目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

閑話 聖都への道中 ユーノサイド


 ◇◆◇◆◇◆


 ガラガラガラガラ。


 二頭の純白の馬に力強く引かれ、道をひた走る豪奢な馬車があった。


 周囲をややランクは下がるものの実用性に優れた別の馬車や、馬で並走する法衣の者達に護衛されながら、疾走するその馬車の中で、



「…………はぁ~」

「おや? 如何しました勇者様。何かお困りごとでも? それとも何かここまでの旅路に不満でもありましたか?」



 ユーノは大きくため息を吐いていた。目ざとくそれを見た同乗者が声をかけるが、言葉とは裏腹にその顔には心配の色はなく、寧ろどこか笑っているようで。


「いいえ。この数日間、特に不自由を感じた事は無かったですよ。旅とは思えないくらい快適」


 この言葉はユーノにとって真実だった。


 村を出発してから三日。出発前のいざこざから色々と扱いに対して覚悟をしていたユーノだったが、その予想を大幅に超えた下にも置かない扱いを受けていた。


 馬車は正しく貴人用に設えられた特注品。やや小さめだが家具まで準備された普通の部屋と大差ない内部に加え、魔法的なものか御者の腕か、はたまた引いている馬が名馬なのか。走る際の振動すら極力抑えられて集中しなければ気が付かないほど。


 食事は毎日家で食べていた物よりもグレードが高いかもしれない物を供され、朝晩の身だしなみを整える際は専任の侍女三人が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。


 道中も魔物避けの道具をふんだんに使っているのかほとんどそれらしいものは出ず、一度だけどうしても戦わなければいけない時には僅か数分足らずで素早くモンスターは排除。


 しかもその間「勇者様。これから少々外が騒がしくなりますが、しばし侍女達の一芸等をお楽しみください」とオーランドに安心させる様に告げられ、侍女達が光の魔法で作ったちょっとした演劇を見ている内に不安が消し飛んでいたという気遣われっぷり。


 旅などほとんどした事が無いユーノであっても、これが普通だとは思わない。それこそ本当に自分が凄くもてなされている事は理解出来ていた。


 そんな中、ほぼ唯一の不満点があるとすれば、



「でも……ず~っとあなたが近くに居る事だけが不満点だよレット君」

「まあそう言わずに。僕は旅の間の勇者様の護衛役ですから。護衛役が傍らに居ないでどうするんです?」



 目の前でクククと笑うレットに対し、ユーノはもう何度目になるか分からないため息を吐いた。





「勇者様には旅の間、このレットを側役として侍女とは別につけさせていただきます。何かあれば気軽にご命令を。レット。勇者様をしっかりお守りするのだ。……?」

「はい。心得ています」


 旅の初め。最初の休憩地点でそうオーランドが言って寄越してきたレットだったが、正直ユーノ的にはの一言だった。


 なにせ大切な兄を試合とは言えボコボコに叩き伏せた相手である。第一印象は最悪だ。その上、旅の間もレットは他の者達とは少し態度が違っていた。


「おお勇者様! よろしければ是非同乗させていただきたく」

「勇者様! 素晴らしき聖都についてゆっくりと語り合いたく」

「ああ勇者様。そのご尊顔をどうかこちらに」

「えっ!? ……あの」


 一団が休憩に入って馬車が止まる度、毎日毎回他の馬車から誰かがこのようにユーノに声をかけてくる。誰もかれも恭しい態度で接してくるのに対し、


「失礼ボーウッド殿。勇者様はこの通り麗しき少女の身。長時間の一回りも歳の離れた異性との同乗は負担が掛かりますのでどうかご理解を。ペンネ殿。聖都に関してはあまりに素晴らしく、その威容を旅の短い間に語り尽くすなどとてもとても。ここは着いてからその目で確かめていただくのが宜しいかと。パロメ殿。勇者様は慣れない旅路で少々お疲れの御様子。御歓談は聖都にてゆっくりと身を休められてからにさせていただきたく」


