対して、わたしは慌てて平伏する。するとブライト様はよっと小さく声を上げながら玉座から降り、軽やかに段を降りてきて私の前に立った。
『クククっ……冗談だ。今の俺はそこそこ機嫌が良いってのもあるが、歳食った大人のヒトならともかくガキ相手に礼儀云々を言う神族なんて居な…………うん。
居るには居るんですねという言葉はグッと飲み込み、わたしは静かに無礼にならないよう立ち上がる。
『よ~しそれで良い。そのままじっとしてろ』
そう言うと、ブライト様は口元に手を当てながらわたしを見つめ、そのままゆっくりと周りを歩き始めた。
一体何をしているのかと思ったけれど下手に動く事も出来ず、わたしは視線だけブライト様に向ける。それでブライト様がわたしの周りを三周ほどした時、
『……ふ~む。あ~そういう事か。なるほどなるほど。道理でな』
何か納得したのか、ポンっと手を打ってうんうんと頷くブライト様に、わたしは目を白黒させる。
「あ、あの……一体どういう」
失礼かと思いながらも、わたしはおずおずとお尋ねする。すると、
『……んっ!? ああそうだった。
あまり悪いとは思っていなさそうな顔でそう言いながら、ブライト様はもう一度私の目の前に立ち、にっこりと笑った。そして、その輝かしい笑顔のまま、
『悪いついでで何だがな。……
わたしに、死の宣告を与えたのだった。
予言の日まで、あと五日。