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閑話 ユーノ対ブライト 宣告拒絶


 ◇◆◇◆◇◆


 それは、ユーノが神族の間に招かれた時に遡る。


「……えっと、それはどういう? って……えっ!?」


 目の前に存在する上位存在、七天主神ブライトから放たれた突然の死刑宣告に、ユーノは理解できないとばかりに呆然とした口調で返す。


『言った通りの意味さ。お前さん……より正確に言えば、お前さんには死んでもらう。まあわざわざ説明する義務はないんだが……ここは一応勇者への義理っつー事で説明しようか。ほら。そこに掛けな』


 ブライトが指を軽く振ると、どこからともなく二つの小さな椅子と丸いテーブルが飛来する。そこに足を組んで腰掛けるブライトに促され、ユーノもおずおずともう片方の椅子に腰かけた。


『さ~て何から話すとするか。……まず、お前さんはとっくに気づいているだろう? 自分の中にもう一人の自分が存在する事に』

「はい。ブライト様やこの聖都の皆さんが言う勇者。それがもう一人のワタシである事は……なんとなく分かっていました」


 ユーノは胸に手を当ててそう答える。


『じゃあこれは知っているか? 本来そのもう一人のお前さん。こそが表側に出るのが正しい状態だと』

「それは…………はい」


 ブライトの再度の問いかけに、ユーノは少し迷いながらも静かに頷く。それもユーノは前々からなんとなく理解していた。今の自分の方が本来ならある筈のない余分なのだと。


『本来勇者ってのは神族と世界、そしてヒトの調停をする為の存在。言わばみたいなもんだ』

「システム?」


 聞きなれない言葉にユーノが問い返すと、ブライトは『本来の意味とは若干違うが、ざっくり言うとくっそ真面目で勤勉な審判みたいなもんだ』と薄く笑いながら告げる。


『神族は世界に生きるヒトを管理し導くが、どうしたって想定外の何かや不平不満は出てくる。これは神族が万能云々という話じゃなく、世界そのものの大きな意思やヒトの細かな多くの意志。それらがある限り避けようのない問題だ。というか神族だって一々全ての問題を解決するのはめんどくさい……というよりやってらんねぇ。そんでだ。諸々を上手い事調節して何とかするのが勇者の仕事って訳よ』

「つまり、勇者というのは便のようなものなのですか?」

『便利屋か。……まあそういう一面もあるな』


 『面白い言い方をするな』と、ブライトはクククっと笑う。


『要するにだ。世界からの文句やらヒトの不平不満を聞き届けて、それを神族にざっくばらんにぶちまけたり、あんまりお痛が過ぎるようなら物理的に食い止める事を許されている伝達者メッセンジャーな訳だ。本来なら役割はそれだけなんだが……流石にそれで終わりじゃ色々と勿体ないだろ? 使えるもんは使わなくちゃな。だから色々な雑務をあちこちでこなしてもらっている内に、いつの間にか勇者の行動が伝説になっていった訳だ』


 ユーノからすればそんな勇者の実情を聞かされてもよく分からなかったのだが、まあ長い歴史の中で代々凄い事をしてきたという事だけは理解出来た。なのでとりあえず曖昧な顔をして頷く。


『……でだ。ようするにそんな便利屋がざっと百年ぶりに見つかったかと思ったら、何故か勇者じゃなくヒトとして生活している。おまけに人格まですっかり引っ込んでだ。これじゃあ本来の仕事が出来ねぇ。ならどうするか? ……決まってるよな』


 ビシッ。


 そこで急にブライトは、ユーノに向けて指を突きつけた。指先は強い光を帯び、それは今にもユーノに向けて放たれそうで。


。単純明快にして簡単な答えだ』

「ひっ!?」


 突然の行動に、何をされるのか分かってしまいユーノは小さく悲鳴を上げる。


『ヒトとしてのお前さんが消えれば、当然身体に残るのは勇者としてのお前さん。それで正しく勇者として覚醒するって寸法よ。……まあ最初に言ったがヒトのお前さんに悪いと思っているのは本当だ。なので一応言っといてやる。お前さんが素直にこれを受け入れるんならそれこそ眠るように、穏やかに、良い気分で消してやるよ。どうする?』


 表面上はそうどこか穏やかに、そして慈悲深い声でブライトは死の宣告を言い渡す。


 上位存在である神族の言葉には、ヒトに対する強い強制力がある。例え事実上の死であろうとも、命令されれば並みの人であれば従わせてしまうほどの。


 だがブライトは、そんな強制力がなくともユーノはそれに従うと半ば確信していた。


(コイツの目。これは自分の役割を受け入れている目だ。あまり面白くはねぇけどな)


 そしてそのまま待つこと数秒。返事はないが、無言は承諾とみなしてブライトが光を打ち放とうとした時、


「多分、少し前のわたしだったら普通にその光を受け入れていたんでしょうね。でも……今は、受け入れられません」

『……へぇ』


 予想外の返答にブライトはほんの僅かに驚きの声を漏らす。


「分かっていました。今のわたしは単なる余分で、わたしの中に居るもう一人のワタシが居る方が正しいんだって。いずれまたもう一人のワタシが出てきた時は、そのままわたしが奥に引っ込んで二度と出ないようにしようって。……でも、それだけじゃなかったんです」


 ブライトとユーノの二人きりの神族の間に、静かに淡々と声が響く。


「わたしももう一人のワタシもオレの妹だって兄さんが言ってくれた時、どれだけ嬉しかった事か。本来も余分も本物も偽物も関係ないと言ってもらえた時、どれだけ救われたかっ! ……たとえ神族様に消えろと言われても、それが正しい勇者への道だとしても、この事実がある限りわたしは叫びますっ!」


 スッ!


 椅子から立ち上がり、ユーノははっきりと目の前の上位存在に対して宣言する。


「わたしはユーノ・ブレイズっ! たとえ勇者としてある事が正しいのだとしても、その前にお父様と兄さん。そして今は亡きお母様の家族っ! 血の繋がりはないけれど、それでも家族だと言ってくれた人達の元に戻るまで、死が神族様の御神託であろうと受け入れるなんて出来ませんっ!」


 死にたくない。生きていたい。言った事を短くまとめるならただそれだけの事。


 しかし神族の強制をその意志の力のみで振り払い、なおかつ微かに恐怖で震えながらも今もなおまっすぐに自分を見据える目の前のヒトに対し、ブライトは少しだけ感服し、



『……そうか。お前さんの意志は伝わった。なるほど大したもんだ。おとなしく従うだろうというオレの予想を超えて見せたのは、間違いなく評価に値する。褒めてやるよ。……だがオレは言った筈だぜ? 素直に受け入れるんなら良い気分で消してやるよと』



 キイィンっ!



 甲高い音がブライトの指先から響き、そこに宿る光は一気に膨れ上がる。そして、


『受け入れないっていうんなら、。神族に言葉を違えさせんな』


 バンっ!


 炸裂音と共に放たれた光の矢は、肉体に害を与えるためではなくヒトとしてのユーノの精神のみを抹消するためのもの。


 それは真っ直ぐにユーノの心臓めがけて突き進み、




 ドクンっ!




「……危ないわね」


 直撃する直前で、ユーノの腕によって弾かれた。特に武術の経験も、戦いの経験もない一人の少女の手によってである。


 それを認識した瞬間、ブライトの口角がニヤリと上がる。そう。それを成したという事実こそ、


『よう。やっと出てきたか』

が出ないと収まりそうになかったから。……目覚ましにしては物騒ね。神族様?」


 目の前で不敵に笑うヒトが勇者であるという、紛れもない証明なのだから。



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