俺達は国境である森を抜け、無事に聖国の関所に到達した。勿論これまでついてきていたモンスター達は森の出口で解散だ。
ただ、そのまま放っておくとスキルの影響が消えたモンスター同士で大乱闘が発生しかねないので、最後の命令でそれぞれの住処に戻るまで互いを攻撃するなと言い含めておいた。流石にずっと争うなという命令は森の生態系に影響しかねないからな。
「う~ん。なんか予想していたのと違うなぁ」
「そうなのかい? 俺は関所というものを見た事はないんだが」
さて。肝心の関所だが、意外にもそう大きくはなかった。日本で言うならちょっとした役場程度の建物。常駐する兵士が居る為か普通の住居よりは大きいが、それでも砦等と比べれば大分小さい。
寧ろ、
フランスの凱旋門のようなアーチ形のそれは、建物と一体化する形で建物本体より巨大な存在感を持ってそびえ立っていた。
「あからさまにここを通れという感じだな」
「さあ。門を抜ける前に、まずはそこの詰所に行って話を通しませんと。ライ坊ちゃまは御準備はよろしいですか?」
「うん。……でもさぁ。いくらでっかくてもわざわざここを通るヒトばかりじゃないだろ? そこの詰所なんか無視して先に進もうとしたらどうなるんだ?」
ライがそう不思議そうに言うと、ジュリア兵士長はフフっとどこか微笑ましい者を見るように笑う。
「な、なんだよぉ?」
「いや失礼。そうですよね。昔私が最初にこの門を見た時も、同じような疑問を浮かべたのでつい。ですが無視して進むのはお勧めできません。何故なら」
「グオオオォっ!」
そこへ獣の唸り声が聞こえてそちらの方を向くと、ここからかなり離れた所でモンスターが森から出てきたのが見えた。さっきまで一緒だった奴らとは別の個体のようだ。
大分離れているので、こちらに向かってきても逃げるなり迎え撃つなりする猶予はある。だがそいつは聖国の方向へ駆け出し、
バリバリバリっ!
「グギャアアアっ!?」
突然見えない壁に阻まれ、全身に電流が走って悲鳴を上げた。
「えぇっ……何あれ?」
「あれが国に入る前に詰所に向かわなくてはならない理由ですよ。この聖国は、国全体を覆うように超巨大な光属性の結界が張ってあるんです。ヒトであれモンスターであれ、許可なく通ろうとすればあの通り」
モンスター達が森に逃げ帰るのを見て、ジュリアさんはそう説明を締めくくる。なるほど。それでその結界の穴があの門という訳か。
「国全体っ!? そんなに大きいのかっ!?」
「はい坊ちゃん。凄まじい事に、空中にまで広がっていて空からの侵入も困難。これも聖都に座す神族様の御力なのでしょうねぇ」
「神族……か」
今回の一件の元凶。ユーノを連れてくる事を命じ、そしてあと数日で……ユーノを殺す者。
一番最初にこの世界に行く時、ヒヨリの説明によると世界への圧制を強いているという話だった人の上位存在。
その力の一端を見せられた気がして、俺も思わず手に力が入る。
『こほん。開斗様。まあ何はともあれ、まずはさっさと詰所に行きましょうよ。こんな森の近くでは、またさっきみたいにモンスターが寄ってこないとも限りません。御者さ~ん! ハリーハリー! 急いでくださいな!』
そこへヒヨリの気楽な声が響き、俺はハッと思案を止める。そうだな。確かにこんな所で考え事をするよりは、中に入ってゆっくりとの方が良いだろう。
関所という言葉を聞いて、俺が最初にイメージしたのは空港の入国審査場だった。
国から国へ移動する以上、当然手続きなどは厳しいものになる筈。それこそ手荷物検査や入国の目的。その他細かな審査などで通るのも一日仕事になるのだと考えていた。……だが、
「王国の親善大使団の方ですね。ようこそ聖国へ! 我らは王国よりの使者を心より歓迎します!」
実際はこの通り。詰所でライが代表として話しかけるなり、職員一同諸手を挙げての大歓迎であった。
「……えっ!? あっ、はい。よろしくお願いしま……コホン。え~。ライ・ブレイズ。王国親善大使バイマン・ブレイズ男爵の名代としてやってまいりました。これからも貴国との友好が末永く続く事を願い、聖国聖都へ向かいます」
「どうぞどうぞ! その件は既に先日ここを通られたオーランド様より伺っております。近い内に例年の親善大使団が来る可能性があるので心の準備だけしておくようにと。名代の方が来るのは少し予想外でしたが」
『開斗様。これって……
ヒヨリがこそっと話しかけてきたので、そうみたいだなと静かに返す。バイマンさんとオーランドさんは古い知り合い。なら互いにどう動くか予想できてもおかしくはない。
その後は入国の際の審査を受けたのだが、審査と言っても実に簡単な物。入国するメンバーの顔と名前や簡単な入国の目的の確認。……
こういう時は武器などの危険物を持ち込ませないとか、もっと色々あるのだと思っていたのだが。
「武器? そんなの護身用に持っていて当たり前ではないですか? 宮廷などに入るならまだしも、国に入る時点で取り上げていてはキリがありませんよ。それに武器がなくとも腕の良い魔法使いなら普通に戦えますし」
一応持ち込みが禁止されている物のリストを見せてもらったが、特殊な薬物や呪物と言った物ばかり。当然そんな物は持っていないので問題なかったのだが、一点だけ少し相手側が難しい顔をしたモノが居た。……そう。
『ちょっとぉっ!? この愛らしい開斗様のマスコット的なワタクシに、何の不満があるというのですかっ!?』
「ご理解ください。聖国……特に聖都近辺では、モンスターは一部の例外を除いて即排除対象なのです。なのでこうしてはっきりと誰かにテイムされていると示す必要性があるのです」
テイムされたモンスターが入国する場合、敵対対象にならないよう一目で分かる位置に専用の腕輪や首輪といった物を着けなくてはならない。
そう言われて用意された小型モンスター用の黒い首輪だが、元々ヒヨリは全体的にやや丸みを帯びたフォルム。結果首輪というか胴体にピッタリ巻かれてしまう。
「ははっ! 中々似合っているぞヒヨリ」
その姿をライに笑われながら、これは恥ずかしいですよとコウモリの羽で隠そうとする始末。すまないが、この国に居る間は我慢してもらいたい。
それから少しして、
「……はい。これにて審査は完了です。親善大使団の皆様。聖国へようこそっ!」
「いよいよか」
「さあ。ここから先はいよいよ聖国。私達の王国とは法も風土もまるで違う国です。ライ坊ちゃん。そしてカイト殿にヒヨリ殿。気を引き締められますよう」
関所の職員達に手を振って見送られ、再び馬に騎乗したジュリア兵士長の言葉を聞きながら、俺達はゆっくりと外敵を阻む結界の門を潜る。
そう。まだ聖国に入っただけ。聖都までまだ道のりは長く、そして着いてからが本番だ。しかし、
「ああ。頑張って行こうっ! 待ってろユーノ。もうちょっとで着くからなっ!」
ライのテンションは下がる気配を見せず、一行の士気も上々。
さあ。もう一踏ん張りと行こうか。