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『……という訳でその時の傷がこれ。数日経つのに治りきっていないとは……ククッ! まいったな』
そう法衣を捲って腕の傷跡を見せながら笑うブライト様だったが、俺の頭はすっかり混乱していた。
(改めて、ブライト様が特別にかもしれないが神族というのは危ういな。試しで普通に殺しにかかるとは。これではあの予言が出て当然だ)
「加減したとはいえ神族様に一太刀入れるなんて……」
ジュリアさんは勇者としてのユーノの実力に驚きを隠せない。以前ホブゴブリン相手に大立ち回りをしたことは知っているだろうが、それとは比較にならない偉業なのだろう。
ライは黙ったままだが顔が強張っている。多分俺の顔もそうなのだろう。そしてヒヨリはというと、
『成程。おおよその経緯は理解しました。それを踏まえて言わせていただきます。……
ゾクッ!
背筋が凍った。その声は普段のおちゃらけたものではなく、温かみを削ぎ冷徹さすら感じるどこか超然とした人外のもの。
「ヒ、ヒヨリ?」
俺が異変に気付いて声を上げるが、ヒヨリはふわりと浮かび上がって淡々とブライト様へ続ける。
『“勇者”を聖都に招いたのは当然の事。やり方はどうあれ、神族へ影響を与えられる者を見定めたいというのは分かります。勇者を
気が付けば、ヒヨリの身体はほんのりと普段の閃光とは違う光を放っていた。あの光には見覚えがあった。以前バイマンさんの屋敷で、バイマンさんに自身の正体を明かした時に扉の隙間から見えた光だ。つまり、
『超越者自ら顕現してやり合おうってか? 正気かよ。
『勿論ワタクシもタダでは済みませんね。ですが、勇者とは世界と神族とヒトの均衡を取る為の者。それを私情だけで弄ぼうする相手を止めるという理由であれば、多少の無理も通りましょう』
『……本気らしいな! 受けて立つぜぇ』
一匹と一柱が睨み合う中、ズンっと再びブライト様からも圧が放たれ、息苦しさが増すと同時にこちらは立っているだけで汗が噴き出す。
対抗するようにヒヨリからも放たれるが、こちらは制御しているのか俺達ではなくブライト様のみに向けられた。互いの中心で見えない筈なのに圧同士のぶつかり合いが感じ取れ、気のせいか空間が軋むような音が聞こえる。
とっくの昔に給仕達は危険を感じて退出し、部屋に残るのはもう俺達のみ。
(これが……人の上位存在同士の対峙か)
もうこれはただの人間にどうこう出来る問題じゃない。交渉なんてする事自体が烏滸がましい。まがりなりにも話し合いの形に今回なったのは、相手の気まぐれとこちらにも上位存在であるヒヨリが居たからだ。
横目でちらりと見るとジュリアさんも少し辛そうな顔で。こんな状態じゃライも危ない。俺はどうにか盾になれないかとライの方を向いて……目を疑った。
そんな中、上位存在同士の圧はどんどん高まり続け、
『今からでも勇者を解放して村に帰しなさい。そうすればワタクシもこれ以上事を荒立てるつもりはありません。話を聞く限りは勇者自身がいずれ目覚めるつもりはあるご様子。下手に世界の理を乱すよりは、勇者の覚醒をゆるりと待つ方が丸く収まりましょう?』
『そうだなぁ。お前さんの言う通りだ。たかだか数年だか数十年待つ程度ならどうという事もない。確かに諸々丸く収まるだろうよ。だがな、
ヒヨリは厳しい目を向け、ブライト様は不敵な笑みを浮かべる。そして、高まった圧が一気に爆発しようという所で、
「いい加減にしろよ」
上位存在同士の戦いに、待ったをかける者が居た。それこそは、
「勇者勇者って言ってるけどさぁ。その前にウチの妹はユーノってちゃんとした名前があるんだ。忘れないでくれよな」
お飾りと貶されても何も知らされなくとも怒るのを我慢していたが、ユーノの事となると一歩圧を乗り越えて前に踏み出したライだった。