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大神殿の一室。貴賓用の治療室にて。
「…………んっ!?」
ユーノは久しぶりにどこか穏やかな気持ちで目が覚めた。
(わたし、倒れちゃったんだ。今のは夢……だったのかな。そうだよね。こんな所に兄さんが来てくれる訳ないよね)
それでも良い夢を見たとユーノは少し気持ちが軽くなり、ふとその手が温かな何かに握られている事に気づく。それを確かめようと起き上がろうとして、
「ユーノっ! 気が付いたんだな!」
「兄さんっ!?」
それが兄の手である事に気づき、ユーノは顔を真っ赤にして慌てて手を引っ込める。
(少し前に村が襲われた時もこんな事があった気がする。わたし最近こんなのばっかり)
そんな事を考えて余計に顔を赤くするユーノ。それを見てライは熱でもあるんじゃないかと心配するが、ユーノは違うのと顔をぶんぶんと振る。
「それにしても驚いたよ。目の前で急にふらって倒れたんだから」
ユーノが気を失ってからその場は大混乱。慌てて医者の所へ担ぎ込もうとするライや開斗。それを責任問題になると止めようとするベリト。それを力尽くで押しのけて道を開くレットとオーランド等々。
「そんな事があって、あれから三時間ぐらい経ったところだ。今は丁度医者の人が出ていて代わりにオレが」
「そうだったの……ありがとう。それより兄さん。兄さんはどうしてこんな所に? 確か聖国への通行証は」
「それはその……話せば長くなるんだが」
頭をポリポリと掻きながらライが語ったのは、ユーノが村を出発してから今日までの事。
ユーノが居なくなって数日後。まだ落ち込んでいる時に急に聖都へ親善大使団として向かう事になった事。
森を抜け、関所を抜け、苦難を乗り越えてどうにか聖都までやってきた事。
親善大使として公務をしている最中、急に現れた七天主神ブライトに夕食会に招かれた事。
その席で、実はヒヨリと開斗が裏で秘密裏にブライトと接触し、危険に晒されているユーノの命を救うべく動いていたのを知った事。
最初は一触即発の雰囲気だったけれど何故か自分が気に入られて、幾つかの提案を飲むなら自分達やユーノの身の安全を保障し、お披露目が終わり次第すぐに村へ帰っても良いとブライトが宣言した事等だ。
最初はふんふんとライの雄姿を想像して興奮していたユーノだったが、途中ブライトが話に出てきてからはもうすっかりライを心配しっぱなしに。
大丈夫だったの? と何度も尋ね、その度にライは心配させないよう明るく笑ってみせる。そして、
「それで今日、速攻でオーランドさんの面会の申請が許可されて、俺達も同行する形で会いに来たんだけど……まさかユーノがこんな目に遭っていたなんて」
ライは怒りの色を露わにする。
今回の一件はブライトの無茶ぶりが発端ではあるが、明らかに周囲からのユーノ……いや、勇者への重すぎる期待やら何やらが原因だった。肉体的にはともかく精神的なフォローが足らず、こうして疲弊して倒れてしまったのだ。
それをライはユーノの姿を一目見て看破した。誰よりも付き合いの長い家族だからだ。なので、
「ユーノ。式典は延期しよう」
「兄さんっ!? 何を言って、わたしならちゃんと」
「良いから聞けって。……今のユーノはボロボロだ。急に倒れちゃうような状態で出れる訳ないだろ」
ライはあくまで感情的にならず、ゆっくりと言い聞かせるようにユーノに言った。
これは実は、ついさっきもユーノの事で取り乱し、聖都側の面々に食って掛かったのを開斗達に諫められた事で、少しだけ本人も落ち着きを取り戻していたからだ。……勿論目の前で無事にユーノが目を覚ましたからというのも大きいが。
「でも、わたしが出なかったらブライト様との約束が」
「大丈夫。オレがもう一回掛け合ってくる。流石にユーノがこんな調子じゃ、ブライト様だって困る筈だ。なら式典を取りやめる事は出来なくとも延期ぐらいは」
「ダメっ!? ……兄さんもあの方と間近で向き合ったのなら分かるでしょ? あの方は偉大だけど、恐ろしい方でもあるのだから」
神族にヒトの情も道理も通じない。もしここでユーノの為に式典を延期しろとでも言えば、それこそ契約違反の名目で何をするか分からなかった。だから、
「うん。大丈夫。わたし……二日後の式典には予定通りに出るよ。ほらっ! 兄さんの顔を見たらもうこんなに元気になったから!」
ユーノはゆっくりと起き上がり、ベッドから降りて立ち上がって見せる。だが、
「……足。ちょっと震えてるぞ」
「えっ!? あっ!? これはその、長く寝てたからふらついちゃって……ははっ」
そう誤魔化そうと笑うユーノを見て、ライは少しだけ目をつぶって考える。そして、何かを決意した表情を見せると、
「よし。決めたっ! ……ユーノ」
「うん? 何?」
どうしたのかと問い返すユーノに対し、ライはにっかりと笑って、
「明日一日。オレは公務を放り出して町に遊びに行くから、ユーノも一緒に行こう! 息抜きだっ!」
「え、え~っ!?」
あまりにも堂々としたボイコット宣言に、ユーノの目が点になった事は言うまでもない。