 反応に困るユーノがどもっている間に、レットは一人一人丁重にお断りをして追い払って行く。そして決まって、


「ふん。……勇者様。こんな程度も軽く捌けないようでは、聖都に着いたら一歩も外を出歩けませんよ全く。人に揉みくちゃにされたくなければもう少々毅然とした態度を示されますように」


 などとどこか慇懃無礼な態度で窘めていくのだ。言っている事は正論なのだが、自分とそう離れていない年頃の相手にそう言われてはユーノとしては面白い筈もなく。


 そんなこんなで三日も経ち、最初は常時気を張って固い態度をとっていたユーノも、気が付けばレット相手には少しだけ口調が砕けたものになっていた。気を張るのがバカらしいという反発心もあったが。


 同乗している侍女達は流石プロと言うべきか、普段は用がない限り気配を押さえて静かに控えているため、ユーノはまるで常時レットと二人きりのような感覚にあった。


「……まあ。僕が気に入らないのは初対面がアレだったので仕方ありませんが、その気に入らない相手とのやり取りももうしばらくの辛抱ですよ。聖都に着けばそこからはオーランドさんもより良い適役を勇者様につけるでしょう。これで僕もこの光栄なれど疲れる任務から解放されるという訳です」


 そう言ってわざとらしくグッと伸びをするレットに対し、ユーノはふと何の気もなしに前々から思っていた疑問をぶつけてみようと思った。そう。



「ねぇ。レットは……何故あの時、あんなに刺々しい態度をとったの?」



 三日も一緒に居れば、いくら嫌な相手でも少しだけ分かってくるものがある。


 最初ユーノは、レットは勇者である自分にだけ恭しい態度をとって、それ以外に対しては刺々しい対応をするのだと思っていた。しかし実際は逆だ。


 レットはこの一団の誰に対してもそう態度は変わっていない。ユーノに対してもやや慇懃無礼ではあれど最低限の礼はとっていた。のだ。


 初体面の筈なのに、兄にだけあんな態度をとった事が、ユーノはずっと気にかかっていた。これが最後の機会かもと尋ねた次の瞬間、



「…………別に。ただイラっとしただけだ」

「……っ!?」



 それは、この旅の間誰にも見せなかったレットの素の感情。目を細め、顔を押さえながら、どこか胸の奥から押し出すように発したその言葉に、一瞬だけユーノは息が詰まる。


「守る守るというが、はっきりとした計画も持たず漠然とした言葉だけ。あまつさえ自分の剣の才能だけを頼りにし、あんな簡単な搦め手に引っかかる始末。それでどうして大切な人を守る。守るなんてほざけるっ!? ……本当に守るというのなら、あの程度の苦境血反吐を吐いてでも突破しなくてはならない。自分の身を削ってでも成し遂げなくてはならないっ! ……


 レットから滲み出る、憤怒とやるせなさがドロドロと混じったむき出しの感情。普通ならこんな物を目の当たりにすれば、恐れるか忌むか蔑むか、どれにせよまず距離を置こうとする。


 しかし、それにどこか祈りや願いのようなものがユーノには感じられて。


 ポンポン。


 気が付けば、いつの間にかユーノは立ち上がってレットの頭を撫でていた。本来ならレットの方が背が高いけれど、それでもユーノには一瞬レットがただの癇癪を起こしかけている子供に見えたから。


 レットは一瞬呆然としながらユーノを見て、


「…………?」

「えっ?」


 何を言ったのかと聞き返すユーノだが、レットは何も言わずに立ち直って優しくユーノの手を頭から外すと、


「とまあ勇者様のお兄さんに強く当たったのは、偶々苛立っていたからってだけの話ですよ。あまり気にするような事ではありません。忘れてください。……それよりも」


 コンコン。


 壁で隔てられた先。御者からのノックの音を聞き、コホンとレットは咳払いをして話題を変える。そう。


「もうまもなく聖都に到着します。流石に着いて直接神族様に謁見……というのは色々と支度があるのでないでしょうが、心の準備はよろしいですか? 

「……はい」


 意趣返しのつもりか、突然称号ではなく自分の名前を呼ばれた事に少しドキッとしながらも、ユーノは覚悟を決めた顔で頷いた。





 遂に勇者ユーノは聖都へと足を踏み入れる。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?