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燃え滓の男 オーランドの屋敷にて その三


 オーランドさんにユーノが聖都に来てからの話を伺う俺達だったが、少なくとも数日の内は特に問題になるような事はなかった。


 聖都側からのユーノの待遇はかなり良いものであり、一応外出制限等あるもののそれを除けば国賓待遇と言っても差し支えなかったからだ。


「勇者様……ユーノ嬢は客人としては実に手のかからない方だった。大なり小なりヒトはもてなされる側に、で長く居ると本質が漏れ出る。根が傲慢な者は他者を簡単に使うようになり、或いは許される限り貪欲の限りを尽くしたりだ。だがユーノ嬢はそんな兆候は見られなかった」


 きちんと普段から礼節を重んじ、美食に舌鼓を打っても過食はせず、使用人相手でも礼を忘れない。年齢を考えればきちんとした貴族としての教育が行き届いた良い子であると、オーランドさんが太鼓判を押す。


 これに関してはバイマンさん、そして屋敷の使用人達の教育が良かったのだろうと思うし、それを聞いたライやジュリアさん、そして何故かヒヨリも鼻高々だった。


「それは側役として控えていたレットが絆された事からも明らかだった。あの気難しい子が数日で少しとはいえ打ち解ける。それがユーノ嬢の善性を物語っていたよ」

『……アイツが? なんか想像出来ないのですけど』

「ハハハ。そこはこちらとしては反応に困るな。ただ君もバイマンから聞いた事があるかもしれないが、王国であれ聖国であれ中枢に近づけば近づくほど、正の面だけでなく負の面に向き合わなければならない事態が多くなる。レットの気難しい性格の一因はそういった面に触れ続けた事もあるが、ユーノ嬢相手だと少しだけ素に戻る事が出来ていた。その点は感謝もしているのだ」


 レットの話題が出るなり少し顔を険しくさせるライだが、まあまあと宥めた上でオーランドさんはそう続ける。


 とはいえ、概ねユーノは特に危険のないきちんとした生活をしていたらしい。だが、それは先日ユーノが神族……七天主神ブライトに呼び出され拝謁した時から少しずつ変わっていったのだという。





「私が神族様のおわす神族の間までお連れし、ユーノ嬢が中に入ってしばらくした時の事だった。ユーノ嬢の帰りを待っていると、突然神族様からの声が頭の中に響いてきたのだ。『誰でも良い。近くに居る奴は入って来い』と」


 本来なら神職の者を呼びつけるところを、誰でも良いから近くに居る者という点に疑問を感じながらも、オーランドさんは神族の間に入ったのだという。


「その中にはどこか茫然自失といったユーノ嬢と、とても上機嫌そうな神族様……ブライト様が居らした。私もそう何度もブライト様にお目にかかった事はないのだが、あそこまで浮かれてご機嫌な姿は見た事がない」


 状況を把握しようとするオーランドさんに対し、そのブライト様は笑ってこう言ったのだという。『ソイツは間違いなく勇者だ。オレはすこぶる気に入った。なので聖都中に神託を下す。オレと世界から加護を受けた勇者がここに居るってな! 何日かしたらそのお披露目を兼ねたデカい式典を執り行わせるから、今はいったんソイツを部屋に連れて行って休ませな。くれぐれも丁重にしろよ』と。


「そうして私はご命令通りにユーノ嬢を部屋にお連れした。その際ブライト様との間に何があったのか尋ねたが、どうやら本人も何があったのか詳しく思い出せないようだった」

『あ~……それはそうでしょうね。神族と間近で接し続けるのはヒトの身体にあんまり良くないんですよ。相手が色々と抑え続けるなら話は別ですけど、一々そこまでやるかというとねぇ』


 ヒヨリがそうぼやくが、実際これに関してはある程度仕方がないと思う。昨日ヒヨリが僅かとは言え顕現した時や、気を失う少し前に乱入した神族様から感じた強烈な圧。あれを間近で受けたらどんな精神的負担がかかってもおかしくはない。


 オーランドさんはヒヨリに視線を向けて何とも言えない顔をするが、コホンと咳ばらいを一つして話を続ける。


「その日の内に聖都中に神託が下り、聖都は一転してお祭り騒ぎとなった。だが問題はその後だ。正式に勇者として国内に発表される事になり、ユーノ嬢の身柄は私から七天教枢機卿の一人ユリウス様へと預けられる事になった」

「何故っ!? その方がどういう方かは知りませんが、今のままオーランド様の下でという訳にはいかなかったのですか?」

「私は元々聖護騎士団副団長。聖都までユーノ嬢をお迎えするまでが任務で、世話役は正式に引継ぎが決まるまでの間に任された物だったのだ。何とか式典が終わるまではと願い出たが、これ以上本来の仕事から離れる事は許さないと団長から釘を刺されては断れん」


 そう無念そうな顔で言うオーランドさんに対してはライも下手に突っ込めない。個人的に知らない相手よりオーランドさんの方が何かと安心ではあるが、それはそれとして立場上付きっ切りとは行かないのも事実だからだ。


「せめてレットだけでも側役のままにしたかったが、そちらは別の所からの横槍で交代させられた。ベリトというレットと同じ聖護騎士団員見習いだが……こちらは家柄と実力はともかく少々性格に難がある」


 おすおずと「その……レットよりも?」と切り出すライに対し、オーランドさんは苦い顔のままゆっくり頷く。


 その後もオーランドさんやレットはユーノの事が気になって接触しようとしたが、世話役から外された上もうすぐ式典とあり警戒は厳重。申請はしたがまだ通っていない状況だという。


「私から話せるのはこれぐらいだ。少しは役に立ったかな?」

「はい。お話しいただきありがとうございました」


 そう言ってゆっくりと息を吐き出すオーランドさんに対し、ライを始め俺達はキチンと一礼で返す。


 ざっくりとした状況は分かったが、聞けば聞くほど今のユーノは微妙な立ち位置にある。これを立ち回ればユーノの為になるのかと内心悩みながら、こうしてオーランドさんとの話し合いは終わったのだった。



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