聖都の大宿。“輝ける栄光亭”にて。
「さあどうぞこちらへ。滞在中の宿代はご心配なさらずに。陽も沈んでまいりましたので、公式の行事に関してはまた明日お迎えに上がります。今日はごゆるりとおくつろぎください」
そうギオンさんに案内されたのは、明らかに一般の宿とは格が違う高級な宿だった。近いのは旅館かホテルといった辺りだろうか。三階建てで大半は石造りだが、所々に木材が使われていてどこか温かみも感じられる。
敷地内には馬車や馬、或いはテイマーのモンスター用のスペースも完備されており、親善大使団の馬や馬車はそこに預けられた。馬番も宿の方から引き受けてくれるという。
一階は受付兼酒場兼食堂となっており、ギオンさんの計らいであれよあれよという間に主賓であるライ、護衛のジュリアさんと身の回りの世話をしてくれる使用人達数名、そして俺を三階の貴賓用特別室。それ以外の兵士達をさらに二部屋に分けて二階に部屋を取ってもらった。
特別室というだけあって、その広さと豪華さは二階の部屋とは段違い。なんなら部分的にはバイマンさんの屋敷と同格かそれ以上だ。そして輝ける栄光亭自体がかなり大きい宿なのに、三階は
如何に親善大使団の聖都滞在費用は向こう持ち(ただし行き帰りの食費や移動費、聖都以外の滞在費諸々はこちら持ち)という取り決めとはいえ、ここまで部屋が豪華だとどうにも落ち着かない。なので当初俺の部屋は二階にしてもらおうかと思ったのだが、
「何を言っているんですカイト殿。貴方も勿論貴賓待遇ですよ。護衛としては対象にばらけられた方が困ります」
とジュリアさんに説き伏せられ、結局俺もライ達と同室となった。ちなみにヒヨリはというと、
『ぶぅぶぅ~。酷いですよっ!? なんでこのワタクシだけこっちに入れられなきゃならないんですかあっ!? 待遇改善を要求します。具体的に言うと……ワタクシも特別室が良いですっ!』
「言われただろう。小型モンスターなら申請すれば部屋で寝泊まりできるらしいけど、その前にまず検査が必要になるって。結果が出るのは明日らしいから今日は諦めろ」
この通り。病気や毒性がないか確認する為に小さな針で採血され、涙目になりながらモンスター用のスペースでむくれていた。
さて。こうしてそれぞれの部屋に分かれ、特別室に運んでもらった夕食に舌鼓を打った後でギオンさんが帰っていったのを確認し、
「……よし。よく何も言わずに我慢したなライ」
「オレはすぐ動こうとしたけど、先生が咄嗟に目配せしながら服を掴んでいたからぎりぎり思い留まったんだ。……でももう良いよな? 喚き散らかしても良いよなっ!?」
使用人さん達が扉の外や室内に潜んでいる者が居ない事を確認したのを見て、遂に我慢の限界を迎えたのか今まで黙っていたライが溜まっていた事をぶちまける。
「なんだよさっきギオンさんが言ってた事っ!? 勇者ってユーノの事だよな? 四日後に聖都で勇者がお披露目ってどういう事だよっ!? しかも神族様と世界の加護って……凄い大事になってるじゃんっ!? なんで妹がそんな話になってるんだよっ!?」
そうあらん限りの声でぶちまけるライだったが、俺も正直喚き散らかしたかった。しかし子供が最低限大使としての面目を保って今まで我慢したのに、良い大人がその前で喚くわけにもいかない。
そうしてしばらく経った後、
「……はぁ……はぁ…………ごめん。皆は悪くもないのに当たっちゃって」
「いえ。寧ろこういう所で適度に吐き出していただいた方がこちらとしては助かります」
ひとまず言いたい事を吐き出して落ち着いたのか、神妙に頭を下げるライに対し、ジュリアさんと使用人達は口々にそう気にしていないと返す。そして俺も同じくその通りと黙って頷く。この程度なら苦労にも入らない。
「じゃあ落ち着いたところで……これからどうしよう? やっぱり何はなくともユーノの所に」
「気持ちは分かるけれど慌てるな。まずユーノがどこに居るのか分かっているのかい?」
「それは…………きっとあの街の中心にあるでっかい塔の中に」
「塔……確か大神殿だったかな。じゃあ仮にそこに居るとしよう。そこにまっすぐ突っ込んでいってどうする気だい? 君は今バイマンさんの名代として親善大使を仰せつかっているんだよ?」
そこまで言うとライはハッとした顔で口を噤む。やはり落ち着いているように見えてもユーノが心配なのだろう。それ以外の事がすぐ頭から抜け落ちてしまう。
いずれ為政者となる身としては未熟と言われるかもしれない。でも兄として、家族として妹を想うその様子は間違いなく輝かしくて。
「大丈夫。少なくともギオンさんの話ぶりからはまるで悪意は感じられなかったし、町のざわつきもあくまで祭りの熱狂の延長線のようだった。今日明日でユーノが危ないのならもっと殺気立っている筈さ」
俺はなるべくライを落ち着かせるように、一つずつゆっくりと考えを述べていく。
「明日は事の次第を知っていそうな人。ユーノを連れて行ったオーランドさんにでも話を聞いてくるから、それから次の手を考えよう。だから安心……は出来ないかもしれないが、今は目の前のやるべき事に集中するんだ。出来るかい?」
そのままライは黙り込み、周囲の面子が静かに見守る中ゆっくりと頷いた。
「……なんだか、ここに来てからそんな風にはぐらかされてばっかりだ。ずるいよ先生」
「すまないね。だけどこちらも出来る限りの事をするから許してほしい。……さあ。明日もやる事は多い。早く用意をして休むと良いよ」
そうして、渋々という感じで使用人達と一緒に明日の準備に入るライを見ていると、何故かジュリアさんがこちらに頭を下げてきた。
「申し訳ない。本来ならライ坊ちゃんには、客分であるカイト殿ではなく私が物申し上げるべきなのですが、不甲斐ない事です」
「いえ。寧ろ俺にはこれくらいしか出来ませんから。……それにライにはああ言いましたが」
俺はライに気づかれないようにそっとジュリアさんを部屋の陰に呼び出し、目の前で予言板を展開して見せる。
「むっ!? ……それがバイマン様の手紙に書かれていた未来の危険を知らせるスキルですか。私にはまるで読めませんが」
「はい。ここに書かれている予言はまるで変わっていません。今から四日後、丁度ユーノの勇者としてのお披露目の日に何か危険が迫っています。そこで……一つお願いしたい事があります」
前の時と変わらない命の危険を示す赤文字。それを見据えながら、俺はここである作戦をジュリアさんに持ち掛ける事にした。それは、
「今日の夜中、
そもそものユーノの死の原因になる神族様に、経緯を直接問いただしに行くというものだった。
予言の日まで、あと四日。