神族の間には、凄まじい圧の嵐が吹き荒れていた。それこそ何も知らぬ一般人が入れば、たちどころに意識を刈り取られるほどの。
圧の発生源。丸机を挟んで立つ二人こそ片や七天主神ブライト。そしてもう片方は、いつの間にか白銀の鎧を身にまとい、一回り肉体も成長した勇者の姿のユーノだった。
『……どうした勇者? お前が出てきたという事は、世界からの文句を伝えに来たんだろう? 言うだけ言いな? 直ちに検討するとは言わないが、聞くだけは聞いてやるよ』
何も言わない勇者に対し、どこか揶揄うような声でそう尋ねるブライト。すると、
「文句? ……そうね。確かにワタシが生まれた時から頭の中に鳴り響いているメッセージならあるわ。でも、
『何?』
勇者の存在意義の一つである世界からのメッセージ。それをそんな事扱いするという予想外の返答に、一瞬だけブライトは虚を突かれる。
「ワタシが出てきたのは、単にもう一人の
キッと鋭い視線を向けて、ユーノはブライトに言い放つ。
「確かにワタシは勇者。
『へぇ~。勇者という名のシステムが、職務を放棄しようってか?』
「放棄するつもりはないわ。今はその時ではないというだけ。……それに、敢えて目覚めずとも
勇者と神族はしばらくそのまま睨み合い、
『…………クククっ。ハハハハハ』
先に静寂を乱したのはブライトの方だった。彼はひとしきり笑うとそのまま椅子に座り直す。
『ハハハ……なるほどなるほど。道理で最初に感じた反応が勇者にしてはどこか妙だった訳だ。ずっと勇者として覚醒しないのも当然。
「いいえ。寧ろその逆。偶然向こうのわたしが共に生まれたからこそ、ワタシは目覚めるのを先延ばしにした。……わたしがヒトとして生きるのを見るのは、興味深いと思ったから」
『代々職務とそれに必要な事しかしなかったシステムが、珍しい事に余分に興味を持ったか! これはますます面白れぇ』
そう言ってブライトは不意に指を振る。すると。
ヒュルヒュルヒュル……ザンっ!
突如として、どこからともなく二振りの鉄剣が互いの真横の床に突き立った。そして、まるでこれから散歩にでも行くかのような気楽さでブライトは剣を引き抜き、
『ならあと知りたい事はとりあえず一つだ。……お前さんのそれが単なるシステムのバグで故障しているだけなのか、或いはシステムの壁を自力で越えようとしているのか。実戦形式で軽く確かめさせてもらおうか……なっ!』
ガタッ!
『そおらっ!』
いきなり肘を突いていたテーブルを蹴り上げ、そのまま目隠しのように互いを隔てる。そのまますらりと剣を抜剣し、テーブルごと勇者に振り下ろした。だが、
ガキンっ!
テーブルは真っ二つに断ち切れど、素早く反対側で抜剣したユーノにそのまま受け止められ鍔迫り合いの形になる。
「不意打ちとは卑怯じゃなくて?」
『な~に。実力確認を兼ねた単なるお遊びさ。先に一撃食らわせた方が勝ち。……あぁ。こっちは実力がないと判断したらそのままぶっ潰す気で行くから、そっちも腕の一本程度なら遠慮する事はねぇよ?』
「それは怖いわね」
そのまま数合軽く打ち合うと、よっと軽い声を上げて距離を取るブライト。そして剣を持っていない方の手を上げるなり、
ボッ。ボッ。ボッ。ボッ。
周囲に幾つもの光の玉が浮かび上がる。その数はみるみる増えていき、遂には数十にまで膨れ上がった。
「……剣だけかと思っていたけれど、魔法も有りだったの?」
『ああ。有りだ』
その一つ一つが光属性の魔法“
常人なら……いや、熟練の戦士や魔法使いであっても良くて大怪我。悪ければ致命傷か即死の光の嵐。ブライトは避けるにしても防御するにしても難しいこれで相手がどう出るかを見定めようとして、
パアアッ!
『むっ!?』
「なら、こちらが魔法を使っても構わないわね? 今この一時のみ、この剣は聖剣へと昇華するっ! はああっ!」
ユーノが選んだのは迎撃。剣に光を纏わせ、迫る光弾を次々に切り払っていく。そして、
「…………
ダンっ!
僅かな光弾の嵐の隙間。ブライトへ繋がる細く小さな道筋。それを逃す事なく、ユーノは片足に全力を込め一気に突撃した。
それはほんの一拍。自身の光弾で視線が遮られてユーノを見失ったブライトの間近に迫り、
『なっ!?』
「お遊びはこれで終わりよ」
ザンっ!
ユーノの光の斬撃は、慌てて防ごうとしたブライトの剣を両断。そのままの勢いでその腕を切り裂いていた。