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聖都への道中 少々危険なアニマルセラピー


 聖都までの道中二日目。


 俺達は代表であるライと俺、そして使用人達が乗る馬車を中心に、ジュリアさん率いる兵士達が馬で並走しながら森を突き進んでいた……のだが、


「何だか落ち着きませんね」

「そうかな? オレは結構楽しいぜ! こうして近くでまじまじ見る機会なんてそうないしな」

「近くでって言うか……?」


 ジュリアさんがそう愚痴るのももっともだ。何故なら、


「グルルァ?」

「シャァ?」


 さらにその後ろを、大量のモンスター達が敵意なく追走してくるのだから。まあこうなったのは俺のせいなのだが。





 昨日の夜。思考伝達スキルによって襲ってくるモンスター達を大人しくさせたのは良いのだが、そのまま追い払おうとしたところライが待ったをかけたのだ。


「どうせなら一緒に来てもらおうよ。これだけ居れば道中の安全はバッチリだろ?」


 事はそう簡単じゃないとか、あくまで俺のスキルで大人しくさせているだけだから危ないぞとか、関所にこんな大勢で乗り込んだら警戒されるぞと色々説得したのだが、珍しくライはこれで行くと言って譲らない。


 一応これは、護衛が多ければジュリアさん達兵士も休めるだろうというライなりの気遣いだという事は理解できた。


 しかし近くに常時敵意がないとはいえモンスターが居るという状況は、要するに村のゴブリン達と同じ状況。実は慣れるまで精神的にあまり休めないのだが、子供の気遣いを受け取るのも大人の度量。


 遂にジュリアさん達も根負けし、森の出口で解散させる事を条件に同行を許可。こうして傍から見ると、一抱えほどある大きな蛇や、ハッハッと舌を出して疾走する狼。その他鹿だのなんだのといった獣型のモンスター達に追い回される親善大使団という妙な構図が出来上がってしまったのだ。





「へぇ~。切り裂きウサギリッパ―ラビットの耳ってこうなってるのか」

「ライ。あくまでそっと触るんだぞ。今は命令で大人しくしているが、敵対行動だととられたら自衛の為に反撃するのに変わりはないんだからな」

「分かってるよ先生。でも……表面はふわふわで気持ち良いな。ユーノが見たら羨ましがるぞ」


 今のライは馬車の中で、切り裂きウサギを抱えながらもう片方の手で優しく耳の表面を撫でている。


 そう。移動中もライの勉強は欠かしてはいけない。そして丁度モンスターを間近で見られる良い機会とあって、こうしてアニマルセラピーがてら身体のあちこちを見させてもらっているという訳だ。


 このウサギ。一見すると元の世界のそれより一回り大きいだけで可愛らしいのだが、良く見るとふわふわの耳の内側に鋭い刃のような部分が隠されている。いざ外敵を相手にすると、この刃の部分を露わにして飛び跳ねながら襲い掛かるのだとか。


 しかしそんな物騒な様子は欠片も見せず、今は穏やかにライが撫でるのを受け入れている。スキルによる強制なのであまり良い事ではないが、こうして少しでもライの心の助けになれば良いのだが。


 尚、アニマルセラピーに見た目だけならうってつけと思われるヒヨリはと言うと、


『いやんっ! ワタクシのプリティなボディを撫で擦って良いのは、ご主人様である開斗様か友達のヒヨちゃんくらいなんですよぉ。いくらライ君だからってそこは乙女の柔肌を尊重してくれなくちゃ……ねっ!』


 と触らせる事を却下。普段は割とノリが良いくせにそういう所は良く分からない。


 そんなこんなでモンスターと戯れるライを見て、ふと小さな疑問が浮かんだ。それは、


「そういえばヒヨリ。この世界にも普通の動物はいるよな? 今馬車を引っ張っている馬とか。普通の動物とモンスターの違いとは何だろうか?」

『えっ!? 今更それ聞いちゃう? 聞いちゃいます開斗様? もぅ。しょうがないですねぇ。それではこのワタクシが分かりやすくご教授をば』

「オレ知ってるぜ! 確かを魔物、或いはモンスターって言うんだよな?」

『それ今ワタクシが言おうとした奴っ!?』


 ドヤ顔で説明しようとした所をライにかっさらわれ、少々意気消沈するヒヨリ。だがこの場合は、他人に教える事も勉強になると考えてライに引き続き話を聞く事に。ヒヨリはすっかり涙目である。


「確か……何だっけか。そう! 魔力の素……魔素自体はそこら中に有って、生き物は生きている内に皆魔力を自然に身体に取り込んでいるんだって。だけど身体の……許容量? 取り込んじゃいけない量まで取り込んじゃうと身体がおかしくなって、動物とかがそれをやるとモンスターになっちゃうんだったかな? 前ちょっと教わったんだ」

「そうだったのか。するとこの切り裂きウサギも元は普通のウサギだったのだろうか? ……ゴブリンとかは?」

「え~っと……確か一部のモンスターは、元となった種類とか生態が良く分かっていないんだって。だけどモンスター同士で子供が出来たらそのままモンスターとして生まれるんだとか」


 ライはどうも理論より感覚派らしく、あまり人に教えるのは向いていないようだが、それでもどうにか聞き取れた所をまとめると以下の通りになった。


 1 モンスターは動物が空気中の魔力の素……魔素を異常摂取する事で変異する。


 2 また、同種のモンスター同士で子を成した場合、生まれてくるのもまたモンスターである。


 3 モンスターが基本的に多種族に敵対的なのは、体内魔力の異常活性により常時軽い興奮状態になっているからとされているが、正確な理由までは不明。特にヒト種に強い敵意を向ける理由もまだ分かっていない。


 ざっくりとだがこんなところか。俺の思考伝達で敵意が薄まるのは、その興奮状態を無理やり静めているからと考えるべきだろうか。


 しかし、生き物が魔素の許容量を超えて取り入れるとモンスターになる……か。それはつまり、


「……先生? 何か分からないところでもあったか?」

「んっ!? ……いや。とても参考になったよ。教えてくれてありがとうなライ。たまには人に教える側になるのも良い勉強になるだろう?」

「うん。相手に上手く伝えるのって結構難しいんだな。これをこれまでしてくれた先生や屋敷の皆って凄いんだなって思ったよ」

「ははっ! それが分かってもらえれば何よりだ。帰ったらそれも踏まえて授業を聞いてみる事だね。……さて。そろそろかな」


 動物が魔素を過剰に取り込むとモンスターになるのなら、


 そんな疑問はいったん飲み込み、俺はライに軽く笑って礼を言うと外の様子を窺う。すると、


「勘が良いですねカイト殿。もうまもなく森を抜け、その少し先に関所が見えてきます。御準備を」


 並走するジュリアさんがそう言って指差す先。そこにはこれまでのような木々ではなく、少しずつひらけた景色があった。


 いよいよ国境である森を抜け、第二の難関がやって来る。





 そう。聖国へと繋がる関所である。


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