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燃え滓の男 ライの啖呵に焦る


「ダメだライっ!? 戻れっ!?」

「坊ちゃんっ!?」


 俺とジュリアさんが口々に声を上げるが、ライは更に一歩前へと進む。寒気がして立っているだけでも辛い圧を生み出しているヒヨリ達へ向かって真っすぐに。


『ライ君……少し下がっていてくださいな。それ以上近づかれると、ワタクシもちょっと気遣う余裕がなくなります』


 ヒヨリは口にはしないが考えている事はなんとなく分かる。という事だ。そして、


『お前さん……邪魔だな』


 それを口と態度で示したのがブライト様だった。視線を向けて指を一振り。それだけで、


 ズンっ!


「ガハッ!?」

「ライっ!?」


 更に強い圧が加えられ、そのままライは苦悶の声を上げてその場に膝と手を突いた。


「坊ちゃんっ!? ブライト様。どうかお許しをっ! 坊ちゃんもまだ子供なのですっ!? 多少言葉遣いが悪くともどうか寛大な御心で」

『な~んか勘違いしてねぇか? 確かにオレはここにお前さん方を招いた。夕食の席でも多少の言葉遣い程度なら良いスパイスだと許したし、そこまで気にしてもいねぇ。だがな……お前さん達は所詮ただのヒト。


 動けずにいるライを見て悲痛な声を上げるジュリアさんに対し、ブライト様は静かにそう語る。


『交渉の場に居合わせるのは許そう。説明を聞くのも意見を言うのも許そう。だが、。……今この場でお前さん達を消していないのは、一応この超越者の連れだからと、一人うっかり間違って連れてきたオレの詫びの気持ちがあってこそだぜ。分かったらその口を閉じて黙って見てな』


 その表情には僅かな苛立ちが見えた。これまでが割と物事に鷹揚な態度を示していただけに、自分の楽しみを邪魔する者を嫌うというのは確かなのだろう。


 しかし、このままではヒヨリとブライト様の戦いに巻き込まれる事は確実。俺はジュリアさんに目配せして、黙ってどうにか重い身体を動かしてライの元まで歩いていき、そのまま運ぼうと手を伸ばして、



「冗談じゃ……ないよ。はぁ……黙って聞いていれば勝手な事をああだこうだと。良いかい神族様?」

「……ライ」



 立ったのだ。強烈な圧にプルプルと足が震え、ミシミシと身体から嫌な音が鳴っている。鼻の奥が切れたのか鼻血をだらだらと流し、今もなお畏怖から全身の冷や汗が止まらないというのに。


 ドンっ。


 ライはそれでもなお立ち上がってブライト様を睨みつけ、息も絶え絶えに更に一歩前に踏み出した。


「神族様に敬意を払えっていうのは村でも教えられてたし、正直今だってビビってる。このままぶっ倒れていた方がどれだけ楽だろうって思ってるさ。……でも、妹の事じゃそうも言ってられないんだよ」


 ドンっ。更に一歩。


「確かに話を聞く限りユーノは勇者なのかもしれない。伝説にまでなった凄い存在なのかもしれない。……だけどさぁ。世界の理だのなんだの言う前にオレの妹だ」


 ふらつきながらも進むその迫力に俺もジュリアさんも何も言い出せない。ヒヨリとブライト様は黙って近づいていくライを見守っている。そして、


 ドンっ。


「それを傷つけようっていうのなら、何かに利用しようってんならオレは戦う。相手がモンスターでも、神族様でも関係ない。だって、絶対守るって約束した大切な家族なんだからっ!」


 遂にブライト様の目の前に辿り着くと、ライはそう啖呵を切って見せた。その姿を見て、一瞬ブライト様は何か気になったように目を瞬かせる。


『…………おい。お前さんなんて名前だっけ?』

「ライ。さっき名乗ったぞ神族様」

『そっちじゃねぇよ。で答えろ』


 急な質問に一瞬惚けながらも、ライはブライト様に正直に答える。つまり、


「ライ・だけど」

『ブレイズ。そしてさっきの啖呵の切り方……もしかしてだが、お前さんバイマン・ブレイズの所縁の者か?』

「えっ!? バイマン・ブレイズはオレの父さんだけど?」

『何? 父さん?』


 それを聞くや否や、ブライト様は顔を伏せて表情が伺えなくなる。そして気が付けばその身体がふるふると小刻みに震えだし、


『…………クハハハハハハハ!』

「な、何だ?」


 急に額に手を当てながら、天井を仰いで思いっきり笑い出した。人目もはばからない大爆笑に、ここに居る面々は皆ぽかんとした顔をする。


『ハハハハハ……そうかそうか! あのバイマンがねぇクククっ! 野郎いつの間にか子供なんか作っていやがった! あのめ。オレに知らせたら玩具にされると思って黙ってやがったなハハハハハ!』


 そのまましばらく涙を流すまで笑い転げると、ブライト様はやっと落ち着いたのか目じりを擦りながら息を整える。


『ハハハ……はぁ。いやあ笑った笑った! こんなに笑ったのはいつ以来だったかな』

『そんなの知りませんよ。というかアナタ結構なゲラだったんですね』


 いつの間にか、周囲への圧は綺麗さっぱり消え去っていた。シリアスな雰囲気も完全に破壊され、ヒヨリもすっかり普段の調子に戻っている。


『いや何。普段はここまでじゃねぇさ。ただ思わぬ所で思わぬ出会いをしたからついな。勇者に加えて超越者、おまけにあのバイマンの子供まで絡んでくるとは…………待てよ? それはつまり』


 そこでブライト様は急に何やら考え込む。こうコロコロと態度や考えが変わるのはまるで秋の空のよう。そしてしばらく考え込んだと思えば急にニヤァとした笑みを浮かべる。それはまるで新しい玩具が手に入った子供のような笑みで。


『おい。超越者さんよ』

『何です?』

『お前さんとやり合うのは面白そうだがいったん取りやめだ。折角良い感じに出来てきた聖都をぶっ壊すのも少し惜しいし……何より、それ以外にも興が乗ってきた』


 そう言ってブライト様はライの方に向き直ると、



『ライ・ブレイズ君よ。お前さんが気に入った。オレの下で働いてみねぇか?』



 いきなりそんなとんでもない事を言い出したのだった



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