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閑話 ユーノ 聖都での生活 その一


 開斗達が、関所を抜けて聖国へと足を踏み入れていた頃。聖都にて。


 カチャカチャ。


 食器にスプーンが擦れる音が小さく部屋に響く中、


「……ふぅ」


 聖都の中央に建設された荘厳なる大神殿。その貴賓用の一室にて、食事を終えながらユーノは一息ついていた。


 自分が勇者であると聞かされ、この聖都に連れてこられて今日で二日目。


 「神族様にお目通りするにもそれなりの準備がある。明日のお目通りの用意が整うまではここでゆっくり旅の疲れを取ると良い」と初日にオーランドが用意してくれた一室。そこはこれまでに見たどんな部屋よりも快適かつ整っていたが、来たばかりのユーノは緊張やら何やらでまるで寛げなかった。


 しかし、二日目にもなると多少ではあるが考える時間も余裕も出て来る。なんなら緊張していようがお腹は空くもので、昼食に出てきたこれまた貴族の中でも上級貴族が食べるような豪勢な食事を、目を白黒させながら平らげられるくらいには落ち着いていた。


 ただ、落ち着いていたのはここ最近の精神の成長も一つの要因ではあるが、もう一つ大きな要因として、



「ふむ。案外図太い方ですねユーノ様は。僕はてっきり聖都の威光に圧倒されて、もう一日二日はまともに食事も喉を通らないかと思っていましたが普通に完食とは。それに食事の作法も最低限きちっとしている。余程バイマン・ブレイズ男爵の教育が良かったとお見受けします。……まあそんな事も出来ないようではとてもここでは暮らしていけませんが」

「へぇ~。女の子が食事を摂っているのをじっと見た上、そんな言い方しか出来ないなんて、そっちこそ最低限の作法がなってないんじゃない?」



 このように、馬車の旅からメンバーが同じだったというのもある。なんなら先ほどから黙って部屋に控える侍女達も同じだ。


 当初は聖都に着いた時点でレットはお役御免。ユーノから離れて通常の業務に戻る筈だったのだが、


「レット。すまないがもうしばらく勇者様についていてくれないか。勿論君がいない間の業務は調整する」


 とのオーランドの一声を受け、レットは微妙に顔を引きつらせながらも側役続行。こうして聖都に着いてからずっと、就寝や用を足す時以外は必要以上にユーノから離れずにいた。


 本来ならそんな生活はストレスがとんでもなく溜まるものだが、そこはユーノの生来の気性ゆえか大した衝突は起きずにいた。寧ろ、


「それにレットはわたしより食いしん坊じゃない。わたしの分をわたしより先に皆少しずつ摘まんじゃうし。足りないならもっと頼みなさいよ」

「僕はユーノ様の側役ですからね。毒見もお役目の範疇です。……はぁ。辛いですねぇ。毎日毎食この身を張ってユーノ様を気遣っているというのにそんな心無いお言葉を頂くなんて……クククっ」

「泣く振りしながら笑っているじゃないっ!?」


 この通り。道中に比べてもすっかり態度も口調も打ち解けていた。正確に言えばユーノの側からレットに対しては打ち解けつつあり、レットの側からは一線を引いているのだがそれはそれ。


 そういう意味ではレットに側役を続行させたオーランドの目論見は正しかったと言える。レット自身にとっては微妙に良い迷惑だったが。


 そうして言い合って寛いでいると、



 トントントン。



「失礼いたします勇者様。神族様とのお目通りに向け、身支度を整えさせていただきたいのですが宜しいでしょうか?」

「……は、はい。どうぞ」


 一拍待ってレットが頷いたのでノックの音にそう返すと、扉が開いて外から何人もの使用人が手に手に衣装や装飾品を持って入って来る。


「もうそんな時間か。では……僕はしばらくの間部屋を出ていますよユーノ様。流石に女性の着替えを覗かないという最低限の作法は心得ています。隣の部屋に居ますから、何かありましたら大きな声を上げればすぐ駆け付けますので」

「うん。……ちょっと待っ」


 何か言おうとしたユーノの声を聞かず、手をひらひらさせて退出したレットはそのまま隣室のドアに手をかけ、


「おやぁ? そこに居るのはバース公爵家のはみ出し者じゃないか。勇者様をお迎えする任務から帰ってきたのか?」

「…………ちっ」


 背中から掛けられた男の声に、聞こえないよう小さく舌打ちをして表情を殺し振り向く。


 そこに居たのは、豪奢な法衣を着た金髪の少年。少年は尊大そうな態度で胸を反らし、レットを見下すような視線を向ける。


「はい。昨日つつがなく任務は完了し帰還しました。ベリト殿」

「ベリト殿~? だろ? 貴様など生まれついての清浄なる聖都の民ですらなく、王国の公爵家に居場所がないから半分聖都に捨てられたような厄介者のくせに。それが私と対等だとでも思っているのか? 貴様のような者を預かっているオーランド様が気の毒というものよ」

「……失礼いたしましたベリト様。しかしながら、生まれと経緯はどうあれ今は互いに聖都を守護する聖護騎士団員見習い。役職は対等の筈」

「はん。物は言いようだな。それで少しでもオーランド様に気に入られようと、今回の任務にも志願したとは。餌を漁る野良犬と同じか?」


 そうして互いに舌戦を繰り広げる中、


「……そうだ。貴様など話している暇はなかった。察するにそちらの部屋に勇者様がいらっしゃるのだろう? 一度ご挨拶差し上げねば」


 そう言って横をすり抜けようとするベリトに対し、スッとレットは立ち塞がる様に移動する。


「退けよ」

「退きません。勇者様は現在、神族様へのお目通りの為身だしなみを整えていらっしゃる最中。それに僕は勇者様の側役。その間は何人たりとも通す訳にはまいりません」

「勇者様の側役だと? 舐めた口を叩くな。私を誰だと」

「任命されたのはオーランド様です。撤回させるというのなら、まずオーランド様を直接お尋ね頂きたい」


 そのまま視線だけで火花を散らす事しばらく、


「……良いだろう。確かに勇者様の御邪魔をしてはマズい。今回は引き上げるとしよう。精々貴様は方々の御機嫌取りに走り回っているんだな。野良犬めが」


 ベリトがそう言い残して去っていくと、レットはふぅと大きく息を吐いて隣室に入ろうとし、



「え~っと…………大丈夫?」

「……何で見てるんですか?」

「その、レットが部屋にこれを落として行ったから、着替えに入る前に渡そうとしたら外で声が聞こえてきて……喧嘩しているから出るに出られず」



 扉を僅かに開け、片手にレットの服に付いていた飾り布を持って様子を窺っていたユーノを見て、レットは額に手を当てて首を横に振る。


「あ~……何でもないです。良いですから、ユーノ様はさっさと戻ってお着換えを済ませてください。これはありがとうございます」

「あっ!? ちょっとレットっ!?」


 その手から飾り布をひったくり、にこやかな作り笑顔でユーノを部屋に押し戻すと、今度こそレットは隣室に入った。




「野良犬か。言い得て妙だな。……ちくしょうめ」



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