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燃え滓の男 聖都へ入場する


『おおっ! 遂に見えてきましたよ!』

「あれが……聖都か」


 村を出発して三日。関所を抜け、休憩を挟みながら二日近く進み続けた先で、パタパタと空から戻ってきたヒヨリの声に、俺は遠目にその威容を目の当たりにする。


 それは白く高い城壁に囲まれた町……と一言で表せれば良かったが、中央に聳える巨大な建造物が

あまりにもインパクトがあり過ぎた。


「何だろうね? でっかい壁と……塔?」


 ライが唖然とした顔で呟くのも無理はない。町を囲う城壁自体がそもそも十メートル近くありそうなのに、それすら軽々越えて遠目から先端が見える時点でその巨大さが伺える。


「はい。あれこそが神族様がおわす場所。そして七天教の総本山である大神殿です。何度見ても圧倒されますね」


 ジュリアさんがどこか感慨深そうに頷く。確かにあれは物凄い威圧感があるな。現代日本ではあちこちにビルが立ち並ぶからそこまで珍しくはないが、周りが平野で高い建物がないからこそ余計に際立っている。それも計算して建てたのだろうか?


『さあ皆々様。目で見える距離に来ただけで圧倒されている場合じゃありません。一息つくにしてもまずは聖都に入ってから。あそこに向かって全速ダッシュですよ~!』

「おう! 行っくぞ~!」


 ヒヨリの声に元気よく掛け声を返すライと一部ノリの良い同行者達なんだが……馬車は急に速度を上げると馬に負担が掛かるのでほどほどにね。





 事前に関所から連絡が行っていたのか、或いはオーランドさんが根回しをしていたのか。聖都への入場は特に問題なく行われた。


「ようこそ親善大使団の皆様。遠路はるばるお疲れ様でした。この度皆様の世話役を仰せつかったギオンです。聖都に滞在中何かございましたら、気兼ねなく私にお申し付けください。……まずは何はともあれ旅の疲れを癒しませんと。宿を手配してございます。こちらへ!」


 ギオンさんという柔和な顔立ちの青年に案内され、俺達は馬車に乗ったまま聖都の街並みをゆったりと進んでいく。


 これから向かう宿は聖都でも指折りの大宿で、一度に数十、数百人の急な来客が来ても即対応できるという。旅館か何かだろうか?


「うわぁ~! これが聖都か!」

『外から見てもそうでしたけど、綺麗な所ですねぇ』


 目をキラキラさせてはしゃぐライだが、それは分からないでもない。ヒヨリが言うようにとにかく綺麗……というか、のだ。


 今進んでいる大通りらしき場所は歩きやすいよう舗装され、馬車から伝わる振動もこれまでに比べて格段に減っている。


 立ち並ぶ店や家々の間のスペースはほぼ均一。仮にどこかの家と家を上から引き抜いて入れ替えても、そのままどこにもぶつからず違和感もないのではないかと思わせるくらいだ。


 そして通りにはごみの一つも見当たらない。店で物を売り買いすれば、多かれ少なかれそういった物は出る筈なのにだ。


「ふふっ。ありがとうございます。街の景観の維持は我々聖都の民も力を入れていまして、毎日清掃担当の者が交代で聖都中を巡回しているのです。いつ何時神族様の御目に留まるか分かりませんからね」


 試しにその辺りについて聞いて見ると、ギオンさんはほんの少しだけ自慢げにそう話してくれた。


 なるほど。少々潔癖なほどと感じていたが、日々街を綺麗にしようという意思と努力でこうなっているならそれはそれで良いのだろう。


「凄いなぁ。オレなんかよく部屋に物を散らかしてユーノに叱られて……そうだっ! 聖都に着いて浮かれてたけどユーノはどこに居るんだろう? ねえギオンさん」

「ライ坊ちゃんっ!? え~っとそのぉ……逢いに行くのは宿に行って荷物を下ろしてからにしませんか? そんな埃塗れの格好でお嬢様に逢うというのは如何なものかと」


 ライがこれまで親善大使名代としての責務や聖都を見た衝撃でいったん置いていたユーノの事を尋ねるが、ジュリアさんが慌ててインターセプト。そのままさりげなくこちらに目配せを向けてきたのに対し、俺は静かに頷く。


「そうだよライ。心配なのはわかるが、まずは親善大使としての責務を果たしてからだ。……なに。どのみち数日間はここに滞在するんだ。業務が終わって空いた時間にでも逢いに行けば良いさ」

「むぅ……分かったよ。ならさっさと宿に行こう」


 ライが少し悩んだ後素直にそう言ってくれて、俺もジュリアさんもホッと胸を撫で下ろす。


 現状ユーノがどういう状況になっているかまるで分からない。予言の日まではまだあるが、最悪神族によってどこかに閉じ込められているなんて事もあり得るのだ。もしそんな事をライが知ったら、なりふり構わずすぐにでも駆け出して行きかねない。


 事情を知っている護衛役のジュリアさんとしては、そんな事になったら胃の痛い話だろう。なのでまずはオーランドさんに会い状況を確認して話はそれから。……そう思っていたのだが。


「ところで、やけにあちこち騒がしいですね。聖都ではこれが普通なのですか?」

「いえ。普段はもう少し落ち着いているのですよ。ただ……」


 それは、何の気もなくいったん話題を変えようと放った質問。


 通りに人が居るのは当然なのだけれど、それにしても妙にざわついている。そのざわつき方が単純に活気があるのとは感じが違い、少しこの聖都のイメージに合わなかったので気になっただけ。


 しかし、それに対してのギオンさんの返答は、



「先日偉大なる神族様から聖都中に神託が下りまして、四日後にをお披露目する祭典を開くと。今からその準備で聖都の民達も浮足立っているのです」



 というとんでもない爆弾発言だったのだ。





 予言の日まで、あと四日。



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