「ふんっ! はぁっ!」
(アイツ……こんな所で訓練してたのか)
屋外に広がる訓練場。その中央で鋭く剣を振るうレッドを、オレは屋敷から静かに観察していた。
別に大した理由はない。オーランドさんとの話し合いが終わり帰り支度をする中、
「オーランド様。少々内密にご相談したい事が。すまないけどライ。先に支度をして待っていてくれないか? そう長くはかからないから」
『ちょ~っとした内緒話って奴ですよ。ではでは~!』
と先生とヒヨリがオーランドさんと一緒に奥に行ってしまい、支度を済ませて待っている間屋敷を見て回っていたらふと外の様子が目に入っただけだ。
(……やるな)
以前直接戦った時も思ったけど、アイツの実力も努力も本物だ。しっかりとした剣の振り。体幹の乱れのなさ。数える事も大変なほど訓練を繰り返さないと身につかないそれを自然にやっている事が何よりの証明だった。
勿論オレも剣で負けているつもりはない。寧ろ勝っていると思う。だけど、
「はあぁっ! ……“
詠唱と共に地面からせり上がる土の壁。本来なら攻撃を防ぐ為に使われるそれを、あの時レットはオレの態勢を崩させるために使った。だけど今は、
「はっ! でやあっ! “
トントンっと壁を足場代わりに使い、まるで本当に相手が居るみたいに空中からも剣を振るい、時折壁に向けて魔法で作った岩を撃ち放つ。だけど、
(やっぱり、良く分からないな)
オレは相手の魔力を感じ取る事が苦手だ。自分の魔力すらぼんやりとしか分からない。それも普通の村人みたいに練習していないから出来ないんじゃなく、父さんや村の冒険者の人達に色々と教えてもらってもまるで出来ないんだ。当然魔法もまともに使えない。ただ一つ適性のある火の魔法でも、自分の手を燃やす事が精々だ。
だからいつの間にか、魔法の訓練をほとんど止めて剣の訓練ばかりやっていた。それでも充分ユーノを守れると思っていたからだ。でも、
『お前は自分の剣の才能だけにかまけて、それ以外の手を考えようともしなかった。この世界で腕の立つ奴は、皆凄いスキルの保持者か剣と魔法の
レットにぼろぼろに負けて告げられた言葉を思い出す。負けた直後や聖都に来るまでは気が回らなかったそれが、こうしてまたレットの姿を見ると今になってズッシリのしかかってくる。だから、
「剣と魔法両方か。……全部終わったら、もう一度父さんに付き合ってもらうか。その時はカイト先生も一緒に」
それを気づかせてくれたから、今回はさっきの続きで喧嘩するのは止めといてやる。そう思って皆の所に戻ろうとすると、偶然こちらを向いたレットと目が合い、
ペコ。
「…………ふんっ!」
一応これから帰る最低限の礼儀として頭を下げると、向こうも一度鼻を鳴らして苦い顔をしてから頭を下げた。
「そういう事ならレット君ともう少し話してきても良かったんだよ。彼から最近のユーノについて聞く良い機会でもあったろう?」
『なんなら今からでも戻ります? まあ護衛の方々が少々お困りになるかもしれませんが』
「う~ん。やっぱいいや。急に行ったらオーランドさんに悪いし、どうせこの聖都滞在中にもう一回くらい行くだろ? その時にでも……まあ気が向いたら話すよ。向こうが突っかかってこなきゃだけど」
オーランドさんの屋敷を後にした宿への帰り道、さっきあった事をなんとなしに話すとそんな事を先生達に言われた。
並走するジュリアさんは話を聞きながら苦笑いしていたけど、本当にアイツから喧嘩を売ってくるんだものしょうがないだろ?
「でもこれでやっと今日の公務は終わりかぁ。こんなのを何日もしなきゃいけないなんて、ホント親善大使って大変だよ」
「坊ちゃん。今日の公務などまだ序の口。本来ならバイマン様はもっと厳しい公務を行っているのですよ? 明日も気を引き締めますよう」
「分かってる。分かってるって!」
ジュリアさんに窘められながらも、俺達は宿へと進んでいき、
「そういえば先生。夕食後にどこか出かけるんだって? また危ない事をしに行くんじゃないよな?」
「ははは。今回は話し合いに行くだけだから本当に大丈夫だよ。それにジュリアさんにも同行してもらうつもりだ」
「……私程度がどこまでお役に立てるか分かりませんが、出来るだけの事は致します」
先生はそう穏やかに笑って返すが、一瞬だけジュリアさんの言葉が詰まって声が固くなった。やっぱり全く危険がないって訳でもないらしい。
『まあまあ心配しないでライ君。昨日はワタクシ後れを取りましたが、今日はそうはいきませんとも。いざとなったら
なんかヒヨリが気になる言い方をするけど、そこまで言うなら大丈夫だろう。なら後はさっさと帰るだけ。この後の夕食の事でも考え、
キキィィっ!
急に馬車が速度を落とし、反動で中に居たオレ達はぐらりと傾く。咄嗟に踏ん張って辺りを見渡すと、先生が荷物にぶつかって悶絶していた。普段ならまだしも怪我で身体が本調子じゃないからな。
「先生っ!? 大丈夫っ!?」
「アイタタ……ああ。少し背中を打っただけだ。問題ないよ。しかし」
「申し訳ありませんっ!? しかしながら……その」
何があったのかと思う中、急に御者の人が声をかけてきた。その声が微妙に震えていたので馬車から顔を出して外を見ると。
『……よぉ! 遅かったな!』
宿の少し手前。道のど真ん中で、一人の少年が馬車の前に立っていた。それを見てオレは慌てて外に飛び出し、
「こらぁっ! こんな道の真ん中で立ってたら危ないだろっ!」
そう叱りつけると、少年はどこかきょとんとした顔をする。
『えっ!? オレの事知らないの?』
「知る訳ないだろ。つい昨日ここに来たばっかりなんだから」
はは~ん。この反応。そしてやたら顔立ちが整っているし服も上質。多分どっかの偉い人か、それに仕えている人の子供だな。
なんか周囲を固めている護衛の人達がコイツを見てすっごい顔をしているけれど、余程の有名人らしい。だけど、
「見た感じオレと同じかちょっと上くらいの歳だろ? それが人通りの多い道の真ん中で遊んでるんじゃないよ。遊ぶなら自分の家かもう少し広い所で遊べよな」
『と言ってもなぁ。この聖都のどこで遊ぶかなんてオレの勝手だし』
全然悪びれた感じもない相手に、公務の疲れと空腹でちょっとイライラしていたオレはついむきになってしまう。そして、
「散々人に迷惑をかけているオレが言うのもなんだけど、ヒトの迷惑を考えて遊べって言ってんのっ! お前何様のつもりだ?」
『何様って……
神族……様? 何言ってんだコイツと思う中、そこへ背中をさすりながらゆっくりと馬車から先生とヒヨリが下りてきて、
『げっ!? アナタはっ!?』
『おっ! 昨日ぶりだな! 昨日は夕食の後で迎えを寄越すと言ったんだがよ。少し気が変わった。折角だから夕食もウチで食ってけよ! ……まさかこの
そう目の前で神族様を名乗る少年。ブライトはニヤリと笑いながら言った。