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燃え滓の男 オーランドの屋敷にて その二


 俺達がオーランドさんの屋敷に着いてからおよそ三十分後。


「誠に遅れて申し訳ないっ!? そろそろ来る頃合いだとは分かっていたのだが、間の悪い事に近くで暴漢騒ぎがあって対処に時間を……おや?」


 そう言ってオーランドさんが応接間に駆け込んできた時、俺やジュリアさん達は視線だけを向けて正直ほっとしたと思う。何故なら、



「さあどうぞ親善大使殿。長旅お疲れでしょう。当家自慢の紅茶をご賞味ください」

「これはご丁寧にどうも。ありがたく頂戴します」


 スッ。ゴクゴク。


「おやぁ? 王国の親善大使というのは、人前でそんなはしたない音を立てて茶を飲み干しても咎められないのですねぇ? これはこれは、人目を気に出来ないほど喉が渇いていたとは気づきませんで。大変失礼いたしました」

「いえいえ。客人に対するもてなし実にありがたく。こうして美味しい紅茶を頂いたとあっては、それこそ型に拘り味を楽しめない事こそが酷い不作法と思ったまでの事。まさか客をもてなすよりも客を型にはめる事を優先するような頭の固い者が、曲がりなりにも親善大使団の相手をするだなんてありませんよね?」

「……フフフフフ」

「ハハハハハ」



 この通り、顔は笑っていても目は一切笑わず、表面上こそ丁寧だが互いに口調は辛辣で、視線だけでバチバチに火花が散っている険悪さの二人を何とかしてくれる人が来てくれたのだから。ほっとして当然だろう?





「重ね重ね失礼した。我が家の者の応対がよろしくなかったようで。ほらレット。皆様に謝罪を」

「いやいや。こちらこそ当家の親善大使名代が無礼を働きまして。ライ。さっきのは少々……いやかなり態度が悪かったのは自覚しているだろう?」

『そうですよライ君。こういう時に頭を下げれるかどうかが親善活動の第一歩じゃあないですかね?』

「「……申し訳ありませんでした」」


 オーランドさんの計らいにより、この件は互いの謝罪で一応決着となった。もっとも、互いに謝りこそすれ敵意はむき出しのままだったが。相変わらず仲が悪いなこの二人は。


 村でのあれこれを知らないギオンさんからすれば、初対面でいきなり険悪ムードでさぞ居心地が悪かっただろう。


「レット。そろそろ訓練の時間だろう? 今まで側役の仕事で出来なかった分、鈍っていた身体を鍛え直す良い機会ではないのかね?」

「しかしオーランドさんっ!? 僕はっ!?」

「良いな?」

「…………はい。失礼します」


 レットはどこか納得いっていない顔ながらも、俺達に(ライに対しては嫌々に)しっかりと一礼をすると部屋から退出していった。それを見届けると、オーランドさんに促され再び俺達は席に着く。しっかりとヒヨリ用の紅茶も出してくれる所はまさに出来る男というイメージだ。


「……ふぅ。今更言っても遅いかもしれないが、気を悪くしないでほしい。レットも普段はそう人当たりが悪い方でもないのだ」

「そんな、頭をお上げくださいオーランド様っ!?」


 するとオーランドさんが静かに頭を下げようとするが、それは慌ててジュリアさんが止める。


 実際レットが礼節がしっかりしているのは分かっているのだ。それは俺達への態度の節々からも現れている。何故かライにのみ当たりが強いだけなのだ。……問題なのはそのライが一番売られた喧嘩を買いそうなタイプという事で。


「ったく。毎回何なんだアイツ」

「うむ。人の事情を勝手に話すのは良くないので私からは語らないが、レットにも色々あるのだよ。特に今は……急な辞令で事もあってな。本人は何でもないと言ってはいるが、あれでも多少なりとも落ち着きがなくなっているのだ」

「……ちょっと待ってください。?」


 ちょっと聞き逃せない言葉が出てきたのもあって、憤慨していたライを始め親善大使団の全員の視線がオーランドさんに集まる。だが、


「さて、レットの非礼の詫びはここまで。……ここからは一度公務に戻っていただきたく思うのだが如何だろうか? 使殿?」


 オーランドさんの纏う空気が一気に張り詰め、鋭い視線をライに向ける。


 そもそもここに来た目的がバイマンさんの名代。ならまずはそれを果たすべきだいう言外の窘めに、ライの背筋も自然にピンっと伸びる。


「……失礼しました。ではこれより王国親善大使として、謹んで聖護騎士団オーランド・リオネス様にご挨拶申し上げます」


 そうして、ライは今日これまでに幾度もやってきた、王国風の挨拶を述べ始めるのだった。





「さて、確か勇者様の事が聞きたいんだったな?」

「はい。ユーノ……俺の妹が聖都に何故連れて来られたのか。聖都に来てから今まで一体何があったのか。教えてほしいんです。……お願いしますっ!」

「それは構わないが、勇者様の事はまだ一応聖都内のみでの機密扱い。少なくとも公にされる三日後までは深い所まで話せないのだが」

「話せる所だけで良いんですっ! どうかっ!?」


 きちんと公的な挨拶が終わり、宿に戻るという所でライはもうしばらくここに居ると言い出した。オーランドさんは聖都でも有力者であり、ユーノを連れて行った張本人である以上何か情報を持っている可能性はある。


 幸い今日の挨拶回りはここで終わり。道も宿へ戻るだけなら何とでもなると、そこでギオンさんと別れオーランドさんに話を聞かせてもらう事となった。


 互いに護衛と使用人を下がらせ、今応接間に居るのは俺とヒヨリ、ライ、オーランドさん、ジュリアさんだけ。そんな中で、


「その前に、オーランド様にはまずバイマン様からの書状をお読みいただきたく」

「父さんから? オレそんなの聞いてないよ?」

「こちらは個人的な書状でして。オーランド様にお会いしたら渡すよう事前に仰せつかっていたのですよ坊ちゃん」


 ジュリアさんから差し出された書状にライは不思議がるが、オーランドさんは静かに書状を開いて目を通していく。内容に関しては分からないがおそらくは、


「この内容は確かなのか?」

「何が書かれているかは私も存じませんが、それは確かにバイマン様から直々に渡された物です」


 オーランドさんはふぅと軽くため息をつき、視線を俺とヒヨリ、そしてライに順々に向けていく。そして少し瞑目すると、カッと目を見開いて何か決意したような顔をする。


「……分かった。私に話せる限りの事を話すとしよう」


 そうしてオーランドさんが語ったのは、俺達が来るまでのユーノの様子。そして、急に神族が聖都中に勇者の事を広める祭典を行うと神託を下したその日の事だった。


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