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聖都への道中 森の中にて


 ユーノ達を追い、村を出発したその日の夜の事。


 パチパチ。パチパチ。


 目の前で焚き火が小さく音を立てながら揺らめいている。森での焚き火には獣避けだけではなく、そうしたリラックス効果を求めての意味もあるのだ。だが、


「カ、カイト殿……疑うつもりはないのですが、これは本当に大丈夫なのですか?」

「大丈夫だって兵士長さん。落ち着いて先生を信じようぜ! なっ? 先生」

「ああ。大丈夫だとも。……多分」

『開斗様。そこはバシッと絶対大丈夫とか言っても良い所ですよ!』


 今の状況をリラックスさせきるのはどうやら難しかったらしい。それも当然か。何故なら、



「グルルルルゥ」

「シャアアっ!」



「流石に、は、中々落ち着くのは難しいのですよ坊ちゃん」


 兵士長さんを始め、兵士達が油断なく武器を構えて迎え撃つ構えを取る中、俺は内心上手く行ってくれよと冷や汗をかいていた。





 まず今回の旅路だが、日程的には出発からで聖都に到達する予定だ。


 ユーノを連れた一団も三日で到着予定なのだから不思議はないと思うだろうが、事はそう簡単じゃない。


 あちらが事前に綿密な往復準備をしていたのに対しこちらは急な出発。しかもそれほど旅慣れていない俺や、親善大使団代表であるがまだ子供のライの負担などを考えると、どうしても多めに休息をとらざるを得ない。それでも三日で行くとなるとかなりの工夫が必要になる。


 そして、聖都に着くまでの旅路で最初にして一番の難所が、初日からの森越えだ。


 王国と聖国の国境線に広がる森……通称バープの森。多種多様な命の香りに満ち、ただの動物を始めモンスターも数多く生息し、何よりも広大だ。


 森を抜けるには慣れた者でも丸一日を要し、軍勢を率いて進もうとすれば確実に数日は掛かる。おまけに最短距離を進もうとするなら、どうしても森の深部に近づかなくてはならない。


 深部は強力なモンスターの生息域であり、まともにぶつかればどんな被害が出るか分からない。なのでバイマンさんも多くの兵を護衛につける訳にも行かず、結果ごく少数の精鋭のみで行く事となった。さらに言えば、


「聖都かぁ……へへっ! ユーノの事は心配だけど、それはそれとして楽しみだな! 近くの村とかは父さんの視察について行ったことはあるけどさ、他の国は初めてだ」

「ライ坊ちゃん。楽しみにするのは結構ですが、あくまでバイマン様の名代としての立場をお忘れになりませんよう。現地で読む宣誓書の内容はお覚えですか?」

「あっ……いざとなったらこっそり内容を書いた紙を見れないかな? 例えばヒヨリがこっそりと」

『あはは……まあそうなったら善処はしますけど、なるべくそういうのは自力で覚えた方が良いですよライ君。将来的に同じような事を何度もやるのでしたら尚更に……ね?』

「うぅ~。分かったよ。移動しながら覚える」


 このように、


 実の所、今はユーノの所に向かっているという事と、バイマンさんに名代を任されたという高揚感。そして初めて外国に行くというシチュエーションから明るくなっているが、ここでユーノに命の危険があるなんて伝えたらまた先日の張りつめ具合に戻りかねないからだ。


 ちなみにこの一行の中では……兵士長さんにしかこの事は伝えられていない。村の襲撃の際はずっと顔を覆うタイプの兜を被っていたため分からなかったが、休憩の時に兜を脱ぐと見るからに女剣士じみた顔のブロンドの女性だったので驚いた。


 彼女は出発直前にバイマンさんから何通か手紙を渡され、一通は道中最初の休憩地点で中身を読めと言われたらしく、何故か顔を赤くしながら手紙に目を通し……すぐに険しい顔になって状況を理解。


 それ以降は時折浮かれるライに釘を刺しながらも、最初よりも一層安全面に気を配りつつ一行を引っ張っていた。実に頼もしい限りだ。





 さて。現状確認を兼ねた現実逃避はそろそろ良いだろう。俺は焚き火の傍から立ち上がり、兵士達と睨み合うモンスター達の前に歩き出す。


 ライがキラキラと期待するような目で、ジュリアさんを始めとした兵士達からは微妙に懐疑的な目でこちらを見ている。傍からすれば俺は悠然と歩いているように見えるだろうが、実際は内心ハラハラものだ。


「グルルルル」

「シュー」


 焚き火の光に照らされ浮かび上がる姿は、狼のような相手や蛇のような相手、或いは離れた暗闇から姿を見せずに目だけ光って見える相手など様々。


 いくら魔物除けの道具があるとはいえ、絶対にモンスターが出てこないという訳ではない。特に今は、少しでも道のりを短縮するため森の深部に近い道を通っている。この可能性も想定されていた。


 最悪ライも危険に晒すようなルート。普通ならいくら時間短縮とは言えバイマンさんも提案しないし、俺も受け入れない。だが、



『開斗様。パッシブの方はしっかりと止めてあります。存分にどうぞ』

「え~……コホン。“| 《・》!”」



 。こんな時こそ思考伝達の出番だ。


 周囲のモンスター達からの敵意が急激に薄れ、その場でゆっくりと伏せていく様を見て、


「話は聞いていましたが、まさかゴブリン以外でも有効とは」

「スッゲ~っ! 凄いぞ先生っ!」


 ライを含めた面々が、驚きの顔でこちらを見つめていた。……俺が凄いんじゃなくて、ただスキルが凄いだけなんだよ。


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